第4話 勉強会(隼人視点)

「ここだよ、ここ教えて!」


「なあ、もう少しテキスト読んだらどうだ?」


「なんでよ!! 教えてくれないの」


 真香の声に溜息が出た。1時間くらいの間で質問の数が20を超えていた。


「教わる前にちゃんと勉強しろよ」


 ちさきなら、先にノートに質問をまとめて簡潔に質問をする。それに比べてこいつと来たら……。


 俺が真香を見ると何を勘違いしたのかにへらと笑みを浮かべた。


「ちゃんとまとめて質問しろ。俺の時間奪うなら、一緒に勉強しないぞ」


「嘘っ!! それは困る!!」


 慌ててテキストをじっと読み込む。悪気はないのだろうが、基礎スペックが低いんだよな。


 読んでる半分も理解できてないのか、少し読んでは止まり、また少し読んでは止まるを繰り返していた。


「ほら、これを読んで、分からなかったら俺に聞け」


 俺は自分のノートを真香に渡した。


「えっ、でもこれなかったら勉強できないよね」


「お前と違って、ノートの内容くらい全部覚えてるさ。俺はテスト範囲の問題集をやるから貸してやるよ」


「いつも思うけど凄いね!」


「当たり前だ。学年一位を舐めるなよ」


 実は試験範囲の勉強なんて日々やってるから、改めてやることなんてない。2年後の受験に向けて応用問題をやりこむ方が俺にとっては重要だった。


 ゆっくりと時間だけが過ぎていく。ペンがノートを行きかう音だけが聞こえた。その音に勉強は進んでいると思っていたのだが……。


「ノート見ても分からないよ」


「なんでだよ!」


「そんなこと言われても……」


「どこだ?」


「全部!?」


「ぽんこつかよ!!」


「うるさいわね」


 比べてはダメと思っても、ちさきと比べてしまう。ちさきなら、図書館で質問するのは一回か二回だ。もっとも学年二位をキープし続けるちさきと真香を比べること自体が間違ってるのだが……。


「授業料取るぞ!」


「お昼ご飯くらいなら?」


おごってくれるのか?」


 首をゆっくりと横に振る。鞄からお弁当を取り出した。


「これ……」


「お前、馬鹿だろ!」


「なんでよ」


「俺は昨日言ったよな。教われるくらいは勉強しとけって」


「うん! 言ったね」


「で、なんで弁当作ってるんだ」


「ちょっと気分転換にね」


 確か、真香はちさきに料理教えてもらってた。料理はかなり美味しいはずだ。


「気分転換がメインじゃなかったのか?」


「えへへへっ、そうかも」


 俺は軽く頭に拳を落とした。


「痛いよ! 暴力反対!!」


「痛いわけねえだろ。軽く落としただけだ」


「それで心が傷つくもん」


「図星をつかれてか?」


「そんなこと言う隼人は嫌いだよ」


 ボソリと俺に聞こえるか聞こえないくらいの声で言う。


「まあ、ごたくはさておき、ほら教えてやるから、ノートを貸せ」


 近くのおばあちゃんが俺たちを見てあらあらと嬉しそうに微笑んだ。まあ、側から見たら微笑ましい光景に見えるのだろうな。こんな出来の悪い生徒に教える俺からしたら罰ゲームでしかないがな。


「少しは理解できたか?」


「隼人って教えるの上手いね。教師になれるよ」


「俺はあいつら・・・・みたいにはなりたくないよ」


「あははははっ、あれは隼人も……」


「何か?」


「いえ、ごめんなさい」


 夏の生徒会のことを思い出す。一月もかけて考えたイベントを完全に潰そうとした教師達の顔が……。クラブならいざ知らず夏休みまで出たくないと言う本音が透けて見えて、俺は怒りに我を失ったのだ。


「凄かったよね。先生の目が点になってた」


「議論で俺を負かそうとするからだ」


「あれから、隼人を見る先生達の目、腫れものを見るように変わったもんね」


「うるせえよ。向こうが悪いんだ」


 俺はちさきを泣かしたやつは絶対許さない。あの日、ちさきの涙を見た時、俺は教師達の思惑を潰そうと考えた。結局、大きな遺恨を残してイベントは実施されたのだが……。


「何か悲しいことあった?」


「えっ、いや……」


 ちさきの話は屋上のキスシーンに繋がる。馬鹿だろ、おい。これから、ちさきを守るのは拓也だ。俺は何もできないと言うのにさ。


「キーンコーンカーンコーン」


「あっ、お昼休みだ」


「お前、飯のことしか考えてないのかよ」


 



