予言後の世界

西順

予言後の世界

 俺には生まれた時から見る夢がある。おれが世界を滅ぼす夢だ。時に独裁国家の長となって、核兵器のボタンを押し、時に医者となって世界を滅ぼすウイルスを作り出し、時にロボット研究者となって、ロボット対人間による第三次世界大戦の引き金を引く。そんな夢を定期的に見るのだ。


 何故そんな夢を見るのか分からないが、俺はそんな夢とは関係無く、普通の会社員となった。


「今日も行方不明のニュースです」


 仕事を終えて家に帰り、テレビを点ければ同じニュースだ。ここ1年程、世界各地で行方不明者が続出している。それも俺と同じ24歳だ。人攫いの目的は不明だが、同い年と言う事もあって、他人事とは言っていられない。俺はもう一度我が家たるワンルームの玄関の戸締まりを確認してから、夕飯の準備に取り掛かった。


 ガチャリ。


「へ?」


 玄関から鍵を開ける音がして、思わず変な声が口から漏れてしまった。


 嘘だろ? とキッチンから玄関を見れば、俺と同い年くらいのスーツの男が立っていた。


「不躾な訪問、誠に申し訳ありません。私、人類救済機関の国立佐善と申します。貴方が花藤塁様で宜しいでしょうか?」


「はい、そうですけど?」


 俺は何を当然のように答えているんだ? 相手は不審者だぞ? すぐに追い出さないと! いや、警察に連絡するのが正しいのか?


