第10話 前園総合病院(隼人視点→拓也視点)

(隼人視点)


「佐伯隼人さんでしょうか?」


 突然かかってきた電話ごしの落ち着いた女性の声。


「はい、隼人は俺ですけども……」


「こちら前園総合病院です。凪乃さんの家にも電話しましたが、繋がりませんでしたので……、こちらに電話させていただきました」


 病院名と凪乃の言葉に俺はぞわりとなんとも言えない気持ち悪さを感じた。


「ちさきに何かありましたか?」


 なぜか、ちさきだと分かった。この電話番号に最初に辿り着いたのであれば、ちさきしかあり得ない。


「凪乃さんが横断歩道でワンボックスカーと接触しまして……こちらの病院に運ばれて来ました。今、意識不明で……手術が必要な状況になっております」


「えっ!?」


「ご家族ではありませんが、ご家族同等の間柄と見受けられます……、緊急を要しますので手術の同意をいただきたいのですが……」


「はい、お願いします。それと、すぐそちらに向かいます」


 俺はスマホをポケットに入れた。


「ごめん、ちょっと行ってくる」


「えっ!? ちさきちゃんどうしたの?」


 目の前にはアイスコーヒーを飲んでいる真香がいる。容体がはっきりと分からない今、過度に心配させない方がいいだろう。


「ごめん、ちょっと用事ができた」


 そのまま、二人分のコーヒー代を置いて、俺は喫茶店を出た。


「ちょ、ちょっと、隼人どうしたのよ!?」


 喫茶店から真香の声が聞こえたが、とりあえず今はちさきのことだ。前園総合病院は、駅からバスで三駅行ったところにある。俺は走りながらスマホでちさきの両親に電話をかけた。


 やはり、電話が繋がらない。くそっ、どこに行ってるんだよ。


 俺は仕方なく自分の母親の携帯にかける。数回の呼び出し音の後に母親が出た。病院名と要件を伝える。


「分かった。わたしもちさきちゃんのご両親に連絡取って行くから……」


 これで俺の母親からちさきの母親には連絡が行くはずだ。後は……。


 俺は拓也に連絡した。


「もしもし、どうした?」


「どうしたじゃねえよ。お前ら付き合ってるのにデートしてなかったのかよ」


「えっ、ちさきに何かあったのか?」


「何かあったじゃねえよ。ちさきが交通事故に遭った」


「どこで?」


 俺は先ほど聞いた書店を告げた。駅前の書店の前は見通しのいい交差点で滅多に交通事故なんて起きない。車の脇見運転だった。


「分かった。すぐに向かうから」


「俺、先に行ってるからな」


 バスに乗ってちょうど三駅行ったところが病院前だ。今日のバスはいつもより凄く遅く感じた。


 速く、速く着いてくれよ。くそっ、くそっ、くそっ……。


 俺はバスを降りて10メートル先の救急用の入口から病院に入った。


 目の前に手術中と言う赤の文字が点灯している。少し遅れて母親がちさきの母親を連れてきてくれた。


「隼人くん、ありがとうね。あの娘、わたしの携帯番号よりも、隼人くんの番号を緊急連絡先にしてるのよ」


 今の状況は笑えたものでは無いが、ちさきらしくて思わず苦笑いしてしまう。


「ちさき、大丈夫ですよね?」


 俺は自分に言い聞かせるようにちさきの母親に聞いた。


「今、看護師さんに話を聞いてきたけども、頭を強く打ったらしいの。今すぐに亡くなるとか、そう言うことはないけど、出血してるそうでそれを取り除く手術をしてるそうなの」


