第11話 品評会
ドラプニル王国で初めて行われる剣の品評会。その会場は王都の中心にある大広場だった。
普段は露店や屋台が立ち並ぶ場所だが、今は制限され、代わりに円状の舞台が作られている。
舞台の上には審査員がずらりと並んでいた。
審査員を務めるのはドラプニル王国最大の商会の会頭、王国軍の将軍、公爵、そして国王フルグニルだ。
四人の審査員の前には剣を置く為の台座がある。
品評会の参加者達は自分の名前が呼ばれると舞台に上がり、自慢の剣を台座に置く。すると審査員達がやってきて、思い思いの方法で剣を評価するのだ。
観客はその様子を見て、アレコレと蘊蓄を垂れ、そして酒を飲む。
流石はドワーフの国、ドラプニル王国。全てのイベントは酒のつまみであった。
朝から始まった品評会は終盤に差し掛かろうとしていた。
前半は名もない工房の名もない鍛師達が鍛えた剣の審査が続いた。
審査員による試し切り等もあったが、観客にとっては少々退屈であったのは否めない。
酒を飲み、飯を食らうことが主となり、品評会はおまけのような雰囲気となっていた。
しかし、後半に入って空気が一変する。
有名な工房の有名な鍛師達が登場し始めたからだ。台座に置かれる剣は全て魔剣となり、魔力を通すと様々な効果を発揮する。
どの鍛師も観客や審査員のウケを狙った派手な演出を魔剣に仕込んでおり、観客達は大いに沸いた。
ある魔剣からは火球が飛び出し、ある魔剣は剣身が伸びる。軟化の魔法が仕込まれており、鞭のようにしなる魔剣まであった。
そしていよいよ、品評会は最終盤へと差し掛かろうとしていた。
「次! ホルンボリ工房、ワンボット!!」
進行役が呼び出すと、目をギラつかせた若いドワーフが舞台に上がる。肩を怒らせて歩き、台座の前に立つ。
ワンボットは背負っていた長剣を天高く掲げ、観客に拍手を促した。
ホルンボリ工房を代表する若き鍛師。その自信に満ち溢れた態度が観客に熱狂を巻き起こした。
観客の反応に満足したワンボットはようやく、その手に持つ魔剣を台座に置いた。そして離れる。
代わりに現れたのは四人の審査員。今までになく真剣な表情をして、ワンボットの魔剣を取り囲む。
「儂が試す」
そう言って魔剣の柄を掴み、鞘から抜き放ったのはドラプニル王国国王、フルグニルだった。
舞台の先端に立ち、観客に向かって魔剣を正眼に構える。
観客は大きく二つに割れ、魔剣の射線を開けた。
フルグニルの身体に魔力が廻り、それは両手に集中した。そして、魔剣へと勢いよく流れる。
ゴウ……!! と剣先から炎が噴き出すと、それは長く伸びて、ある存在を形どった。
「ドラゴンだ……!! 魔剣から火龍が現れたぞ……!!」
観客から驚きの声が上がる。審査員達も大きく目を見開き、感嘆の言葉を述べる。
その様子を見て、ワンボットは口元を緩めた。「最優秀は頂いた」と。
フルグニルが魔力を込めるのを止めると、中空に現れていた火龍はフッと霧消した。
一拍ほどの間があった後、フルグニルはワンボットに声を掛ける。
「見事だ」
「お褒めに預かり光栄です」
ワンボットは恭しく頭を下げた。
審査員達は席へと戻り、ワンボットは自慢の魔剣を背負い舞台から降りる。相変わらず、自信に満ち溢れた表情で。
「次で最後となる! リザーズ工房、鍛冶王!」
呼び出しとともに、地面が揺れた。
有象無象の観客の中から現れたのは、身長三メルにも達しようかという大男であった。
一歩踏み出す度に土埃が舞い、観客は騒然となる。
舞台上の審査員達も何事かと、互いに顔を見合わせた。
そんな中、一人楽しそうにしているのは国王フルグニル。豪奢なローブを纏い、王冠を被った鍛冶王が舞台に上がる様子を見て、瞳を輝かせている。
