第17話 誘惑(拓也視点)

「拓也、ちょっと待っててね」


 俺は真香の部屋に通された。どう言うつもりで俺を招き入れたのか知りたかったため、俺はあえて拒否することはしなかった。


「なあ、どう言うつもりなんですか?」


「うん? どう言うつもりって何が?」


 真香は俺の聞いた意味が分からないと言う顔で俺を見た。


「親がいないとか余計でしょ!」


「あぁ、それのことね。いやさ、変に誘ってるように見えたら駄目だから一応言っとかないとね。じゃあ、コーヒー淹れてくるね」


 そう言って部屋から出ていく。俺は真香の学習机の椅子に腰を下ろした。いつもの定位置だ。真香は数分後、二人分のコーヒーを持って戻ってきた。


「あっ、そこに座ってるんだね。別にこっちでもいいのに」


 ニッコリと笑いながらベッドの方を指差す。こいつは何を言ってるんだ。


「いや、ここでいいよ。仮にも男と女が二人きりだ。間違いを起こすと駄目だからね」


「ふうん、いつものように冷静なんだね」


 感心したように俺をじっと見ながらコーヒーを置いた。


「なあ、どう言う理由で俺を招き入れたんですか?」


「別に深い意味はないわよ。そうねえ……もうちょっとさっきの話したくてね」


 立ち話で結論まで隠すこともなく話したはずだが。これ以上、何か話すことがあるのか。


「それにしても真夏だから暑いよね。空調弱くてごめんね」


 真香はそう言って胸元のボタンを上から二つ目まで外してパタパタと手で扇ぐ。胸元が大きく開けられて中からピンクのブラジャーが見え俺は目を慌てて逸らした。


「あのさ、幼馴染でもこう言うのはやばいでしょ」


「こう言うのって、……何かな?」


 真香は俺の背中に自分の身体をくっつける。大きな胸が背中に押しつけられる形になった。


「俺の言ったこと聞いてましたよね」


「うん、聞いてたよ」


「で、なぜこんな挑発をしてくるんです?」


「挑発じゃないよ。本当に暑いんだよ」


 そう言って下敷きを使って俺に向かって扇ぐ。風に混じって化粧やらシャンプーやらが混じった匂いが俺の方に漂ってくる。


「あのさ、こんな色仕掛けに俺が乗るとでも思ってますか?」


「ふうん……」


 真香はベッドに腰掛けて、俺を見た。


「やっぱり無理か……」


「無理というかさ。もし俺が襲ったらどうするつもりなんだよ?」


「そしたら、拓也はわたしの言いなりにならざるを得ないよね」


 俺は思わず頭を抱える。勘弁してくれよ、仮にも彼氏持ちだぞ。貞操観念はどこに行ってるんだよ。


「わたしはね。欲しいものは絶対譲りたくないんだよ」


 真香は誰に言うでもなく、呟くように言った。これは自分に対し言い聞かせてるのだ。俺は何も言わずに真香をじっと見た。


「ちさきは、拓也を譲ってくれたんだよ」


「それは違うだろ。ちさきは兄妹だと思ったから、結ばれない恋だと思ったから、幼馴染のお前と付き合って欲しいと思ったんだぞ」


「確かに、そうかもしれない。でもね、わたしならそんなに簡単に譲らないよ」


 真香は彼女なりに言いたいことがあった。


「だってさ。まだ、戸籍も見てないんだよ。はいそうですか? って譲れないよ。少なくともわたしなら、とことん調べ尽くすまで、いや……たとえ兄妹であっても譲らないよ」


 真香は俺を睨んだ。


「それは……、そうかもしれないし、そうでないかもしれないよ」


「どう言うこと?」


「ちさきにとっては、隼人と同じくらい真香が好きなんだよ。確かに、真香の母親の勘違いの可能性は残っている。でも、そこに固執することは、良い結果にならないと思ったんでしょ」


「なぜ、……!?」


「恋愛にはタイミングがある、とちさきは思ってるんだよ。郵送で戸籍を調べようとするなら、両親に話さないとならない。でも、今まで話して来なかったのに、自分から聞くのに戸惑いもある。そんなタイミングで、真香が隼人のことを好きだと言ってきた……」


「だからって……」


「お前とちさきじゃ、価値観もだいぶ異なるんだよ。ちさきは隼人と同じく隼人に兄妹に似た感覚を持ってると思うんだ」


「だからって、好きな人を諦めるなんてわたしならできない」


「ここから先は平行線だよ。だから、俺は手助けもしないし、真香の恋の邪魔もしないんだよ」


「どう言うこと?」


 真香は首を傾げて俺を見つめていた。


「俺は君の気持ちもよくわかるけど、ちさきの言う幼馴染を思いやる気持ちも分かるんだよ」


「……そんなの欺瞞だよ。自分の気持ち殺して辛いだけじゃないの?」


「だから、辛そうだっただろ。本当はさ、こんなことやるべきじゃなかったんだよ」


「わたしの恋の応援をしない方が良かったって言うこと?」


「こんなことするならね。真香はちさきの優しさにつけ込みすぎだよ」


「そんな指摘はいらないよ……まあ、とりあえず色仕掛け作戦は失敗と言うことね」


「よくやるなあ、と感心するよ。俺はさ、ちさきとキスできたり、ホテルで合法的に行為ができるかもしれないチャンスでも相手の気持ちを優先してきた。そんな馬鹿な手には乗らない」


「だよねえ」


 真香が悪びれもせずにニヘラと笑った。


「それでもわたしはどんなにうざがられようとも嫌われようとも隼人は諦めないからね」


「まあ、頑張れよ! 今後どうなるかは誰も分からないからね」


「ちさきがどう言う手に出てきたって負けるものですか」


 真香は自信を持ってそう言ってコーヒーを飲み干した。


 その姿を見て真香らしいなと感心した。

 

「あれ、拓也のスマホ鳴ってるよ……」


「あっ、本当だ」


 着信音は隼人からのLINEだった。俺はロックを解除してLINEの文章を見てから、真香の方に向いた。


「ちさきが、目を覚ました……」




――――――




 やっと目を覚ましました。ここからどうなるんでしょうかね。



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