第2話 屋上でのキス(隼人視点)

「話したいことがあるから、30分後に屋上に来て欲しい」


「ここじゃダメなのか?」


「ごめん。屋上で話したいんだ」


 ちさきは、両手をぎゅっと握っている。緊張している時のちさきの癖だ。落ち着かないのか顔を動かすたびポニーテールが左右に揺れた。


「じゃあ、約束だからね!!」


 それだけ言うとちさきは、教室を出て行った。なんなんだよ。試験前で陸上部もないのに、用事があるなら帰る時にでも話してくれたらいいのに。


 陸上部のない時は、いつも生徒会室から、ちさきが帰ってくるのを待って四人一緒に帰った。それなのに今日に限っては誰も教室に来ない。約束までの30分、他の幼馴染が来るかもと思ったが誰も来なかった。


 みんな、どうしたんだよ。


 階段を駆け上がると12月の寒さが小さな隙間から入り込んでくる。こんなに寒いのにちさきは30分も屋上にいたのか。


 俺は唾を飲み込み屋上の扉の前に立った。ちさきに告白されるのなら、答えは決まっている。


 ドアを押し開けると冷たい空気が一気に流れ込んできた。無茶苦茶寒い。震えながらベンチを見るとちさきと、拓也の姿があった。


「なんだ、拓也もここにいたのか? ちさきに呼び出されたから、てっきり……」


 その次の言葉を言おうとして俺は固まった。拓也がちさきの唇に近づき、キスをしている。


「嘘だろ……おい……なんで……」


 俺は言葉を飲み込む。目の前で何が起こっているのか分かるのだが理解ができない。拓也の顔が近づき、ちさきの唇に自分の唇を押しあてた。


「隼人……」


 ちさきが唇を離してこちらを向いた。


「ごめんね。こんなことして、あのね……、わたし……」


「そっか、……おめでとう」


 俺がやっと言えたのはその一言だけだった。おめでとうで良かったのだろうか。拓也なら問題はない。ないが、……とても応援できる精神状態じゃなかった。


 ちさきとは相思相愛だと思っていた。小さい時から俺の一歩後をちょこちょこついて来るちさき。


「はは、何やってるんだか……」


 ちさきはいつの間にか俺を追い越し大人の階段を駆け上がっていた。俺は胸がえぐれるような強い痛みを感じる。


 こんなところにいたくない。


 俺は逃げるように教室に戻ると鞄を肩にかけた。


「隼人、何かあったの?」


 真香がいることに初めて気づいた。そうか、事情を知らない真香は四人で帰ると思いここに来たんだ。


「うん、何もないよ? じゃあな」


 俺は慌てて誤魔化して帰ろうとした。


「何もないわけないじゃない! そんな悲しそうな顔をして! しかも泣いてるじゃない」


 頬に手を当てて初めて気づいた。俺は泣いていたのか。慌てて腕で顔を拭う。


「なんでもないよ! 本当にさ」


「わたしたち幼馴染だよね。隠し事なんかしないんじゃなかったの?」


 そう言えばそんな約束してたか。今は誰でもいいから聞いて欲しかった。


「ごめんな。俺ちょっと動揺してた。あのさ、ちさきと……拓也が屋上でキスをしてた」


「嘘!? なんで!!」


「俺だって分かんねえよ。屋上に呼び出されて行ってみたら、ふたりがキスしたんだよ」


「……そんな……それを見せびらかそうとしたの、……ちさき最低ね」


「なぜ、キスするところを見せたのか理解できない!!」


 俺は思わず指先に力がこもった。怒りをぶちまけてしまいたい衝動にかられ、たまらず

「じゃあ、また明日」と教室の扉を開けた。


「ちょっと待って! 今の隼人心配だよ! わたしも帰る!」


 慌てて真香が俺の横に並ぶ。真香は待ってくれてたんだ。俺は少し冷静さを取り戻す。


「ちさき達と会いたくない。今日はふたりで帰るか?」


「うん!! じゃあ、一緒に帰ろうよ」


 そういや、真香とふたりで帰るのなんて久しぶりだ。帰る時にはいつもちさきがいた。


「お前も被害者だよな?」


「えっ!? そうなのかな?」


 少し茶化すように言うと真香が驚いた表情をした。


「うん、本当なら四人で帰るはずだったからさ」


「いいよ、わたしは隼人がいれば……」


「またまた、そんなこと言う。お前も辛いだろ。お前、拓也が好きだったもんな」


「そんなことないよ……、わたしは……」


 真香は何か言おうとして慌てて言葉を止めた。


「言いたいことあるのか?」


 俺は止められた言葉の先が気になった。少しの沈黙の後、真香は俺の方を向き直り、ニッコリと笑う。


