第9話 宿にて
王都でも高級な部類に入る宿と聞いたが、食堂の喧噪は安宿と変わらない。客の大半が酒好きのドワーフということもあって、酒に酔った男の大声と、ガラス製のジョッキ同士をぶつける音で賑やかだ。
「チャタロウ。これ、美味しい」
リリナナが頼んだのは穴兎のシチューだった。テーブルの上に置かれた皿を俺の方に押して勧めてくる。
スプーンで掬って一口。確かに美味い。リリナナ……人の料理に対する味覚は普通なのに、何故自分の作ったものに対しては狂ってしまうんだ……。
釈然としない想いを胸に食事を進めていると、陽気な食堂に陰の気が入ってきた。
顔を酷く腫らしたドワーフの若者、オーリだ。
軽く手を上げて合図を送ると、オーリはこちらに気が付いて覚束ない足取りで近付いてくる。
「酷い顔だな。とりあえず座れ」
椅子をひいて勧めると、オーリは無言で腰を下ろした。リリナナがじっとオーリを見つめ、口を開く。
「オーリ。顔が腫れて倍になってる。蜂を食べたでしょ?」
「ドワーフは蜂を食べるのか?」
「食べません……!!」
オーリは腫れた顔で抗議した。妙な迫力がある。流石は鍛冶王。
「とりあえずオーリは食事の前にこれを飲め」
腰のポーチからポーションの入った小瓶を出し、テーブルに置く。
「これは?」
「上級ポーションだ。そんな顔の腫れなんて一瞬で治る」
「えっ……!? 上級ポーションですか? 金貨十枚以上しますよ? 僕にはとても払えません」
まさか金を要求すると思われているとは……。心外だな。
「金のことは気にするな。後でしっかり働いてくれればいい」
「なんか怖いんですけど……」と言いながらも、オーリは小瓶を受け取って蓋を開き、さっと口に含んだ。みるみるうちに顔の腫れは収まり、見慣れた善人面が現れた。
「で、どうした? まさか父親の働いていた工房を訪ねていって、因縁をつけられたわけではないだろうな? 何発も殴られ、しかも形見のハンマーまで奪われたりはしてないよな? まさか、正面から尋ねるとは思わなかったよ。こいつ馬鹿なの? とリリナナと話していたけど」
「……なんで知っているんですか?」
オーリは目を丸くして驚いている。
「念の為、リリナナが虫のアンデッドを操作してオーリのことを監視していたんだよ」
「よ」とリリナナは胸を張る。
「そんなことまで出来るんですか……。もう、何でもありですね」
「これぐらい、人大陸では当たり前だ。で、どうする? 潰すか? ホルンボリを」
「なんとかボリを」
オーリは更に目を見開く。
「駄目ですよ!! ハンマーを奪われたのは確かに許せないですけど、何も考えずに訪ねていった僕も迂闊だったんです」
「やり返さないのか?」
「のか?」
俺とリリナナの問いに、オーリはしっかりと顔を上げた。
「鍛師は作品で競うべきです。僕は今までで最高の魔剣を仕上げました。その評価で見返してやります!」
「それでこそ鍛冶王だ」
「カジオー」
オーリは顔を赤くする。
「やめてくださいよ! そのあだ名、恥ずかしいんですから!」
「残念だったな。品評会にはすでに『鍛冶王』の名前で登録を済ませた」
「ちょっとバンドウさん!? 絶対に他の参加者から笑われちゃいますよ?」
立ち上がり、オーリは拳を握って抗議を続ける。
「大丈夫だ。絶対にオーリを笑い者などにはさせない。なぁ? リリナナ」
「させない。させない」
リリナナは手をひらひらさせた。そして、口元をニヤリと歪める。
「品評会のことは俺達に任せておけ。オーリはただ流れに身を任せているだけでいいから」
「流れ……ですか」
少し落ち着いてきたオーリは席についた。そして腹を鳴らす。
「好きなものを頼んでいいぞ。今日は前祝いだ」
「はい……」
オーリはテーブルに置いてあったメニューを手に取り、エールと肉料理三品を頼んだ。そしてガツガツと食べ始める。
俺とリリナナは金を渡して先に席を立ち、品評会での演出について策を練ることにした。
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