第5話 ホテル(隼人→ちさき視点へ)
「なんで、こんなこと……するんだ!」
「ごめん、ごめんね。でも見てられなくて」
「お前は同情でキスするのかよ」
「同情じゃないよ!」
「何言ってんだよ! お前が好きなのは拓也だろ。目の前でちさきと一緒にホテル入って行くの見て、一時の感情でキスしてんじゃねえよ」
「一時の感情なんかじゃない!!」
「じゃあ、なんだよ。拓也がちさきとホテルに入るところを見て自暴自棄になってるんじゃねえよ」
「自暴自棄じゃない。わたし冷静だよ」
真香が俺の身体に顔を埋めた。押し当てられた胸が柔らかい。て言うか、こいつ胸結構あるのな。
「じゃあ、なぜ……」
「隼人に、ちさきがいるから諦めてたんだよ。でも、もう諦めなくていいよね!!」
「お前、何言って……」
「わたしは隼人が好き……、ずっとずっと前から、幼稚園で初めて会ったときから、ずっと好きだった」
「嘘……だろ」
「この気持ち、ずっと隠してきた。隼人の隣にはちさきがいたから。でも……」
「俺は今言われても、お前の気持ちに応えてやれない」
「それでいいよ。隼人が振り向いてくれるまで、わたし待ってるからね」
「振り向くかどうかなんて分かんねえぞ」
「それでもいい。ずっと待ってるから」
「今は頭がぐちゃぐちゃでどうしたいか、俺にも分からないから、いい答えできるか分からねえぞ」
「それでいい。それよりさ……まわり……」
「まわりって……えっ」
気がついたら俺たちの周りに人垣ができてた。
「若いっていいねぇ」
「本当、可愛いね」
「これから二人でホテルかな?」
無茶苦茶、注目されてるじゃねえかよ。ただ、その中にちさきと拓也の姿はなかった。ふたりは今頃……。くそ、なんでなんだよ。
「行くぞ……」
「うっ、うん……そだね」
真っ赤な顔で真香は俺の差し出した手を取った。俺は走り出す。後ろから数人の口笛が聞こえた。
「そんなに急がなくても大丈夫だよ!」
「いや、お前急いでただろ」
「別に用事なんてないから歩こうよ」
「えっ!? お前、用事あるって言っただろ。だから、この道通ったんじゃねえかよ」
「あっ、えっ……えと。そうだよね。用事あるよ、ある……忘れてた」
「なぜ、自分の予定忘れるんだよ」
全く何を考えてるんだよ。さっき起きた時、血相変えてただろ。
それにしても最悪だ。ちさきは今未唯に抱かれてるのだ。
「ごめんね、急いでもらって……」
「いいよ、気にするな……」
「それと、辛い時を利用して、そのキスなんかしてごめんなさい」
真香は大きく頭を下げた。確かに客観的には真香の言う通りだけど、ホッとしたのも事実だ。俺は誰からも愛されないって思ってしまった。俺は真香の目をじっと見た。
「いや、少しお前に救われた」
「えっ!?」
真香は大きなオレンジの瞳を見開いて俺をじっと見ていた。ちさきのことでグチャグチャになった心をあのキスは溶かしてくれた気がする。
「気にするな!」
「うっ、うん」
「お前の気持ちに寄り添えるかは分からないけど考えてみるからさ。ちょっと時間くれないか?」
「考えてくれるの?」
真香は俺をじっと見つめている。ちさきが俺のことどうも思ってないことはあのホテルの一件で確実になった。なら、真香のことを考えてあげたい。
「すぐに答えが出せないかもしれないけどな」
「うん、それでいいよ」
「じゃあ、俺行くな」
「バイバイ、ありがとうね」
俺はそのまま振り返ることなく家に向かった。ちさき、そんなにも未唯が好きだったなんて……。
ホテルに入るふたりを止めることさえできない自分に腹が立った。
――――――――――
(ちさき視点)
「隼人、もうすぐ来るね」
「肩抱かねえと怪しまれるからさ。ごめんな」
「気にしないで……」
「お前、震えてるのか」
「演技だと分かってる、でも……演技でもなんか緊張するね」
「やめてもいいんだぞ。そもそもこんなことまでしなくたっていいんだ」
「うううん、大丈夫だよ」
「まあ、お前がいいならいいんだけどよ」
もうすぐ目の前に隼人がやってくる。これでいいのかなんてわたしだって分からない。それでも隼人と結婚できないなら、ちゃんとけじめをつけないと……。
前を見ると遠くの方から隼人が真香の手を引いて走ってくるのが見えた。今まで図書館デートだったんだよね。胸の奥がズキリと痛んだ。
「ほら、拓也行こう……」
わたしは目の前のホテルに向かって一歩を踏み出した。お城をイメージしたメルヘンチックなホテルの中では、今頃男女の営みが繰り広げられてるのだろう。
階段をゆっくり登り、ホテルに入ろうとして隼人の声に思わず立ち止まる。
「ちょっとなぜ止めるんだよ!! ちさきが知らねえ男に犯されるだろうが!!」
隼人の悲痛な叫びに振り返りたい衝動に駆られた。全て投げ出してしまいたい。今ならまだ間に合う。でも、今隼人の胸に飛び込んでしまっても、絶望的な未来しか待ってない。真香なら、きっと隼人を幸せにしてくれる。
「いいのか?」
「うん! 入ろう」
わたしは拓也の手を引いて、ホテルの中に入った。受付は係員がいなくてボタンを押して鍵を受け取るようになっていた。拓也は休憩のボタンを押して鍵を受け取った。
「えと、その……」
「社会見学だよ。ここで突っ立ってる方が怪しまれるだろ」
「そう……だね」
鍵を開けて部屋に入ると自動でドアが閉まった。一瞬、閉じ込められた錯覚を覚える。拓也がそんなことするわけないのにね。
目の前には大きなダブルベッドとテレビがあり、ビジネスホテルのようだった。シャワールームの椅子には鏡がついてて、ここに裸で座ったらきっとあそこが丸見えになるだろうな、と思った。
「一緒に風呂入るか?」
「えっ!?」
「て、嘘だよ、嘘……。もしするなら、ベッドに押し倒してるだろ」
すけべ椅子? を見た後だからか、心臓が飛び出そうなほど驚いた。信じてはいるけれども、今の状況で抱かれたら拒めない。
「お礼しなくていいかな?」
「じゃあ、先っちょだけでも」
「だから、そういう意味じゃなくって!! 随分と助けてもらってるから、ご飯ご馳走するとかそういうことだよ!」
「あっ、そう言うことね。なら、貸しにしとくよ」
凄く残念そうに見えるのは気のせいだろうか。さすがに今度ここにくる時は、好きな人とって思う。でも、その好きな人はもう……。
このまま一生独身なのかな。
隼人より好きな男がいるわけないので、ここに来る機会なんて無いような気がした。
◇◇◇
あら、どんどん深みにハマってるの気のせいでしょうか?
今後ともよろしくお願いします。
ラブコメランキング39位まで上がりました。
ありがとうございます。
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