第13話 不審者

 祝賀会が終わって外に出ると、夜はすっかり更けていた。


 大通りにも人影は少なく、多くの店が看板を下ろしていた。もうそろそろ、日付が変わろうという時間だろう。


 国王フルグニルと酒を飲み続けたオーリは巨人のアンデッドとドッキングしたまま、フラフラと頭を揺らしている。


 随分と酔っ払ったようだ。


 俺にぴたりと身体をつけて歩くリリナナは、しきりに服の臭いを気にしていた。


 アルコール臭が嫌なのだろう。


「そういえば、オーリ。王都に工房を構える件、断ってよかったのか?」


 見上げながら尋ねると、オーリはフラフラ頭を揺らしながらも、しっかりと答えた。


「いいんです。工房であれば、すでにありますし。それに、バンドウさんやリリナナさんと会って分かったんです。世界はとてつもなく広いって。僕の知らないことだらけなんだなって。だから、旅をして、色々経験しようって強く思ったんです」

「なるほど。ならば暫くの間、俺達と旅をしてみるか?」

「えっ、いいんですか?」


 オーリは驚いた表情で俺を見ている。


「俺は構わん」

「私も構わん」

「リリナナさんまで。本当にいいんですか?」

「オーリ一人だと、いろいろと危なそうだからな」


 オーリがいれば、食事当番のローテーション間隔が長くなる。つまり、リリナナが食事を作る回数が減るのだ。これは旅を続ける上で非常に重要なファクターだ。


「そういえばバンドウさん。一本魔剣を造ってほしいみたいなこと言ってませんでしたっけ?」

「あぁ。それについては一度オーリの工房に戻った時に──」


 ふと、怪しい気配を感じて口を閉じる。


 人影は見えないが、幾つもの足音が聞こえた。


 リリナナを見ると、やはり気が付いているようで表情が険しい。


 さて、どうする。宿まではまだある。ここから近くの公園に誘導するか。


「しかし酔っ払ってしまったなぁ。すこし公園で酔いを醒ましてから帰ろう」

「えっ、バンドウさん、飲んでましたっけ?」

「あの空間にいれば、飲んでなくても酔うだろう?」

「まぁ、確かに」


 大通りから外れて脇道に入り、公園を目指す。


 不審な足音は一定の距離を保ちながら付いてくる。


 公園に入った辺りで、足音は徐々に近くなってきた。


 大方、昼間の品評会を見ていたゴロツキだろう。オーリの魔剣を奪えば金になると考え、王宮の近くで張っていたのかもしれない。


 公園の奥。木々が深くなった辺りのベンチに三人で腰を下ろす。


 すると、布切れで顔を隠した五人組が姿を現した。体型からすると、ドワーフだろう。


「何の用だ?」


 俺が声を掛けると、先頭の男が無言で背負っていた長剣を抜いた。問答無用ってことらしい。


「リリナナ。驚かせてやれ」

「ん。前進」


 リリナナが指示を下すと、オーリと合体中の巨人のアンデッドがむくりと立ち上がり、賊に向かって走り出す。


 後方の四人もそれぞれ剣を抜き、迫りくる鍛冶王に向かって構える。


 しかし、巨人のアンデッドはお構いなく突進。ついに接敵した。


「はぁ……!!」


 先頭の男の剣が巨人のアンデッドの胴体に突き刺さる。続いて四人の剣も。


 計、五本の長剣が胴を貫いている。


 月明かりが賊の顔を照らす。目がニヤリと笑っていた。しかし──。


「効かないよ」


 オーリが言葉を発すると同時に、賊は剣を手放して飛び退いた。


「何故、立っているんだ……!! おかしいだろ……!?」

「こんなもの、痛くもかゆくもない」


 それはそうだろう。実際に刺されているのはオーリではなく、巨人のアンデッドなのだから。


「ふん……!」


 オーリが気合を入れると、巨人のアンデッドは自分の胴に刺さっている剣を抜いて両手で構えた。そして魔力を通す。


 ゴウ……!! と剣先から炎が噴き出すと、それは長く伸びて、ある存在を形どった。


 ドラゴンだ。と、いうことは……?


「ワンボット君? どうして……」


 魔剣から現れた火龍に炙られ、賊の顔は露わになっていた。まさか、ホルンボリ工房の鍛師が襲ってくるとはな。見下げ果てた奴等だ。


「お前が大事な品評会でインチキをしたからだ! 一本の魔剣から三つの魔法を発動させるなんてありえない……!!」


 開き直ったのか、ワンボットはオーリを指差して非難する。


「インチキなんてしてないよ?」

「うるさい! 最優秀は俺がもらう筈だったのに!!」


 見苦しい奴だな。ぶっ飛ばそう。


 俺の思考を読んだように、巨人のアンデッドが右腕を引く。


「ワンボット君、ちょっと落ち着いてよ! きっと話し合えば分かる筈だよ」

「貴様と話す事なんて──」


 ドゴォォーンン……!! と巨人の右の拳がさく裂し、ワンボットは十メートルぐらい吹っ飛んだ。


「オーリ。いや、鍛冶王よ。相手を油断させる見事な作戦だったな」

「だったな」


 ワンボットの手下達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。今はワンボットが地面に転がってピクピクしているだけだ。


「そんなつもりはなかったんです! 僕は本当にワンボット君と話し合おうと」

「はいはい」

「はいはい」


 オーリは次第に動きが弱くなるワンボットを見て焦る。


「バンドウさん! どうしましょう! ワンボット君が死んじゃう!」

「死なれると困るな。とりあえずポーションを飲まして工房まで届けよう」


 俺はいよいよ動かなくなったワンボットに上級ポーションを飲ませた。辛うじて息を吹き返すが、意識はまだ戻らない。まぁ、そのうち回復するだろう。


「リリナナ。こいつを頼む」

「ん。担いで」


 リリナナが指示を出すと巨人のアンデッドはワンボットを丸太のように担いで肩にのせた。


「オーリ。ホルンボリ工房のへ案内してくれ」

「わかりました」


 怒涛の一日が終わりを迎えようとしていた。

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