第20話 ふたりで勉強(ちさき視点→隼人視点)

(ちさき視点)


 記憶を思い出そうとすると苦しくなる。でも、思い出さないと一歩も進めない。


 そうだ、わたしは毎日、スマホに日記を書いていた。この記憶を忘れてなくて、本当に良かった。


 わたしが拓也さんと付き合っていたと言うのはきっと嘘だ。


 だって……、わたしは隼人と結ばれないなら、きっと誰も愛せないからだ。


 自分のことだから分かる。何が変わろうと、そこだけは変わるわけがない。


 隼人の隣にいるのは、知らない女の子だった。当時のわたしに何があったのか。そして、なぜ、隼人の隣にわたしがいないのか。


 全く分からなかった。


 わたしはスマホの日記帳アプリを見た。この日記帳を開けられたら、わたしは真実を知ることができるかもしれない。


 パスワードに誕生日や電話番号など思いつくものを入れてみた。だけど、開かない。


 パスワードは私が知っている番号に違いない。でも、今のわたしにはそれが分からない。


 隼人、お願い。この歪んだ世界からわたしを救って……。





――――――――

(隼人視点)




 終業式の帰り道。ちさきから連絡を受けた。ちさきからのLINEは半年ぶりで、名前が表示された時、嬉しくて涙が出た。


「隼人、今日来れないかな?」


「もちろん行くぞ。渡したいものもあるんだ」


「良かった。わたしも見せたいものあるんだよ」


「なんだよ。もったいぶらずに教えろよ」


「秘密、だよ」


 半年ぶりに見るちさきからのLINEには、変な熊のゆるキャラが表示されてた。そういや、ちさき、このゆるくま好きだったな。その可愛げがないくまがとても懐かしい。少し上にスワイプすると映画楽しんで来るんだぞ、と事故前のちさきのLINEがあった。