 何やってんだよ。拓也がデートにでも連れ出していれば、こんな事態は避けられたはずだ。何故、付き合ってすぐの休日にひとりなんだよ。


 ちさきの母親は看護師から渡された手術の同意書を書いていた。本来は手術前に書くそうだが、緊急を要する場合、先に手術が行われることもある。


 俺で良かったのか分からないが、先に俺が同意をした形になった。


 少し遅れて、拓也がバツの悪そうな顔をして来た。


「あのさ、ごめんな」


「いや、いい。俺の名前がいまだに緊急連絡先になってたようだからさ。ちさきの家に繋がらなかった時にこっちに連絡が来たんだ」


「そうなのか?」


「うん」


「それで、ちさきは大丈夫なのか?」


「頭を強く打ったらしい。今、緊急手術が行われてる。どうやら頭の中に少し出血が見られるそうだ」


「そうか……」


「お前、彼氏なんだから、毎日病院通ってちさきが安心できるよう近くにいてやれよ」


 俺がそう言うと、拓也は微妙な顔をした。


「いや、それはお前の方がいいと思う」


 はあ、こいつ何を言ってるんだよ。


「お前なあ!! 仮にも彼氏だろうが!」


 思わず声を荒げてしまう。ふざけんなよ、言っていいことと悪いことがあるだろ。俺が拓也に掴みかかったのを見て年配の看護師が飛んできた。


「ちょっと! 病院内で喧嘩しないでよ。喧嘩するなら外でやって!!」


 確かに早計だった。事情を知らなければ俺が突然切れたと思われても無理はない。


「ちょっと場所を移そうか」


「ああ……」


 俺達は病院のすぐ近くにある喫茶店に座ってアイスコーヒーを二つ注文した。


「お前もアイスコーヒーで、……いいよな?」


「……ああ」


「で、なぜ、あんなこと言ったんだよ」


 拓也は俺から目を逸らした。


「俺からは何も言えない。理由はちさきが起きたら聞いてくれ。今、俺は結論しか言わない。ちさきにとって、最初に会いたいのはお前だ!!」


 こいつ、この期に及んで何言ってるんだ。初めてを奪ったら、もう用済みなのかよ。


「このやろ! ふざけんなよ!!」


「殴れよ、それで気が済むんならな!!」


「言っていいこととそうでないことがあるんだよ!!」


 俺は思わず拓也の首を引き寄せて、殴ろうとした。


「何をしてるのですか? あなたたち……」


 結局、喫茶店からも追い出されることになった。


「出禁かな」


 俺が自嘲気味に笑うと拓也も笑った。


「まあ、あの様子じゃ、もう行くことはできないだろうな」


「なあ、どんな事情があるのか分からねえ。けどな、そんなこと言うなら、俺がちさきを奪うぞ!!」


 その言葉に拓也は自重気味に笑った。


「もう、やってられねえよ、こんなこと。俺は抜けさせてもらう。いいか話ならちさきに聞け……、じゃあ俺は行くからな!!」


「お前さ、変わったよな。最低だぞ!!」


 拓也が何を言ってるのか全く理解ができない。これじゃあ、彼氏じゃ無いようじゃないか。


 ちさきが話せない今、何も分からないが、落ち着いたら、ちさきとこのことについて話し合わないとならないと思った。





――――――――

(拓也視点)




「聞いたか? ちさきが交通事故になった」


 隼人からの電話を受けた俺は病院に向かう前に真香に電話をした。


「えっ、嘘!?」


 暫くの沈黙の後、真香から返答があった。今日隼人とデートだったはず。なのに、何も聞いてないのか。


「俺は今から病院に向かう! 真香も来るよね!?」


「えとさ、それより……、言わないで欲しい」


 電話の向こうから消え入りそうな真香の声。


「何のことだよ?」


「ちさきと拓也が付き合ってると言う嘘。そのままにしていて欲しい」


「何言ってるんだよ、そんなこと言ってる場合じゃ無いだろ」


 少しの空白の後、もう一度、真香から今度ははっきりと言われる。


「あなたも同罪なのよ。もう今更、実はちさきとは何もありませんでしたなんて、通るわけないからさ」


 真香の言うことがすぐに理解できなかった。今、ちさきの容態さえ分からない時に自分の保身のことだけをこいつは考えてるのか。


「ねっ、お願い。わたしには隼人しかいないの。それに、ちさきと隼人は結ばれてはいけないから……」


「その話は後だ。今はちさきを心配すべきだろう!!」


 俺は思わず強く叫んでしまう。俺たちは幼馴染として、幼稚園の時からずっと一緒だった。恋は優先順位さえも変えてしまうのか。


「お願い!! 隼人にだけは言わないでください」


 最後は嗚咽混じりの涙声だった。


「分かったよ」


 俺はそれだけ言うと電話を切った。俺も同罪か……。






――――――――――





この事故によって、四人の関係が大きく変わります。今後とも応援のほどよろしくお願いします。


現実の話であれば警察が来てると思いますが、それを対応するのはちさきの母親になるので、関係のない話は割愛しております。




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