「わたしたちも付き合っちゃおうか?」


「えっ!?」


「だってそうでしょう。ちさきは拓也と付き合うんでしょう。なら、いいよね」


 いいわけがない。キスシーンを見た俺は頭の中がぐちゃぐちゃで先のことなんかとても考えられなかった。


「いや、ちょっと心の整理をしたい」


「そうだよね。心の整理必要だね」


「そうだよ! お前もショックだろう。拓也がさ」


「拓也のことはいいの!!」


「ごめん、辛い事言ってさ」


「だから拓也は関係ないって!!


「はははっ、まあそう言うことにしとくよ」


「それより隼人は大丈夫? ちさきとは生まれた時からの幼馴染だよね」


 ずっと一緒だった。おしどり夫婦と茶化されてもちさきなら許せた。心の中に大きな穴がぽっかりと開いたようだった。


「まあ、そこら辺はきっと時間が解決してくれると思うし……」


 俺は強がってみる。本当に時間が解決してくれるかなんて分からない。


「相談ならわたしにしてね、きっと力になれるからね」


「ああ、頼りにしてるよ!」


 そんな話をしてるとやがて真香の家の前に着く。真香は数歩歩いて、くるっと俺の方に向き直った。


「ねえ、家寄って行かない? 親とかいないから」


 俺は悪戯っぽい真香の笑顔にドキッとする。ただでさえ真香のスカート丈はかなり短い。そこから見える太ももが眩しかった。


「ごめん。今部屋に入ったら、きっと無茶苦茶にしてしまう」


「隼人なら無茶苦茶されてもいいよ」


「えっ!?」


「いや……それはまだ早いか。ごめん、なんでもない」


 きっと拓也とちさきが付き合うと聞いて真香は自暴自棄になってるんだろう。今の真香の心につけ込んだら最低だ。


「自分を大切にしないとだめだよ。俺帰るからな」


 俺はそれだけ言うと思い切り走った。風がまとわりつき心が軽くなるような気がする。後ろから真香の声が聞こえたが、今は全てを忘れたかった。


 自宅に着くといつものように庭の手入れをしてる母親がいた。


「あれ、今日はちさきちゃんと一緒じゃ無いんだ」


 母親は不思議そうな顔をした。


「うん、今日はちさき、用事あるみたいだったからな」


「へえ、珍しい、ちさきちゃんを待たないなんて」


「俺だって先に帰ることだってあるさ」


「……もしかして喧嘩した?」


「なんでだよ」


「なんでもないよ。それよか、ちさきちゃんにこの花の育て方聞きたかったな」


 そうだ。ちさきは花の相談を受けてた。分からない時でも育て方を調べて答えてたな。


「これからは、ちさきじゃなくて俺を頼れよ!」


「花のことなんて全く分からないでしょ」


「ネットで調べるさ!」


「そんな付け焼き刃で役に立つわけないわよ。ちさきちゃんと何があったの?」


「なんもねえよ」


 そう言って俺は逃げるように二階の自室に入る。


 ちさきが拓也と付き合うなんて思っても見なかった。それも目の前でキスをするなんて。俺はベッドに寝転がり目を閉じた。何も考えたくない。


「ちさきちゃん、今帰り?」


「叔母さま、どうしました?」


「いやね、この花買ってはみたけど、育て方が分からなくてね」


「その花はこうして、こう育てればちゃんと育ちますよ」


「さすが、ちさきちゃんだ」


「そんなことありませんよ」


 階下からちさきの声が聞こえた。そうか、ちさき帰ってきたのか。


「今日は寄ってく?」


「いえ、今日はやめときます」


「どうして、ちさきちゃんが断るなんて珍しいね。なんかあった?」


「いえいえ、何にもありませんよ」


「本当に!!」


「本当ですよ。じゃあ、わたし帰りますね」


 俺は一瞬、ちさきと話したいと思ったが、すぐに屋上のことが頭に浮かんで頭を振る。何を考えてるんだよ。俺は本当に女々しいやつだ。




◇◇◇




どうでしょうか。

実験的な表現方法です。

真相がわかってる読者さんには、真香がひどく、ちさきがやってることは間違ってるけど、それはそれで友達を想う気持ちだと理解できる。

それとは真逆の主人公の気持ち。

人は捉え方で見え方は全く違うんだろうな、と思います。


多数の方のフォロー、応援しただき本当に大変感謝してます。

今後ともよろしくお願いします。

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