第25話 真香の狙い(ちさき視点)

「ちさきちゃん、ちょっと早いけど、いいかな?」


 わたしが勉強をしていると、病室がノックされた。


 どうぞ、と言うと真香ちゃんがキョロキョロしながら部屋に入って来る。


「早いね。隼人は朝少し予定ができたから、昼から来ると聞いたけども……どうしたの?」


「そうみたいだね。でも、わたしが今日会いたかったのは、ちさきちゃんだよ」


 真香ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。そして、すぐに真剣な表情になる。


「実は、ちさきちゃんは記憶喪失で忘れてると思うんだけどね。わたしと隼人が付き合ったのって、実はちさきちゃんのおかげでもあるんだよ」


 そう言って、わたしにぎゅっと抱きついて来た。


「えっ、そうなの? 全然覚えてなくて、ごめんね」


「いいの。ただ、それについて、わたしから、ちさきちゃんにちゃんと話しておいた方がいいと思ったんだ。ちょっとお話しして大丈夫かな?」


 目の前の真香ちゃんはわたしをじっと見つめる。わたしは記憶を失ってしまったので、何故隼人が真香ちゃんと付き合うようになったのか、分からなかった。それにわたしが手伝ったのであれば、聞いておいた方がいいと思った。


「うん、ありがとうね。わたしは大丈夫だから、言ってみてよ」


「ありがとう」


 そう言って涙を拭いた。きっと緊張してるのだろう。手が小刻みに震えている。


「うん、ゆっくりとでいいよ。今日は隼人も遅いから、大丈夫だよ」


 わたしは真香ちゃんの手をとる。真香ちゃんの心臓の鼓動が早鐘のように速く、トクトク鳴っていた。


「ちさきちゃんが、隼人くんのこと好きなの知らなくて……本当にごめんね」


「えと……、それって……」


 わたしが隼人のことを好きだ、とどこで聞いたのだろうか。恐らく、簡単に言うわけが、ないはずだ。


「ごめん。拓也くんが気づいたらしくて、教えられたの」


「そうなんだ……。わたしと拓也くんとお付き合いしてるんだよね。そうか……」


 それにしても、何故お付き合いしてるのだろう。全く実感が湧かない。


「それで、一緒にいる時、気づいたみたいでね」


「そうなんだ。わたし、顔に出やすいのかな」


 自分が顔に出やすいとは思わなかった。もしそうであるならば、嘘を言っても仕方がない。


「隼人には言わないでね。言ったらきっと困ると思うからね」


 そう、真香ちゃんのような彼女がいるのに、そんな話をされたら、きっと隼人は困ると思うのだ。隼人には後ろを振り返るべきではない。


「ありがとう……、そしてごめんね。もし知ってたら、付き合わなかったよ」


「いいよ。大丈夫だからね」


「で、ここからが重要なんだけど、いいかな」


「うん……」


「実はね。ちさきちゃんがわたしを手伝ってくれるきっかけになったのが、ふたりが兄妹だからなんだ」


「えっ、わたしと隼人は兄妹なの?」


「そうみたいなんだよ。ちさきちゃんはその事実を知ってたから、隼人と付き合いたいと言ったわたしを手伝ってくれたんだよ」


 なるほど、確かにそれはわたしならあり得る話だ。


「でね。驚かないで聞いて欲しい」


「うん、大丈夫。兄妹の話で充分驚いてるからね」


「これは、隼人には絶対に言わないと約束してくれる?」


「うん、分かったよ」


 この後の話は真香ちゃんにとって、恋愛を左右するくらい重要な話だと思った。


「わたしと隼人が付き合うため、ちさきちゃんの提案で、ちさきちゃんと拓也くんが恋人と言うことにしてもらったの」


 なんか、凄いしっくりと来た。恋人なのに殆ど来ない拓也の存在。わたしが隼人以外と付き合っていると言う事実。そして、わたしと拓也が兄妹だという事実。


 その三つの事実が行き着くいた先にこの告白があったのだろう。


 そして、わたしは自ら身を引いた。実に分かりやすい。


「そうなんだ。その、実感あまり湧かなくてごめんね」


「うううん、こんなこと急に説明されても困るよね」


「大丈夫だよ。だって、実にわたしらしい選択だからさ」


 そう、隼人と結ばれることが不可能ならば、幼馴染の真香ちゃんと付き合って欲しいと言うのは実にわたしらしい。


「それにしても兄妹とは驚いたよ。ただ、凄くしっくり来るとは思うけどもね」


「わたしを疑わないの?」


「わたしたち親友だったのでしょう。わたしは親友を疑ったりはしないよ」


「そうなんだ。ありがとう」


「うううん、あまりにもわたしらしくて凄く納得できたよ」


「本当、ちさきちゃんなら分かってくれると思ってたよ」


「で、その……、さ。兄妹って言うのはやはり動かしがたい事実なのかな?」


 この期に及んで何を言ってるんだろう。もし、兄妹じゃないなら、なんだと言うのだ。隼人と真香ちゃんは付き合って半年間……、お互いに築き上げたものは大きい。


 もし、兄妹じゃなくても、今更……、どうしようもないではないか。


「多分間違いないと思う。実は、わたしのお母さん、ちさきちゃんと隼人が生まれた病院の看護師でね。その話はお母さんが話してくれたんだよ」


 そうなんだ。わたしは、その事実を聞いて何も調べようとしなかったのだろうか。


 戸籍か、それとも母親に直接聞いてしまうか。


 戸籍は広島だ。郵送で送ってもらうにせよ、母親に説明しないわけにはいかない。


 両親が隠しているのに、わたしは他の家の子供じゃないの? なんて聞けるわけがない。


 きっと当時のわたしはそれとなく聞いて、しっくりと来ない答えに翻弄されたのだろう。


「ちょっと驚いたけども話してくれてありがとうね。それ聞いてちょっと落ち着いたよ」


「ちさきちゃんなら、分かってくれると思ってた。それでね、恐らく同じような話を拓也から聞くことになるかもしれない。でも、人にはそれぞれ見方があるから、わたしの説明と一部は食い違うこともあるかもしれないけど、わたしの説明を信じて欲しい……」


「分かったよ。こんな大事なこと教えてくれてありがとう。大変だったね」


「大丈夫だよ。ちさきちゃんの方が辛いと思うから……」


 わたしはゆっくりと頭を左右に振る。真香ちゃんはじっと不安そうに見ている。きっと真実を知った時に、わたしがどう動くかが怖いのだ。


「大丈夫だよ。真香ちゃんと隼人の関係は何にも変わらないから。安心してね。わたしは拓也くんがもし真香ちゃんを貶めるような説明の仕方をしても、真香ちゃんの言ったことを信じるからね」


 わたしは震える真香ちゃんを抱きしめた。その時、わたしの頭に電撃のように閃いた。


 そうか……、日記帳の暗証番号は隼人のスマホの下四桁だったんだ。




――――――――




先に手を打とうとする打算が見えますね。


真香にとっては蒸し返されてたまるかって所でしょうか。


やればやるほど裏目に出ることだけは間違い無いのですが……。

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