第27話 喫茶店での二人(隼人視点)
「いらっしゃいませ」
俺がファミレスに入ると拓也が先に来て入口で待っていた。
「席に座って先に注文していて良かったんだぜ」
「まあ、そうなんだけどさ。気づかれなかったら困ると思ってね」
いつも思うが律儀な奴だ。こんな律儀なやつが何故ちさきのお見舞いに来ないのか。せっかくなので、ちゃんと話さないとダメだと思ってやって来た。あれでは、ちさきが可哀想すぎる。
「お二人様でございますね」
カウンターから女性店員が出て来て、窓際に案内してくれた。朝九時のファミレス店内は人が殆どいない。俺と拓也はドリンクバーとサンドイッチを注文した。拓也がアイスコーヒーを一口飲んで、緊張した面持ちで話し出す。
「ふたりで話すの久しぶりだな」
「ああ、懐かしいな。一年の頃は四人でよく来てたよな」
「だよな……、あの一件以来会いにくくなったよな」
あの一件と言うのが、拓也とちさきがホテルに行ったことを指すのか、それともちさきが交通事故にあったことを指すのか分からなかった。
「あのさ、俺が言うことじゃないかも知れないけど、お前、ちさきに冷たくしすぎじゃないか?」
「ああ、確かに隼人の言う通りだよ」
拓也は図星を突かれて怒るでもなく、慌てて否定するでもなく、淡々と答える。ちさきと結ばれて、それはないだろ。俺は拓也を睨んだ。
「俺さ、ずっと考えてた。お前がこのままなら、ちさきはやれない……」
そんな資格がどこにあるのか分からない。俺には真香と言う彼女がいて、ちさきと付き合うには真香と別れなければならない。あんなにずっと一緒にいてくれている真香を裏切ることはできない。
「そのことでお前に話に来た。ちょっと聞いてくれるか?」
静まり返ったファミレスに女性店員の足音が響いた。俺と拓也のテーブルにサンドイッチを置いて、ニッコリと微笑む。
「ご注文はお揃いですか?」
「うん、大丈夫だ」
そのまま、女性店員は一礼して、厨房の方に戻って行った。
「何か事情があるようだな」
「……ああ」
「じゃあ、話を聞くよ」
「ありがとう。その前に先に言っておくが、今日言うことは、ちさき以外には話さないで欲しい。もちろん、真香には絶対に話さないでくれ」
目の前の拓也は頭を下げた。なんとなく思っていたことだが、その言葉に相当な決意を感じた。
「……分かった」
「じゃあ、一つずつ説明するが、その前にハッキリと言っておく」
ここで拓也は言葉を切った。今から言うことが拓也にとってすごく重要なことだ、とその言葉からひしひしと感じられた。その証拠に拓也は暑くもないのに汗をかいていた。
「俺はちさきに何もしていない。キスもしてないし、ホテルでちさきを抱いてもいない。あれは全て演技だった」
「えっ!?」
何を言ってるのか分からなかった。ちさきに屋上に来て欲しいと言われて、行ったらふたりがキスをしていた。図書館からの帰り道、ちさきとホテルに入って行くのに気づいたが、止めることはできなかった。
「すまない。あれは演技だったんだ」
深々と頭を下げられた。
「演技って、なんのためにだよ。俺がどれだけ苦しかったか。ちさきを諦めないとならないと思ったか、お前分かってるのかよ!」
「分かってる。俺も本当はもっと早く言うべきだった」
ちさきは何もされてない。そんな……。じゃあどうしてちさきは俺を屋上に誘ったんだ。
「俺たちが演技をしたのは、真香とお前を恋人にするためだった。真香がちさきにお前と付き合いたいと伝え、ちさきが考えたことだ」
ちさきが何故そんなことを考えるんだよ。俺はちさきが好きなこと分かってるだろう。
「ちさきは俺のことなんかどうでも良かったのかよ。だから、告白して来た真香の話に乗ったのか」
「違う……、屋上の一件の一月前に真香からちさきに話があった。真香の母親が看護師なのはお前も知ってるよな」
「ああ、知ってるよ」
喉がカラカラになっていた。思わず俺はアイスコーヒーを一気に飲みこんだ。
「真香の母親は、お前とちさきの出産に立ち会った。その時、お前たちは兄妹だった、と説明したんだ」