鍛冶王は舞台に立つと鋭い眼つきで観客を睥睨した。ワンボットの登場にあれほど沸いた大広場は、しんと静まりかえっている。
ローブの中から太い腕が現れる。そこには、禍々しい見た目の魔剣が握られていた。
鍛冶王が魔剣を天に掲げると、急に空が暗くなった。厚い雲が陽を覆い、俄かに風が強くなる。
沈黙がしばし続いたところで、鍛冶王はくるりと身体を回して台座に近寄り、魔剣を置いた。足を踏み鳴らしながら、離れる。
緊張した面持ちで台座に近寄ってきたのは、四人の審査員。それぞれ額に汗を浮かべている。
「儂が試す」
再び声を上げたのはドラプニル王国国王、フルグニルだった。
フルグニルは不吉な空気を醸す鍛冶王の魔剣の前に立ち、唾を飲み込む。そして左手で鞘を、右手で柄を掴むと、舞台の最前列へと歩み出た。
鞘を左脇に添えると、右腕を大きくしならせながら魔剣を抜き、正眼に構える。
異様な雰囲気に観客は逃げ出し、フルグニルの前にはポッカリと空間が開いた。
舞台の下に残っているのは、不敵な笑みを浮かべたままのワンボットだけ。
フルグニルは大きく息を吐き、深く長く息を吸った。
そして全身に魔力を廻らせ、両手に集め、一気に魔剣に流し込む。
ゴウ……!! と剣先から炎が噴き出すと、それは長く伸びて、ある存在を形どった。
「また、ドラゴンだと……!?」
声を上げたのは審査員の一人、大商会の会頭だった。天に向かって顎門を開く火龍に、目を見開いている。舞台の下ではワンボットが血相を変えていた。
しかし、これで終わらない。フルグニルが握る魔剣から「パキリ」と甲高い音がして、氷が伸びる。
「次は氷龍だ……!!」
叫んだのはドラプニル王国軍の将軍だった。中空で絡み合うように舞う火龍と氷龍に目を丸くしている。舞台の下のワンボットは開いた口が塞がらない。
だが、まだ続きがあった。フルグニルが握る魔剣から「バチバチ」と弾ける音がして、紫電が空を走る。
「なんと……!? 雷龍まで……!!」
叫喚したのは、公爵だ。「信じられない」と目を充血させている。舞台の下のワンボットは腰を抜かして動けない。
火龍が、氷龍が、雷龍が。大広場の上空を所狭しと舞い踊る。
観衆は言葉を忘れ、ただ見惚れていた。
その様子を腕組みして満足気な表情で眺めるのは鍛冶王。堂々たる態度はまさに王であった。
観客が十分に三つ巴の龍を堪能したところで、「ふう……」と息を吐き、フルグニルは力を抜いた。
三体の龍は巻き戻るように魔剣に向かって引っ込み、跡形もなく消えてなくなる。
転瞬の間。誰もが息を呑んだ。
フルグニルは鍛冶王の方へと向き直る。そして口を開いた。
「其方が鍛えた魔剣、素晴らしい出来であった! 今回の品評会、最優秀は鍛冶王だ……!!」
地の底から湧き上がったような歓声が大広場に響く。
「お褒めに預かり光栄です!」
鍛冶王は王冠を脱ぎ、その巨体を屈めて国王フルグニルに敬意を示す。
「今晩は祝賀会がある。そこで大いに語ってもらうぞ? 其方の秘密を」
「仰せのままに」
王と王の会話は祝賀会に持ち越されることになり、品評会は幕を閉じた。
観衆は口々に鍛冶王の魔剣について語りながら大広場から去って行く。
最後に残ったのは、ひどく濁った瞳をした、ホルンボリ工房のワンボットだった。
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土日は更新をおやすみして次は9/9(月)に投稿します!! 週末は勘違いモノ新作をチラ見してもらえたら嬉しいです!!
『エルフのいない世界で自分を最後のエルフだと信じ込んでいるスラムの孤児(人間)。命を狙われていると勘違いして無関係な悪の組織を理不尽に潰す』
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