――――――――




 俺は弁当を頬張りながら、この弁当ちさきの味にそっくりだな、と感じていた。


「あれ? 辛かった!?」


「そんなことはないけど」


「でも、泣いてるよね」


 なんて女々しいやつだ。今だに俺はちさきロスから立ち直ってないんだ。


「ちょっと思い出しただけだ」


「そっか、だよね」


 何がそっかだよ。


「と言うことは、この弁当はちさきちゃんの再現率高いってことか」


「お前、料理の腕じゃなくて勉強で追いつけよ」


「そんなこと言う隼人は嫌いだよ」


「嫌うなら教えてやらねえぞ」


「それは困る」


 数日前に食べたばかりなのにちさきの弁当を久しぶりに食べた気がした。


「まあ、でもよ。嬉しかった」


「えっ!?」


「救われた気がしたよ」


「そっ、そうなのかな。なら、良かったよ」


 なんか微妙に辿々しかった。折角褒めてやってるんだから、もっと喜んでもいいもんだがな。


 弁当を食べて、勉強を再開するとすぐに真香は睡魔に襲われ、うとうとし出した。何度も船を漕ぐようにこちらの肩に身体を預けてくる。仕方ねえな。何度か肩を動かして起こそうとしたが全く起きなかったので、そのまま放置することにする。


 それにしても、俺を見る生暖かい目が辛い。揺らすことを気にしなくていいが、この姿勢は正直目立つ。そうは言っても無理やり起こす気にもならなかった。


 夕日が沈んできても、やはり幸せそうに寝ている。流石にこのままでは動くこともできないので、真香を起こそうと身体を揺すった。


「ほら、起きろよ。もう夕方だぞ」


「えっ!? やば」


 夕方と言う言葉に真香は慌てて飛び起きる。


「何時!?」


「17時過ぎだな」


「いっけない!! 急がないと……」


「お前予定あったのかよ」


「ほら、隼人も一緒に急ぐ……」


 なんでって言う言葉を俺は飲み込んだ。見た目はかなりの美少女だ。襲われても全くおかしくない。


「分かったよ。じゃあ行こう!」


 俺は鞄にテキストやノートをつっこんで、真香の手を握った。


「えへへへ、恋人繋ぎ」


「恋人繋ぎじゃねえし、急ぐんだろ。なら、……」


「うわっ、ちよちょちょっと!!」


 俺が走り出すと真香は引っ張れられる形になる。こいつおせえからな。こうした方が速いだろ。


 俺は走るのなら得意だ。図書館からまっすぐに突っ切るのが速い。ホテル街を越えれば真香の家はすぐだ。時間がないなら、迂回してる時間はないはず。


「いいよ、そっち行って」


 真香の声に俺は頷いて、ホテル街を急ぐ。それにしても若い娘もホテルに入っていくよな。俺くらいの娘もいるぞ。高校生なのに大丈夫なのか。


 俺がホテルを通り過ぎようとした時に真香がいきなり立ち止まった。


「おい、急ぐんじゃないのか。こんなところで立ち止まったらやばいだろ?」


「そうじゃなくて、見てよ」


 ホテルに入ろうとしていた高校生くらいの少女に見覚えがあった。


「なんで……」


 ちさきが肩を抱かれて、ホテルに入ろうとしていた。


 まさか、ちさきに何しやがるんだ! 俺が止めようした時、目の前に真香が立った。


「ちょっとなぜ止めるんだよ!! ちさきが知らねえ男に犯されるだろうが!!」


「冷静になって見て!!」


 俺は男の方に目を向けた。嘘だろ、おい。嘘と言ってくれよ!! 俺が男の顔を知らない筈がなかった。


「まさか、そんな……こと……」


 俺は力を失い、そこに崩れ落ちた。


 その瞬間、目の前の真香が俺を抱き起こして、俺の顔に自分の顔を押し当てた。


「なっ!!」


 俺は自分の唇に押し当てられたものが、真香の唇だと気づくのにかなりの時間を要した。


 これは一体どう言うことなんだよ!!



◇◇◇



 これはどう言うことでしょうか。


 真香の術中に着々とハマっていくのも、なかなか……。


 今後ともよろしくお願いします。

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