第19話 チキと族長

 リリパット族の集落には二人の実力者がいる。一人はパラム神から神託を授かる司祭。もう一人は集落全体を治める族長だ。


 集落の奥には他より明らかに大きく立派な家がある。そこは族長一家の住処であった。


 ある晩、族長の家を訪ねる男がいた。その者は祭服を着ており、御供の男は鎧姿だ。


 二人は険しい表情をして家の前に立ち、族長が現れるのを待っていた。


「おぉ、司祭ではないか。どうした? こんな時間に」


 やっと現れた族長は少々赤い顔をしていた。晩酌をしていたのだろう。


「先程、パラム神から神託が下った。その内容を伝えにきたのだ」


 司祭の深刻そうな声色に、族長は顔を引き締める。


「わかった。入ってくれ」


 引き戸を大きく開け、族長は二人を迎え入れた。そして、先導するように歩き出す。


 簡素なローテーブルと長椅子が置かれた部屋に三人は入り、それぞれ無言で着席。


 族長は唾を飲み込み、司祭が話し出すのを待つ。


「パラム神は酷くお怒りの様子で、こう仰られた。『今度からは生きた若い娘を捧げよ』と」


 族長は大きく目を見開き、咎めるような口調で話し始める。


「前回はチキが生贄になった筈だ! 神の穴に落とした時に、死なせてしまったのではないのか!?」

「いや、穴に落とした時は生きていた。ただ……」

「その後、自害したと……?」

「そう考えるのが自然だろう」


 少し落ち着いた族長は腕組みをして考え始める。


「ちょっとやり方を変えなければならないな。せっかく生贄を捧げたのに、死なれてしまっては元も子もない。こんなことが続けばパラム神に見放されてしまう」

「あぁ、その通りだ。我々神殿勤めの者達も今回の件は深く反省している。今度からは自殺を防ぐ処置をしてから穴に落とすことにする」

「穴に落とした後も、パラム神がいらっしゃる直前までは部屋の中に見張りを置くべきなのではないか? 生贄になる者の声を聞くのは辛いだろうが、必要なことであろう?」


 族長の提案を聞き、司祭は苦々しい顔をしながらも「検討する」と答えた。


「そう言えば、次の生贄は確保できているのか?」


 話題を変えようとしてか、司祭が切り出す。


「あぁ。それは大丈夫だ。丁度今日、遠征隊から連絡が入った。『獣人の若い女を確保した』と」


 司祭と騎士はほっと胸をなでおろす。


「では次回から、細心の注意を払って生贄とは接することにする」

「あぁ、頼む。遠征隊の頑張りを無駄にしないでくれ」


 少し雑談をした後、司祭と騎士は立ち上がる。族長は家の外まで二人を送ると、暗闇に向かってポツリと呟いた。


「いつまで……こんなことを繰り返すのだろうなぁ」


 その問いに答える者はいなかった。



#



 家族が寝静まった後も族長は一人リビングに残り、晩酌を続けていた。


 随分と飲み過ぎたようで、呼吸は深く、目は座っている。


 流石に不味いと立ち上がり、フラフラと台所に向かう。水の溜められた大きな甕の前まで何とか辿り着いた。ひしゃくを使ってグビグビと水を飲み始める。


「ふぅー」


 少し落ち着き、族長はリビングへと戻ろうとする。そこで、足が止まってしまった。足だけではない、身体が硬直し、全く動けない。


 唯一口だけが動いた。


「チキなのか……? 何故、ここに……?」


 目の前に立つ存在を見て、族長は「チキ」と呼んだ。それは先日パラム神に生贄として捧げられたリリパット族の若い娘の名前だった。


「私、一度死んだ後、生き返ったんです」

「そんなことがあり得るのか?」

「でも、実際に生きているでしょ? ほら」


 チキは手を伸ばし、族長の頬に触れる。驚きで硬直したままの族長は、ただ瞳を大きく見開いた。


「パラム神に生き返らせてもらったのか?」


 チキはブンブンと頭を振る。


「いいえ。別です。神コルウィルに生き返らせてもらいました」

「コルウィル……?」

「そう。神コルウィルは最近生まれた神様だそうです。今、新たな信徒を獲得しようと、活動していると仰ってました」

「新たな信徒……」


 族長は希望を見出したような顔になる。


「族長。いい機会だとは思いませんか? パラム神から神コルウィルに乗り換えましょう」

「しかし──」

「いつまで続けるつもりなのですか? 生贄を捧げるなんて馬鹿なことを。もう、パラム神は狂ってしまったのです。私達は新たな神を信仰すべきなのです」


 淡々と語るチキに、族長は黙り込んでしまった。そもそも、生贄を捧げることは本意ではない。ただ仕方がなくやっているだけだ。


「近いうちに、神コルウィルはこの集落の近くに現れるでしょう。それまでにリリパット族としての考えをまとめておいてください」

「しかし、いきなりそんなことを言っても誰も信じてはくれない……」

「大丈夫です。神コルウィルの姿を見れば、誰もがその存在にひれ伏し、崇めてしまうのですから」


 そうチキが言った途端、部屋の灯りが消えて真っ暗になった。やっと身体が動くようになった族長は、手探りで灯りの魔道具を点ける。


「いない……」


 チキの姿はない。


 もうすっかり酔いが醒めてしまった族長はそのままリビングに戻り、チキが語ったことを何度も頭の中で繰り返していた。

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