第8話 ホルンボリ工房
ドラプニル王国には幾つも鍛冶工房がある。その中で最も古く、最も大きいのはホルンボリ工房。これはドラプニルに住む者にとっては常識であった。
王都には「ホルンボリ」の看板が掛かった建物が二つある。一つは武具店、一つは工房だ。
バンドウ達の誤魔化しによってなんとか王都に入ることが出来たオーリは宿に荷物を置いて着替えると、子供の頃の記憶を頼りにホルンボリの武具店へと向かっていた。
「確かこの辺りだった筈だけど……」
如何にも田舎から出てきた様子のオーリはきょろきょろと辺りを見回し、大通りに面した立派な武具店を見付けた。でかでかと「ホルンボリ」の看板が掛かっている。
目当てを見付けて嬉しくなったオーリは足早に店舗に向かい、扉を開いた。
中は冒険者風の人々で賑わっていた。その多くはドワーフで、一部獣人も交じっている。
店内の壁には所狭しと剣が飾られており、冒険者達は手に取ったり、腕組みして眺めたりとそれぞれのやり方で吟味をしているようだった。
一部の高価な商品はガラス造りのショーケースに入れられていて、店員に言わないと触れることは出来ない仕組みになっていた。
オーリは目の合った店員に声を掛ける。
「あの~、魔剣は何処にありますか?」
店員はニヤリと口角を上げ、意気揚々と話し始めた。
「魔剣は一般のお客様には販売しておりません。当武具店の会員になられた方にのみ、別のフロアでご案内しております」
「会員になるには──」
「金貨五枚で永久会員になることが出来ます」
「金貨五枚」と聞いてオーリはたじろぐ。ただ魔剣を見るだけでとてもそんな金額を払うことは出来ない。
「……そうでしたか。なら、大丈夫です」
品評会を前にホルンボリ工房の魔剣がどのようなものか確認したかったオーリだったが、それは叶わなかった。少し背を丸めて、店舗を後にした。
#
ホルンボリ武具店を出た後、オーリはまだ宿には戻らずに王都を歩いていた。辺りは商店が少なくなり、代わりに様々な工房が増えてきている。職人街だ。
進むにつれてハンマーで鉄を叩く音があちこちから聞こえてくるようになる。鍛冶工房が並ぶ地区に来たのだ。
馴染みのある雰囲気にオーリの顔は明るくなり、足取りも軽い。
辺りをグルグルと二週したところで、やっと目当ての工房に辿り着いた。
「ホルンボリ」の看板が掛けられた工房は、古い構えだったが、通りに並ぶどの工房よりも活気があり、ハンマーの音も人の声も多かった。
孤児時代に王都に住んでいたオーリだったが、ホルンボリ工房に来るのは初めてだった。店舗のように気軽に尋ねることも出来ず、工房の前でしばらく立ってキッカケを探していた。
すると若いドワーフの鍛師が工房から出てきて、ジロリとオーリを睨んだ。
「今は弟子は受け付けていないぞ? 邪魔だからさっさと何処かに行けよ!」
「えっ、いや。弟子入りではなくて……。どんな魔剣を造っているのかな~って」
いきなり声を掛けられたオーリはしどろもどろになりながら、答える。
「お前みたいな怪しい奴に魔剣を見せるわけないだろ?」
「怪しい者ではないですよ!」
「うん? そのハンマー、うちの工房のマークが入っているじゃねーか? 盗んだのか!?」
若い鍛師はつかつかと寄ってきて、オーリが腰につけたハンマーを指差した。
「盗んでいません!」
「ホルンボリのハンマーは工房で一人前と認められた鍛師しか持てないんだぞ? お前みたいなどこの馬の骨とも分からない奴が持っていていいものじゃない! さっさとこちらに寄越せ!」
「嫌で──」
ブン! といきなり拳が飛んできて、オーリの顔が歪み、そのまま地面に転がる。若い鍛師は馬乗りになって二発、三発とオーリを殴ると、腰からハンマーを抜きとって立ち上がった。
「これぐらいで勘弁しておいてやる! さっさと失せろ!!」
ホルンボリの若い鍛師は地面に唾を吐くと肩を怒らせたまま歩き出し、工房の中へと入り、扉を固く閉める。
急に静かになり、オーリの深い息だけが響く。
痛みに耐えながら立ち上がると、オーリは腰のハンマーがないことに血相を変えた。
慌ててホルンボリ工房の扉を叩き、「ハンマーを返してください!」と何度も叫ぶ。
しかし扉が開かれることはなく、やがて陽が落ちて。
オーリは仕方なく、宿へ向かって歩き始めた。
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