第11話 入院生活(隼人視点)
あれから半年が過ぎた。手術は成功し、ちさきの脳波は安定していた。
「隼人くん、いつもお見舞い、ありがとうね」
「いえ、やりたいからやってますので。……この花、ここに飾っていいですか?」
「うん、お願い!」
俺はちさきが好きだったアイビーを水差しに生けた。ちさきの容態は安定しているが、今だに目覚めない。
脳波に異常は見られないために、いつかは目覚めると言われ半年だ。いつ目覚めるのか、最初は期待があったが、今は会うたびに絶望を感じてしまう。
寒かった12月が瞬く間に過ぎ去り、蝉の鳴く7月になっていた。ちさきは、もともと試験の点数が良かったため、テストは免除され2年生になっていた。
「拓也は、お見舞いに来ないですか?」
「そうねえ、忙しいみたいだから、……たまには来てくれるけどね」
ちさきの母親は少しやつれたように見える。
「ちさき、拓也がさ。お前に聞けって言ってたんだけど……、何のことだろうな」
俺は椅子に座りちさきをじっと見つめる。もちろん言葉が返ってくることはない。ちさきはまるで眠っているように見えた。
「本当にいつ起きてもおかしく無いように見えますよね」
「そうだね。お医者様もそんなこと言ってたわよ」
早く起きて欲しい気持ちは俺も真香も拓也も一緒だ。俺はもう一度ちさきを見る。
艶っぽい髪の毛は事故前と何も変わらない。いつも綺麗にしてくれてる母親に感謝しないとならないよな。
「じゃあ、俺行きますね」
「来てくれるのは大変ありがたいけどね。毎日来なくてもいいんだよ。負担になると思うし……」
俺はゆっくりと頭を振った。
「これは俺にとっては必要なことです」
「まあ、負担にならないようにね」
俺はそれだけ言葉を交わすと、病室を出て、待合室に向かった。
「お前、何でいつもここで待ってるんだよ」
「いいでしょ。どこにいても……」
「お前もちさきと幼馴染なのだから見舞ってあげればいいのに……」
「月に何回かは行ってるでしょ。あまり行くと悪い気がするし……、それに横にいると話したいことも話せないでしょ」
こいつも気を遣っているのだ。半年、真香も俺の行く時は必ず付き添いで、ちさきに会いに来ていた。本来は彼氏の拓也がやらなければならないことだが、何故かあいつは俺に気を遣ってあまり来ない。
「行こう、隼人!!」
真香が俺の腕に自分の腕を絡める。そう、半年の間に俺と真香の関係が少し進展した。まだ、キス以上の関係にはなっていないが、たまにデートをする関係になっていた。本来はもう少し進展してても良かったが、ちさきが目覚めるまでと結論を先送りしていた。
「今日はどこか行くのか?」
「もうすぐ夏休みだからね。水着選びに行こうか?」
そうか、そんな季節になったんだよな。俺はちさきの事が心配で季節を感じる余裕がなかった。
「ちさきがあの状況なのに、俺だけ遊んでいていいんだろうか」
「何言ってるのよ。たまには遊ばないと、……塞ぎ込んでたら、ちさきちゃんが起きた時に悲しむわよ」
そうかもしれない。そして俺は何度もこの台詞を繰り返してきた。
ちさきは手術が終わっても意識を取り戻さなかった。暫くはいつかは起きると思っていたが、それがやがて絶望に変わる。俺はやがて水も喉を通らなくなった。
精神的なものだが、本当に水でさえ身体が拒絶した。まるで生きるのを拒絶してるとさえ思えた。
ただ、できたことは殆どなく、学校とお見舞いに行く以外は、家でふさぎ込むだけだった。
両親も心配して、ご飯を出してくれたり、飲み物を差し入れてくれたが、食べたり、飲んだりしたものは全て嘔吐として吐き出した。
あの時、俺は限りなく死に近づいていただろう。何も飲み物さえ接種できなくなってから約一月。俺は突然立てなくなった。身体に力が入らないのだ。俺はそのまま崩れ落ちた。
「あなたね。死ぬのは勝手だけど、死んで悲しむ人がいるってこと忘れないでよね!!」
気づいた時、俺は病院のベッドで点滴を受けていた。
何もしなかった期間は一月くらいだったが、本当に人は簡単に死ぬんだと思った。
「ちさきちゃんはどうするのよ。起きた時、あなたが亡くなってたら、ちさきちゃんも悲しむんだよ。お願いこんな馬鹿なこと、もうしないでよ」
病院のベッドで本気で頼まれた。
そのおかげで俺は少しは正気を取り戻したような気がする。
「なあ、ちさきはいつ起きるのかな?」
「うっ、……」
その言葉に真香は唾を飲み込む。しばらく空白の時間が流れた。そういや、こいつ。ちさきの話をするたびにこうなるんだよな。きっと俺と同じで、ちさきが目覚めない事を心配してるんだろう。俺は心配してる真香のために、わざと明るく振る舞った。
「大丈夫だよ。もうすぐ目覚めるって。元気出そうぜ!」
「うっ、うんっ、隼人もね」
「ああ、ありがとう……」
「じゃあ、水着買いに行くよ!」
「ああ……」
何かしている時だけは、ちさきのことを忘れられる。あの一月の体験でちさきの心配だけを続けることがやばい事だと身をもって知った。
俺は気を取り直してモールに向かう真香の手に力を入れた。
「うん、行こうよ!」
真香は俺が何も言わなくても言いたいことは分かる。
「やはり、混んでるな。……そろそろ帰るか」
「なんでよ!!」
「いや、混んでるからさ」
「混まなくなるの待ってたら夏が終わるよ。ほら、そんなこと言ってないで、ほらほら行くよ」
「はいはい!」
流石に、そんな逃げ台詞は通用しないか。
「俺はここに座ってるから、適当に選んでいいよ」
俺は水着コーナーから少し離れたベンチに腰をかけた。
「なんでよ。隼人は彼氏なんだから、わたしの水着選んでくれるんでしょ」
俺は仕方なく試着室の前でぼーっとしながら、真香が出てくるのを待っていた。
ちさきが起きても、俺は真香を愛し続けられるのだろうか。
これはちさきが拓也と別れることが前提と言う下衆な考えだが、何故だかそんなことあったらいいな、と思ってしまい慌てて頭を振った。
「俺は馬鹿か、何考えてるんだよ!!」
――――――――
半年間の寝たきりになったちさきちゃん。
起きたらどうなってしまうのか。
一番心配してるのは、真香なのかもしれません。
読んでいただき本当にありがとうございます。
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