第12話 ワンボットと祝賀会
ワンボットがホルンボリ工房に戻ると、鍛師達は曖昧な笑顔を浮かべて出迎えた。
品評会の結果、ワンボットはドラプニル王国における名工第二位の地位を得た。
ワンボットの年齢を考えれば、十分な結果と言えたかもしれない。
しかし、ホルンボリの看板に影を落としたのは確かだった。工房主の嫡男であり、これからのホルンボリを背負っていくと期待されていたワンボットが、どこの馬の骨ともしれぬ男の下の順位となってしまったのだから。
ワンボットは足元にあった火箸を思いっきり蹴り飛ばす。
他の鍛師達がギョッと目を見開くが、ワンボットに気にした様子はない。
舌打ちをしながら工房から去ろうとする。
「ワンボット。待つのだ」
「……オヤジか」
ワンボットの父親で、工房主でもある男が声を掛けた。
「鍛冶王の魔剣、見事であったな」
「あんな魔剣! インチキに決まっている! それを見抜けないなんて、国王達は耄碌したものだ……!!」
青筋を立てて怒鳴るワンボットに、父親は顔を顰めた。
「何がインチキだというのだ?」
「一本の魔剣に複数の魔法を込めることなんて出来るわけないだろ……!? きっとあれは幻術かなにかの類だ……!!」
父親は呆れた様子で息を吐く。
「お前は本当に愚か者だな」
「うるさい……!! 俺はあのインチキ野郎を絶対に許さない!! 化けの皮を暴いてやる……!!」
そう吐き捨てると、ワンボットは工房を抜けて母屋に入り、またすぐに出て行ってしまった。魔剣を背負ったまま……。
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祝賀会はドラプニル王国王宮の大広間で行われていた。俺とリリナナは鍛冶王の従者という名目で、巨人と合体したままのオーリに付き添っていた。
オーリは国王フルグニルに大層気に入られたようで、四人掛けの円卓にて酒を勧められている。俺とリリナナはオーリの後ろに立ち、じっとその様子を見守っていた。
「どうした? 鍛冶王よ。まさか酒が飲めないとは言わないだろうな?」
既に顔を赤らめたフルグニルがガラス製のジョッキに入ったエールを勧める。
「まさか。お酒は大好きですよ?」
オーリは苦笑いしながら答えた。
実際のところ、オーリは他のドワーフと同じように酒好きだ。しかし、今は巨人のアンデッドとドッキング中。つまり二人羽織と同じような状況なのだ。上手く飲める保証はない……。
巨人のアンデッドは円卓の上のジョッキを手に取り、慎重にオーリの口元に運ぶ。そして、傾けた。
バシャァア……!!
巨人のアンデッドは手元を狂わせ、オーリは頭から盛大にエールを被った。フルグニルは呆気に取られて無言になる。
リリナナが俺の服を引っ張った。見ると「なんとかして」という顔をしている。仕方がない……。
「人大陸には、大変めでたい時にエールを被る習慣があるのです! 我々はエール掛けと呼んでいます! 鍛冶王は、最優秀に選ばれたことを大層喜んでおられるのです!」
正確には人大陸ではなく地球の日本における、ビール掛けだが……。
「おぉ……。人大陸にはそのような祝い方があるのか……」
「そうです! エールをもう一杯もらっても?」
給仕の女に声を掛けると、ジョッキに入ったエールがテーブルに置かれる。オーリの下にいる巨人のアンデッドが再びジョッキを手に取った。次こそ上手くやれよ……。
バシャァア……!!
今度は手を滑らせて国王フルグニルにエールをブチ撒けてしまった。白髪がエールでびしょびしょになり、周囲の空気が凍り付く。なんとかしないと……。
「自分以外の人にエールを掛けることにより、喜びを分かち合うのです!!」
「なるほど!! これは面白いな……!! もっとエールを持ってこい!!」
フルグニルが指示をすると給仕の女はトレイ一杯にエールを運んで来た。
「皆、エールの掛け合って、喜びを分かち合うのだ!!」
国王の掛け声に、祝賀会の会場内のいたるところでビール掛けならぬエール掛けが始まってしまう。
「チャタロウ。これ、何?」
「エール掛けだ」
「楽しいの?」
「たぶん……」
酒臭くなった空間の中でリリナナは迷惑そうな顔をしている。しばらく、謎の狂乱が続く。我慢の時間だ。
少しして、ようやくエール掛けは終わりを迎えた。
会場の中をジョッキ片手に走り回っていたフルグニルも、オーリの座る円卓に戻ってきた。
「さて、落ち着いて飲もうではないか」
「ええ」
コツが掴めてきた巨人のアンデッドはエールの入ったジョッキをオーリの口元に運び、丁度いい角度で傾けた。黄金色の液体がオーリの喉に流れる。
「ぷはぁ~。やっぱり旨いですね」
「ところで、鍛冶王よ。其方の魔剣はどのようにして三つもの魔法を発動させているのだ?」
フルグニルは「これが本題だ」と真剣な表情になっていた。オーリは少し赤くなった顔で答える。
「やっていることは単純ですよ。三本の魔剣を一本にまとめているだけです。ただ、バランスを取るのがとても難しい。魔法回路を刻んだ魔鉄と魔鉄の間に普通の鉄を挟み、回路が潰れないように鍛接、つまり鉄同士を繋ぐのです」
「ふむ……。秘技やカラクリがあるわけではなく、弛まぬ技術の向上の先に、あの
三龍の魔剣があったわけなのだな……」
「そうです」
オーリは遠い目をした。きっと、父親との修行の日々を思い出しているのだろう。
「して、鍛冶王よ。其方はこの王都に工房を構える気はないのか? もしその気があるのなら、援助は惜しまぬぞ?」
なるほど。オーリをドラプニル王国で抱えてしまおうという魂胆だな。さて、どう答える?
「大変有り難いお言葉ですが、今は王都に工房を構えるつもりはありません。世界中を回って、様々な素材や様々な剣に触れることが、何よりも重要だと考えています」
「うーむ。そうか……。残念だが、仕方あるまい。気が向いたら、いつでも声を掛けるのだぞ?」
「はい!」
オーリが元気に答えると、フルグニルはそれ以上誘うようなことは言わなくなった。そして夜は更け、祝賀会は幕を閉じた。
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