第17話 神ではない
穴に落とされた若いリリパットの女、チキは身体の痛みで目を覚ました。
穴の入り口の先に見える天井の窓からは月の光が差し込んでいる。もう夜になってしまったようだ。
「おっ、起きましたね」
急に声を掛けられ、チキは慌てて上半身を起こす。
真っ暗だった筈の穴の中はほんのりと明るい。穴の底に灯りの魔道具が置かれている。そして、三つの人影があった。
「神様ですか……?」
チキは身体を強張らせながら、恐る恐る尋ねた。
「まさか。僕はただのドワーフですよ。名前はオーリといいます」
チキのすぐ傍にいたドワーフの青年は優しい声色で答える。少しでも、チキを安心させようとしているようだ。
「そ、そちらの二人は……?」
オーリの背後では人間の男女が立っていた。男は黒髪黒目。女の方は銀髪紅眼だ。
「俺はバンドウ。おっ、そろそろ鍋が吹き出しそうだぞ」
「私はリリナナ。本当だ。マズイ」
「鍋……?」
リリナナと名乗った女は穴の壁際に駆けて行く。その先には焜炉の魔道具があり、その上で鍋がグツグツと音を立てていた。
「あれ……? ここはどこですか?」
チキは混乱した様子を辺りを見回す。
「うーん。僕達もよく分からないんだよね。なんか偶々、辿り着いた感じ」
「辿り着いた……?」
チキはますます「分からない」と首を捻る。
「まぁ、その辺のことは後で説明しますよ。とりあえず夕食にしましょう」
リリナナが鍋の中身を器についでいるのを見て、オーリは食事の提案をした。チキは戸惑いながらも、首を縦に振った。
もう、完全に雰囲気に飲み込まれていたのだ。
四人、車座になって座る。それぞれ、深い器に入った煮込み料理を持っていた。
「召し上がれ」
リリナナが言うと、バンドウとオーリの顔が緊張で引き攣る。
チキは疑問に思いながらも、スプーンで謎の肉を掬って頬張った。
「柔らかくて美味しい……」
リリナナが「お代わりあるし」とちょっと照れた様子で呟く。
バンドウとオーリも安心したような表情になり、謎の肉を口に運んだ。
「ジャイアントワームって食えるんだな」
「ですね。初めて食べました」
「えっ、ジャイアントワームですか……!?」
「そうだ」とバンドウは答え、灯りの魔道具をもって穴の隅を照らす。そこには人間の太股よりも太く、二メルはあるだろう巨大なワームが横たわっていた。
「これが鍋に?」
「ん。私が料理するとなんでも美味しくなる」
リリナナは自信満々に答える。何故かバンドウとオーリが気まずそうに、顔を見合わせていた。
四人食事を終え、茶まで飲んだタイミングでオーリが思い出したように口を開く。
「ところでチキはなんで穴の中にいるの? ここ、穴だよね?」
チキは大きく瞳を見開き、思い出したように声を上げた。
「そうだった! 神様が来ちゃう!!」
「神……?」
それまで静かに茶を啜っていたバンドウの目つきが鋭くなった。
「ここは神が関係している施設なのか?」
「はい。パラム神を祀る神殿です」
「なぜ神殿に穴がある?」
チキは穴の入り口を見上げ、怯えた表情になる。
「この穴は、神への生贄を落とす穴なんです……。夜が更けるとやってくる筈です……。パラム神が……」
「ふん。この世界の神には碌な奴がいないな。とりあえず逃げるか」
「えっ、どうやって? 神殿の外には騎士がたくさんいる筈です。神様に捧げものをする時は誰も中に入れないように警備が厳しくなるんです」
バンドウとリリナナ、そしてオーリまでもがキョトンと不思議そうにした。
「おい、チキ。俺達は生贄としてこの穴に落とされたわけではないぞ?」
「じゃあ、どうやって神殿に入ったんですか?」
「見せた方が早いな」
バンドウは立ち上がり、穴の隅へと歩いていく。そして壁の一部に手を翳し──。
「【穴】」
ドンッ! と大きな衝撃。人間がまるまる通れるぐらいの横穴があいていた。
「なんなんですか……?」とチキは大口を開けている。
「詳しい話は後だ。とりあえず逃げよう。」
バンドウは横穴の先を照らす。綺麗な正方形の穴はどこまでも続いているように思えた。
「でも! 私がいなくなると、リリパット族は神の怒りを買ってしまいます!」
腕組みをして、バンドウはしばし考える。
「リリナナ。リリパット族のアンデッドなんていないよな?」
「む。私のコレクションに『いない』なんて文字はない」
リリナナは少し怒った様子で頬を膨らませた後、「【現出】」と呟いた。影から背の小さな女の子が現れ、ちょこんと地面に座る。
「よし」
「よし」
「よし」
「えっ……!?」
バンドウ、リリナナ、オーリが頷き、チキだけが驚きの声を上げた。
「身代わりは用意した。行くぞ」
「大丈夫なんですか……?」
チキはリリパットアンデッドを心配そうに見つめている。
「多分大丈夫だよ。とにかく、一旦ここから出よう」
オーリに促され、チキはバンドウとリリナナの後について進み始めた。
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