第10話 品評会前

 ドラプニル王国の王宮は珍しいことに地下にあった。これは、かつてのドワーフが穴の中で暮らしていたことに由来する。


 その地下深くにある王宮の一室で、盛大に酒を飲んでいるのは現ドラプニル王フルグニル。赤ら顔をして丸テーブルに着き、宰相と談笑をしている。


「して、今回の品評会はどのような結果になると予想する?」


 国王の言葉に宰相はじっと考え込む。


「やはり、ホルンボリ工房がさらに名声を高めることになるでしょうな。先日、ホルンボリ武具店に行って魔剣を見せてもらいましたが、素晴らしい出来でした。他の工房にあのような品が作れるとは思えません」

「ふむ」とフルグニルは顎の髭を扱いた。


「せっかく品評会を開くというのに、それではつまらんのお。我が国にはまだ陽の目をみていないだけの、隠れた名工がいると思っているのだが……」

「もちろん、新たな発見はあるでしょう。しかし、ホルンボリ工房は国中の鍛師の憧れの場所です。そもそも、力のある者はホルンボリに集まっているのです」


 フルグニルはテーブルのジョッキを握り、ぐいとエールを煽る。


「品評会参加者の名簿はあるか?」

「こちらに」


 宰相は予め用意していたのだろう。懐からさっと紙を出すと、テーブルに置いてフルグニルの方へスッと押す。フルグニルは手に取って、上から下までじっと眺める。


「鍛冶王?」

「あぁ、その者がおりましたな」

「何か情報があるのか?」


 フルグニルは興味を持ったようでグイと身を乗り出した。


「なんでも今回の品評会の噂を聞きつけて、人大陸からやって来たそうです。人間の従者が二人ついているので、それなりの身分であることは確かでしょうが、詳細は不明です」

「人大陸に渡っていたドワーフの末裔であろうなぁ。しかし、自ら鍛冶王と名乗るとは。なかなか豪胆な人物に思える」

「腕前も伴っていればよいのですが……」

「俄然、品評会が楽しみになってきたぞ……!」


 少年のように瞳を輝かせ、フルグニルは更にエールを呷った。



#



「おい。ワンボット。いつまで魔剣を磨いているんだ?」

「オヤジか。まだ起きていたのか?」


 髭まで真っ白な年老いたドワーフが若いドワーフ、ワンボットに声を掛けた。ワンボットは工房で、剣を拭き上げている。


「工房の灯りがいつまで経っても消えないから、見に来たんだよ」

「なんだか眠れなくて」


 ワンボットはそう答え、また剣の剣身を布でやさしく擦る。


「品評会が心配か?」


 父親の問いに、ワンボットは首を振ってから手に持つ剣を灯りに掲げた。


「いや。最優秀は間違いなく俺が、ホルンボリ工房がもらう。この魔剣で」


 灯りが剣身で反射し、燦爛と煌めいた。


「あぁ。そうだな。素晴らしい出来だ。儂も心配しておらんよ」


 父親はワンボットが鍛えた魔剣を見て誇らしげだ。ワンボットは父親の表情をみて満足したのか、手に持つ剣を鞘に納めた。そして立ち上がる。


「うん? なぜハンマーが二つある?」


 ワンボットの腰ベルトにハンマーが二つぶら下がっていることを父親は見咎めた。


「あぁ、これか? 昼間、工房の前をウロウロしていた怪しい奴がもっていたんだ。きっと盗品だろうから、ぶん殴って取り返しておいたんだよ」

「ちょっと見せてみろ」


 急に顔色を変えた父親はワンボットに詰め寄り、古びたハンマーを手に取る。


「なんだよ急に? まさか、オヤジのハンマーだったのか?」


 父親は真剣な表情をしてじっとハンマーを眺めている。ハンマーにはホルンボリ工房のマークの他に、名前が彫られていた。


「おい、オヤジ? どうしたんだよ?」

「……いや、なんでもない。このハンマーは儂が預かる」

「別にいいけど……」


 父親はワンボットに背中を向けると、眉間に深い皺を寄せながら工房から出て行った。


「なんだよ……。急に……」


 先ほどまでと打って変わって表情を曇らせる父親に不審なものを感じながら、ワンボットも灯りを消して、工房を後にした。




 品評会当日。俺達はまだ薄暗い頃から起きて宿を飛び出し、ひとけのない公園で準備を進めていた。


「バンドウさん! 本当にやるんですか?」

「当然だ。オーリは鍛冶王に相応しい威厳を持つ必要がある。今のままではただの若いドワーフだ。そんな者が『鍛冶王』を名乗っていればどうなる? 門兵には通用したが、品評会には貴族や王族も来るんだ。笑い者になってしまうぞ?」

「しまうぞ?」


 俺とリリナナが煽る。が、まだオーリは煮え切らない。


「ホルンボリ工房のやつらを見返してやるんじゃないのか?」

「それは剣の品質で──」

「甘い……!!」


 ピシャリと遮ると、オーリは背筋を伸ばした。


「ホルンボリはこの大陸で一番有名な工房なんだろ? そのような状況下では、貴族や王族は無意識にホルンボリ工房の剣を高く評価してしまうんだ。二つ、同じような品質の剣があれば、ホルンボリを勝者に選ぶだろう」

「確かに……」


 オーリは頷く。


「それを防ぐには『鍛冶王』自体の凄みも重要になるんだ。ホルンボリの看板に負けないぐらいの衝撃を、見るものに与える必要がある」

「衝撃ですか……」


 オーリは乗り気になってきたようだ。


「よし、リリナナ。頼む」

「ん。【現出】」


 リリナナが唱えると、足元の影がぬっと広がり、地面が振動する。そして影の縁に大きな手がかかった。地中にあいた穴から這いあがるように現れたのは、巨人のアンデッド。身長は二メートル半はあるが、これでも巨人の中ではかなり小さい方だ。


「よし、オーリを肩車するんだ」

「ん。肩車」


 巨人はオーリの背後に回るとむんずと脇に手を入れ、自分の肩に乗せる。オーリは「高い! 高い!」と騒いでいる。


 俺はマジックポーチからローブや肩パット、そして王冠等を取り出す。巨人はリリナナの指示に従い、テキパキとそれを身に着けていく。最早、オーリはなされるがままだ。


 十五分ほどで巨人とオーリのドッキング作業は終わった。巨人の顔は完全に見えなくなり、身体の割りには顔の小さな男が誕生した。


 立派な偉丈夫に変身したオーリはリリナナに化粧を施され、更に威厳を増している。


 極太の眉毛とアイラインによって目力がとんでもない。これならば、ホルンボリ工房の名前にも負けないだろう。インパクトで。


「よし! それでは品評会の会場へと向かうぞ!」

「はい!!」


 吹っ切れたのだろう。オーリは威勢のいい返事をして、歩き始めた。大股で。

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