「真香、ちさきからLINE来たんだよ」


「そう、……なんだ。なんて書いてる?」


「見せたいものがあるらしいよ」


「へえ、……なんだろ?」


「分からねえよな。でも、文面から悪い話ではなさそうだよ」


「そう、……だよね。じゃあ、速く行ってあげな ないとね」


 そう言って俺の方を向いてニッコリと笑った。一瞬、不審そうな表情をしたように見えたが、真香も心配してたんだろう。


「ここまで回復してくれて、良かったよな」


「そうだね。もうあと一息で、隼人が行かなくても良くなるよね」


 俺はそれを聞くとかなり残念な気持ちになる。ちさきの治療が終われば、行く必要がなくなる。当たり前のことなんだが、それが凄く心残りに感じた。


「そうだな。その前に退院しないとな」


「だよね。記憶も曖昧だし、今は見てあげないとね」


「うん。俺はちさきのところに直接行くけど、お前はどうする?」


 俺の言葉に真香が少し考えてからニッコリと笑った。


「先に行ってあげて、……わたしは着替えてから行くからさ」


「分かった」


 俺は担任から預かった荷物を早く届けたかったので制服のまま病院に向かった。


「待ったか?」


「思ったより早かったよ」


「だろ。急いできたからな。で、見せたいものって何かな?」


「これ、だよ?」


 ちさきは少し顔を赤くして、知能テストの結果を渡してきた。


「おぉ、凄いよ。勉強に関しては完全復活だな」


「まあ、簡単なテストだからね」


「でも、良かったよ。脳に異常がないなら、勉強始めないとな。これ、先生から半年分のテキストと俺がまとめたノートのコピーだよ」


 俺は先生から預かったテキストを渡す。必要箇所にマーカーや書き込みがされていて、凄くわかりやすい。それと俺がまとめたノートも渡した。


「これ、私もらっていいの? 時間かかったでしょ」


「自分の復習にもなったし、気にすることないよ」


「すごく分かりやすい。ありがとう」


「じゃあ、さっそく今から授業始めようか?」


「授業!?」


「当たり前だろ。いくらちさきが学年二位だったとしても、ちゃんと授業で教えてもらわないと覚えられないだろ?」


「教えてくれるの?」


「もちろんだよ」


「ありがとう。でも、その……さ……隼人には彼女がいるんだよね」


 そうだ。ちさきには真香の記憶がない。俺はちさきとのこれからの関係を考えるため昨日、事故前の関係をLINEで簡単に説明していた。


「気にすることないって。真香だってきっとそうして欲しいと思ってるはず。だってさ、俺たち10年来の幼馴染だぜ」


「それなら嬉しいけどもね。でもさ……」


 ちさきは人差し指を左右に揺らせて笑った。


「人の気持ちは変わるから……。特に人を好きになるとね。隼人は人に気を使い過ぎることがあるからね。真香ちゃん嫌がったら、彼女のことを優先させてあげてね」


「そんなわけにはいかねえよ。ちさきとは、恋人の真香よりもずっと長い間一緒にいたんだ。真香が何と言おうと俺はちさきのことを優先させたい」


「……だから、駄目……それがダメなんだよ」


「どうしてだよ!!」


「あのさ、真香ちゃんは大切でしょう?」


 俺はその言葉を聞いて、そうなのだろうか、と思ってしまう。確かにちさきが眠っていた半年間、俺と真香は一緒に帰ったり、勉強したり、この前のように服を選びに行くのを付き合ったりしてきた。


「何、難しい顔してるのよ」


「いや、なんでもない」


「変な隼人だよ」


 当たり前のことだった。真香とは好きと言われて付き合っただけだった。好きなのはちさきで真香ではないのだ。


(そんなこと言ってると奪ってしまうぞ)


 少し前に拓也に言った言葉が俺の心に小さくない波紋を広げていた。


「どうしたんだよ。隼人らしくないよ」


「俺さ、真香が好きかどうか分からないんだ」


「えっ、……ちょっと……、何言ってるんだよ。隼人がそんなこと言ってると好きになっちゃうからね」


「えっ!?」


「いや、何言ってるんだろ。……ごめんね、忘れて……」


 俺はその言葉に心臓を射抜かれたような気がした。俺はちさきと付き合いたかった。そのちさきから、こんなこと言われるなんて、今も心臓が壊れそうにドキドキしていた。


「あのさ、ちさき、俺お前が良ければ……」


「今のこと忘れて……」


「えっ!?」


「今のわたしは少し変なんだ」


「ああ、そうだな」


「わたしのことは、お見舞いしてくれたことだけで充分。これからは彼女を優先してあげて」


 俺はその言葉に我に変える。


「あっ、ああ……じゃあ、勉強教えるぞ」


「うん、ありがとう」


「どういたしまして……」


 俺は授業形式でちさきに教える。半年間、寝たきりだったので、リハビリをしながらになる。時間は朝に1時間、昼から1時間と決めた。


 勉強の飲み込みは、真香と違って、びっくりするくらい良かった。


「ちさきは頭いいよな」


「そんなことないよ。ずっと2番だったし……」


「最近、真香教えるようになったけども、全然ダメだよ。基礎ができてないんだ。教えてるうちに、もしかして中学から教え直したほうがいいかと最近では中学から教えてる」


「基礎が大切だからね。難しい問題ができることより、基礎だよ」


「うん! でも、あいつ中学と聞いた時にあからさまに嫌な顔したからな」


「そりゃそうよ。仮にも難関高校に通ってるんだから、プライドもあるもの。もっとやんわりと言えばいいのに」


「俺はあいつにはスパルタで行くと決めたんだ」


「なら、わたしが教えてあげようかな? 真香ちゃんのこと覚えてないけど、なんとなくうまくいける気がする」


「それいいかもな。昼からあいつ来るから三人で勉強しようと思ってるんだけど、いいかな」


「いいの? 午後からデートだと聞いたけど?」


「いいっていいって、毎日勉強することの方が大切なんだからな」


「真香ちゃんに確認しとかなくて大丈夫? デート楽しみにしてるかもよ」


「あいつなら大丈夫だよ」


 それから1時間の勉強を終えるとちさきは松葉杖をつきながらリバビリに向かう。その姿がやけに痛々しかった。


「ごめんね、どこが悪いと言うわけじゃないんだけどね。筋肉量が足りないらしいのよ」


 半年間寝たきりの影響がここまで出てるのか。俺はその姿を見て少し気になった。


「大丈夫だよな? ついていかなくていいか?」


「それじゃあ、リハビリの意味ないって」


「そうか」


「大丈夫だよ、じゃあ昼からもよろしくね」


 ちさきはこちらを向いてニッコリと笑って手を振った。




――――――――




何か不穏な感じですね


好きになっちゃう、と言うのは?


どうなんでしょう。


今後ともよろしくお願いします。

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