「いえ、そのような大事にするつもりは全くありませんので、花藤様には出来れば自ら我々に同行願いますと有り難いのですが」


 心を読まれた? いや、それよりもこの男、我々って言ったか? そう考えた瞬間、俺の喉にナイフが突き付けられていた。


「動くなよ。私の剣は切れ味が良いからな。少しでも動けば、お前の頭は胴体とおさらばだぜ」


 女の声が後ろから聴こえてきた。俺にナイフを突き付けているのは後ろの女だろう。


「穏便に事を済ませるつもりじゃなかったのかい?」


 眼前の男に頬を引きつらせながら尋ねれば、


「大丈夫ですよ。掃除屋も待機させていますから」


 と平然と言うよりも、これが日常だと言わんばかりの返答だ。


「……付いて行けば良いのか?」


「花藤様なら、そう言って頂けると思っておりました」


 どうだか。後ろの女の殺気が本物だ。俺がここでノーと返答すれば、こいつらは本当に俺の首を斬り裂いただろう。


 俺は喉にナイフを突き付けられたまま、外に連れ出されるらしいのだが、


「他人に見られるだろ?」


「その心配はございません。ここら一帯の方々には、精神操作を施してありますから」


 成程、大家の精神を操作して、マスターキーで入ってきたのか。全く、それじゃあ、俺がノーと言う事も、女が後ろからナイフを突き付ける必要も無いじゃないか。


「いえいえ、そんな事は……。ああ、そう言う事ですか」


 国立を名乗る訳知り顔の男が、後ろの女に目線を向けた。


「刹那さん、密着し過ぎですよ。花藤様は刹那さんの胸が当たって困っているようです」


「なっ!? このスケベ野郎が!」


 刹那と呼ばれた女が、俺から離れながらナイフを振るうと、ナイフの刃が当たっていないはずなのに、壁が斬り裂かれた。


「何だ!?」


 驚いて振り返ると、俺と同い年くらいの赤髪の美人が、胸を押さえて真っ赤な顔で俺を睨んでいる。


「スケベ! ヘンタイ! エッチ!」


 散々な言われようだな。凹む。


「まあまあ、刹那さん、男なんて多かれ少なかれ、考える事は皆一緒ですよ」


「何だと!?」


 刹那と呼ばれた女は、驚きながら俺と国立を交互に見遣る。


「さあ、そんな事よりも、花藤様の気が変わらないうちに、施設へご同行願いましょう」


「そんな事よりって……、ちっ」


 口悪いなあ、この女。美人だけど苦手なタイプだ。


 ◯ ◯ ◯


 マンションから出れば、ワンボックスカーが待っていた。その後部ドアが開いて、俺は刹那に中へと蹴り入れられた。


「いってえな!」


「なんだと?」


 すかさず俺の喉にナイフを突き付けてくる刹那。


「ほう? 今回は生け捕りに成功したのか」


 運転席の男が、バックミラー越しに感心している。


「良かったあ。今回は僕の出番は無しっすね」


 助手席の男が背もたれにもたれながらホッとしている。


「それで、この男はどの程度使えそうなのですか?」


 後部座席の眼鏡の女が国立に尋ねてきた。ワンボックスカーに乗っていたのはこの3人だけで、皆、俺とそう変わらない年齢に見える。


「変わらないと言うより、同い年ですよ。生まれ月も同じです」


 最後に国立が俺の横に乗った所で、ワンボックスカーが発車した。


「同い年?」


「ええ。花藤様も、1999年の7月生まれでしょう?」


 確かに。と俺は国立の言に首肯で返す。


「1999年の7の月、空より恐怖の大王がくるだろう」


「何だそれ?」


 いきなり変な事を言い出した国立に、俺は聞き返した。


「ノストラダムスと言う、中世フランスの予言者が書き記した予言書の一文です。20世紀末では、世間でたいそう騒がれた予言だそうで、核戦争に大気汚染にバイオテロに隕石落下。様々な理由で世界が滅びる。そんな荒唐無稽な話がセンセーショナルに世界で蔓延していたそうです」


 国立の言葉にドキッと心臓が跳ねる。


「でも、今は21世紀だぜ」


 俺は振り絞るように言葉を吐き出す。


「そうですね。『この世界』ではそうです」


「『この世界』?」


「マルチバース、パラレルワールド、平行世界。こんな言葉を耳にした事はありませんか?」


 あると言えばある。要はこの世界と同じような世界でありながら、少し違う別の世界だ。


「そうです。そして、その別の世界の99%が、現在壊滅していると聞いたら、貴方は信じますか?」


「それこそ荒唐無稽だ」


「そうですね。ですが花藤様が信じようと信じまいと事実です」


 何だよそれ? そんな話を聞かせて、結局俺にどうしろって言うんだ。


「99%の世界は、壊滅こそしているものの、消滅している訳ではありません。では、そんな世界の人間は何を考え、どんな行動をとるとお思いですか?」


 どんな行動って、壊滅した世界なんかにいられない。俺なら別の場所に……まさか!?


「そうです。別の世界の住人たちは、近々こちらへと侵攻を開始します」


「それも予言?」


「はい。これは我々の同僚による予言ですが」


「つまりあんたらは、俺にその別の世界から侵攻してくる奴らと戦えって言いたいのか?」


 静かに首肯する国立。


「は、はは、何だそれ? 理解が追い付かないんだけど? そもそも、何で俺なんだよ?」


「貴方が7月生まれだからです」


「は? そんなの何の理由にもなってねえよ!」


「うるさい男ね。この男は使えないわよ」


 後部座席の眼鏡女の言葉に、俺は思わず振り返って睨んでいたが、睨み返されて怯んでしまった。


「まあまあ、花藤様も夕霧さんも落ち着いてください」


 間を取り持つ国立の言葉に、俺は一つ息を吐いて心を落ち着ける。


「花藤様。花藤様はこの世界では1999年の7月に何も起こらなかったとお思いでしょうけど、そんな事はなかったのですよ」


 なかった訳じゃないなら、何があったんだ?


「この世界にも確かに恐怖の大王はやって来て、我々7月生まれの子供にある細工を施した」


「ある細工?」


「ええ。ある子供には予言の力を与え、ある子供には他人の精神を操作する力を与え、ある子供には空間を斬り裂く力を与え……」


「それって…………、超能力?」


 俺の言に車内の全員が首肯した。


「恐怖の大王が何を考え、7月生まれの子供に超能力を授けたのかは分かりません。ですが、我々はこの力を、この世界を守る為だと結論づけました」


 皆が決意の目をしている。そんな事言われてもな。俺に超能力なんてないぞ?


「いえいえ、ご謙遜を。私の精神操作にそれだけ抵抗出来ている時点で、花藤様には才能を感じますよ」


 国立ににっこり笑顔でそう言われても、嬉しくない。


「大丈夫っすよ。施設には超能力を開花させる超能力者がいますから、彼女に任せりゃ、花藤さんも一気に超能力者っす」


 助手席の男が、ダッシュボードに足を投げ出しながら軽口を叩く。超能力を開花させる超能力者ねえ。


「まあ、どんな超能力が開花するのかは分からないがな」


 と運転席の男が続ける。選べないのかよ。まあ、そもそも俺にここから逃げ出す選択肢は無いんだから、せめて前線に立たされるような超能力じゃない事を祈ろう。


「ふふ。だと良いですねえ」


 国立の謎の笑いを不気味に感じながら、俺は夜の街道を拉致連行されていくのだった。

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