第14話 親の顔

 リリナナが合図をすると、巨人のアンデッドは肩に担いでいたワンボットをごろりと地面を転がした。


 力が強すぎたようでゴロゴロと回転し、ホルンボリ工房の扉に「ドン!」とブチ当たってようやく止まった。


 俄かに騒々しくなり、工房に灯りがともる。そして、静かに扉が開いた。


 現れたのは、白髪の年老いたドワーフだった。


 鍛冶王(オーリ+巨人のアンデッド)を見上げて、目を丸くして息を呑んでいる。


「公園で倒れていたところを鍛冶王様が見つけられたのだ。顔を見ると、昼間の品評会で名工第二位に輝いたワンボット殿だったので、こちらまで届けた次第だ」


 俺が適当に告げると、老ドワーフはやっと足元のワンボットに気が付いたようで、慌てて介抱を始める。


「ワンボット……! 大丈夫か……!?」

「……オヤジ? ここは……?」


 ほお、この老ドワーフ。ワンボットの父親だったか。


 目を覚ましたワンボットは父親の肩を借りながら工房へと入って行く。


 しばらくして、老ドワーフだけが戻ってきた。ワンボットは部屋で休んでいるのだろう。


 老ドワーフは無言で頭を下げる。


「何があったのか聞かせてもらえますでしょうか?」


 察したような顔だった。もう、小芝居をする必要はないな。


「中に入れてもらってもいいか?」

「勿論です」


 俺、リリナナ。そして鍛冶王はホルンボリ工房へと足を踏み入れた。



#



「あの馬鹿はそんなことを……!?」


 ワンボットの父親、ガンボットは作業台の上に置かれた魔剣を見つめながら、心底申し訳なさそうな顔をした。


「鍛冶王は身体が丈夫なので問題なかったが、普通の人間であれば間違いなく死んでいたな」

「いたな」


 俺とリリナナが詰めると、ガンボットはその身体を小さくして頭を垂れる。


 ワンボットがいなくなった後、俺はガンボットにことの経緯を説明した。つまり、ワンボットをはじめとしたホルンボリ工房の鍛師達が闇討ちをかけてきたことを伝えたのだ。


 工房主としてガンボットは針の筵に座らされている気分だろう。


「この償いは、我が命を懸けてでも……!」


 ガンボットは作業台に額を付けて謝罪する。


「それには及びません。こうして、僕は無事ですし」


 オーリは無事かもしれないが、巨人のアンデッドの身体には穴が五つあいている。


「しかし、それでは──」

「じゃあ、一つ昔話をしてくれませんか? かつてホルンボリ工房にいたスベルクという鍛師について」

「スベルク……」


 ガンボットは顔を上げ、今までで一番驚いた顔をした。そしてポツリポツリと語り始める。



#



 スベルクとガンボットはホルンボリ工房を代表する鍛師だった。


 幼いころから工房で修行をしていた二人は良き友であり、良きライバルであった。


 二人の関係がおかしくなったのは、彼等が共に二十七歳の頃だ。


 当時の工房主であった男が急な病に倒れてしまったのだ。


 通常、工房は親から子へと引き継がれる。しかし、当時のホルンボリの工房主には娘が一人いるだけであった。


 ドワーフには仕来りがあり、女は鍛冶場に入ることは出来ない。


 次の工房主はスベルクか、ガンボット。そう考えるのが自然な流れであった。


 しかし、工房主は急逝してしまう。看取ったのは一人娘。


 その一人娘はこう言ったそうだ。


「お父様は最後、私に言いました。『ホルンボリはガンボットに任せる』と」


 納得がいかなかったのはスベルクだ。


 何故なら、工房主は生前、ガンボットよりもスベルクのことを評価していたからだ。剣でも鎧でも、鍛師としての腕前はスベルクが一枚上手と皆の前で公言していた。なのに──。


「何故、父は……!! スベルクはホルンボリの後継者に選ばれなかったのでしょう……!?」


 オーリは拳を握ってガンボットに詰め寄る。


「いや……。選ばれていたんだ。スベルクはホルンボリの後継者に選ばれていた」

「えっ……。じゃあ何故、工房主の娘は嘘をついたんですか……!?」


 ガンボットは眉を下げながら消え入りそうな声で続ける。


「その娘は私と恋仲にあったからだ。私にホルンボリを継がせようとして嘘をついたんだ」

「貴方はそのことを知っていたんですか?」

「知ったのは最近だよ。妻が亡くなるときに、話してくれたんだ……」


 オーリは目を瞑り、呼吸を整えている。気持ちと一緒に。


「スベルクは、父は、どんな鍛師でしたか?」

「最高の鍛師だったよ……。敵わないと思ったのは、スベルクとその息子である鍛冶王だけだ……」


 堰を切ったように、オーリの瞳から涙が流れ出す。


「……話してくれて、ありがとうございました。我々は行きます」

「待ってくれ!」


 ガンボットは作業台の椅子から立ち上がり、鍛冶場の棚を漁る。そして手に何かを持って戻ってきた。


「これはスベルクのハンマーだ。君のモノだろ?」

「はい。受け取ります」


 巨人のアンデッドが作業台の上のハンマーを手に取り、ローブの中にしまう。このシリアスな状況でもドッキング状態を維持し続けていたオーリと巨人に拍手を送りたい。


「では、今度こそ我々は行きます」


 ずっと頭を下げたままのガンボットに見送られ、長い一日はついに終わりとなった。

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