第18話 狂った神

 神殿の穴から抜け出した俺達はリリパット族の集落の近くに拠点を構え、今後の方針について相談していた。拠点は勿論、地下である。


 十メートル四方に開けた空間を食堂兼会議スペースとし、そこからそれぞれの個室へと繋がっている。勿論、チキにも個室を与えた。


 チキはめまぐるしく変わる状況に戸惑っていたが、慣れてもらうしかない。


「先ず、何故チキは神殿の穴に生贄として落とされたのか教えてくれ」


 ダイニングセットにちょこんと座るチキは俺達より頭一つ分以上、小さい。幼児が必死にテーブルにしがみついているような感じだ。


「それは……、私達のグループが他の種族の女性を捕まえられなかったからです」


 何かを思い出し、チキは表情を暗くする。


「生贄を用意出来なかったから、自らが生贄になったと。しかし、グループ内には他にも女性がいたのではないのか? 何故、チキだった」

「私が一番若かったからです。パラム神は若い娘を好むと言われています」

「ふん。リリパット族にだけ加護を与える時点で幼女趣味は確定していたが、本当にどうしようもない神だな」


 リリナナとオーリも呆れ顔だ。


「あの~ところで、バンドウさん達は何故神殿の穴にやってきたんですか?」


 チキはずっと気になっていたのだろう。興味津々の様子だ。


「この森に入った途端、俺達はリリパット族に襲われたんだ。恐らく、リリナナを生贄として捕まえようと考えていたのだろう。しばらくは適当に相手していたが、余りにも執拗に追いかけてくる。そこで面倒臭くなって地下に潜ったんだ」

「んだ」


 同意の意味を込めて、リリナナが俺の語尾を復唱する。


「バンドウさんが適当に【穴】をあけて進んでいたら、急に開けた空間に繋がってね。そこにチキが寝ていたというわけ。あっ、ちょっと怪我をしていたみたいだから、ポーションかけといたんだけど、ちゃんと治っている?」


 オーリの言葉に反応して、チキは自分の身体をチェックする。


「はい! 治ってます! ありがとうございます!」と嬉しそうだ。


 ここで話題を戻す。まだ気になっていることがある。


「しかしずっと若い女を生贄にしていたら、リリパット族はどんどん数を減らしてしまうのではないのか?」

「神、パラム神がおかしくなったのは最近のことなんです。急に司祭に対して神託を下したのです。『三十日に一度、若い女を捧げよ』と」


 若い女か……。「リリパット族」と指定がなかったから、先ずは他の種族を狙う。で、間に合わなかった時だけリリパット族を捧げてきた。というわけか。


「確か、グループを作って他の種族の女を狙っているのだよな?」

「はい、十五歳以上の成人三十人で一つのグループになっています……」


 だから大人数で襲ってきたのか。


「次の生贄がパラム神に捧げられるのは、三十日後か」

「はい……。そうなります」とチキは下を向く。自分は生き延び、他の誰かが生贄になるのが後ろめたいのだろう。


「生贄を捧げなければ、どうなる?」

「リリパットは弱い種族です。力もなければ、魔法も別に得意ではない。パラム神の加護によって病気にもならず、子供も元気に育つのでなんとか細々と集落が維持されています。それが無くなれば、やがて滅びてしまうでしょう。だから、皆は悪いと分かっていながらも、他の種族を襲っているのです」


 さて、どうする。見て見ぬふりをして、通り過ぎてしまうことも出来る。しかし、俺の称号は【侵略者】。この世界の仕組みを犯す者だ。おかしいと感じた枠組みをそのままにする道理はない。


「チキ。選択肢は三つある」

「はい」と真剣な顔になった。


「一つ目はこのまま、狂ったパラム神に従い続ける選択。これはやがて、他の種族の怒りを買って種族間の戦争になる恐れが高い」


 チキは黙って頷く。


「二つ目は亜人大陸とパラム神の加護を捨て、人大陸に渡る選択。伝手があるので、なんとか暮らして行くことは出来るだろう。ただ、文化の違いを負担に感じる者も出てくる」


 もう一度、頷き。


「三つ目はパラム神を捨て、別の神から加護を授かる選択。上手く行けば、これが一番いい。今まで通りの場所で暮らし、今まで通りに生活が出来る。ただ、信仰の対象が変わるだけだ」

「でも、そんな都合良く加護を授けてくれる神様がいるのでしょうか?」


 チキは当然の疑問を口にした。しかし──。


「いるんだよ。都合の良い神様が」


 俺とリリナナは顔を見合わせて笑う。チキは理解出来ずに考え込んでいる。


「さぁ、どれがいい?」

「それは……三つ目の選択肢がいいと思います」

「わかった。では、神の鞍替え方式でいこう」

「本当に……出来るんですか?」


 チキはまだ俺達のことを信用していないらしい。その様子を見て、オーリが口を開いた。


「チキが戸惑うのはよく分かるよ。僕もバンドウさんとリリナナさんに会った頃は毎日のように驚かされたもんだよ。でもね、その内『まぁ、こんなこともあるか~』ぐらいの感覚になるから。流されちゃった方が楽だし、意外と悪くない結果に落ち着くんだ」

「はい……」


 なんとかチキも納得したようだ。


「よし。では明日から各方面への調整に入るぞ。チキは集落内で力を持っている人について教えてくれ。そこから口説いていく」

「わかりました」


 こうして、「神の鞍替え作戦」はスタートした。

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