俺とちさきが兄妹……。確かに俺とちさきは隣同士で両親の仲も極めて良い。旅行にも何度も一緒に行ったし、家族同然の付き合いをして来た。
「ちさきにも納得できる部分があったんだろう。偶然、同じ病室で同じ日に生まれるなんて、おかしいとちさきはずっと考えてたそうだ。それが信じるきっかけになったんだ」
ちさきと俺が兄妹……。あり得ない話ではない。ないが……それは……。
「戸籍とかも調べてるのか?」
「それはしてない。戸籍を取りに行くにも、本籍は広島だ。取りに行くのは難しい」
なるほどな。うちの戸籍は長崎だ。どちらにせよ、簡単に取りにいけるものではない。郵送にすればいいが、郵送にすれば両親に話さないとならない。もし、両親がちさきに隠しているのならば、ちさきの性格的にそれを聞くことはできない。
「なぜ、ちさきは俺に話してくれなかったんだよ。俺だけ仲間はずれじゃん」
「すまない。真香は人の心に入り込むのが上手い。泣きつかれて、自分が恋人になれないならば、と思ったのだろう。俺も手伝ってしまったことは本当に申し訳ない」
拓也が病院に来なかったことも当たり前のことだ。ふたりは付き合ってないのだ。
「俺もちさきが好きだった。あわよくばと言う気持ちがなかったわけじゃない。すまない」
もう一度、頭を下げられる。
「真香はな。お前が思い描いてるほど、純粋な女の子ではない。ずっと半年間一緒にいただろ。ちさきに取られないためだ」
「取られないって、兄妹なんだよな」
「実は真香も半信半疑なんだ。確かに母親が見たと言ったのは事実だ。でも、確信できるほど、兄妹だとは思っていない」
そう言うことなのか。真香は最初から、ちさきから俺を奪うためにこの話を持ちかけたのだ。兄妹かどうか半信半疑にも関わらずだ。
「この話はちさきとお前が今後どうして行きたいかを決めるために話した。俺が話せることは、ここまでだ。後はお前たちで決めて欲しい」
俺は唾を飲み込んだ。ちさきと兄妹かもしれない。そんなこと考えたこともなかった。物心つく時から一緒だった。俺はちさきが好きだが、それ以上にちさきのことは大切だ。別に兄妹でも構わない。それでも寄り添っていたい。
「俺は真香に一度キスをした……。だが、それ以上のことは何故かできなかった」
今なら分かる。なぜ、思いとどまったのか。真香と一緒にいても楽しくなかった。いつも、ちさきのことが頭から離れなかった。
「ごめん、これはここだけの話な。俺はちさきと兄妹だとしても、真香とは別れようと思う」
「そうした方がいい。それが真香のためでもあるんだ。ただ、それは今言わない方がいい」
「大丈夫、言いたいこと分かってる」
今言えば、真香は冷静さを失い、その怒りの矛先はちさきに向く。真香に今話すのは危険だ。
「俺、ちさきのところに帰るな」
「真香がいるかもしれないから、気をつけろよ」
「分かってる。それと、話してくれてありがとうな」
「本当にすまなかった」
「いいって、俺たち幼馴染じゃん。確かに言ってくれなかったのは寂しかったけど、お前はちさきに会わないことで、俺に気を遣ってくれたんだよな。本当なら、それを利用することもできたのにさ」
「そんなことしても、無理なんだ。俺はちさきの心に入り込めない。ちさきの心の中には、ずっとお前がいた。それを知っていたから、会わないようにしようと決めたんだ」
「そうか。とりあえず、ちさきに全部話して今後のこと決めるよ」
「頑張れよ!」
「ありがとうな」
俺たちは、会計を済ませてファミレスを出た。
「あっついなあ」
「夏だからしかたないって」
「違いない」
俺と拓也はそう言って笑った。拓也、本当のこと言ってくれて本当にありがとうな。
――――――――――
さて、ここから反撃が始まりますかね。
読んでいただきありがとうございます。
ちさきちゃんイメージイラストです。
https://kakuyomu.jp/users/rakuen3/news/16817330663799452142
これからも応援よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます