第3話 出発

「えっ、えっ?」


 リリナナの影から現れたオオトカゲを見て、オーリは口をぱくぱくさせる。


「なんだ。トカゲに乗るのは初めてか?」

「それも初めてですけど……。リリナナさん、何者なんですか?」


 リリナナは腕を組んで得意気だ。


「何者って、俺の妻だ」

「だ」


 納得出来ないのか、オーリは首を捻っている。


「人大陸では人間の影からオオトカゲが出てくるのは当たり前だぞ?」

「騙されませんよ!? そんな話聞いたことありません!!」

「それは勉強不足なだけだ。さぁ、乗れ」


 オーリは恐る恐るオオトカゲに近寄り、軽く手で触る。


「冷たい!!」

「トカゲは変温動物といってな、自分で体温を保つことが出来ないんだ。さっきまで影の中だったから、冷たいのは当然だな」


 何度かオオトカゲの体を触り、オーリは訝しげな表情を崩さない。


「あの、死んでません? このオオトカゲ」

「勿論、死んでる」

「ひぃ……!」


 飛び退くオーリ。


「あのなぁ……。この世の中には不可思議な事象が沢山あるんだ。それに一々驚いていたら物事は進まなくなる。『まぁ、こんな事もあるかぁ』と受け入れることが重要なんだ」

「なんだ」


 俺の横でリリナナはうんうんと頷く。


「本当に、乗っても大丈夫なんですか? 恨まれたりしません?」

「大丈夫だ。このオオトカゲは天寿を全うし、その後でリリナナの配下となった。別に命を奪ったわけではない。恨むどころか、感謝しているだろう」


 やっと観念したのか、オーリはオオトカゲに跨る。俺はその前に乗り、リリナナは専用の鞍に収まった。


「よし、出発だ! オーリ、道案内頼むぞ」

「はい……」


 声は頼りなかったが、オオトカゲは力強く進み始めた。




「魔鉄鉱石は魔物の持つ魔力の影響を受けて変質した鉄鉱石なんです」


 やっとオオトカゲに慣れたオーリが語り始める。


「と言うことは、目的地には魔物がいるってことか」

「はい……。そうなります」


 申し訳なさそうな声。


「気にするな。魔物ぐらいなんとでもなる。とびきりの魔鉄鉱石を採掘しよう」

「そっ、そんな気合いを入れなくても大丈夫です! 普通の魔鉄鉱石でも充分に貴重ですから!!」

「遠慮するな。俺の故郷には一宿一飯の恩義に厚く応える文化があるんだ」


「はぁ……」とオーリ。どうやら受け入れ始めたようだ。


「あと、どれぐらい掛かりそうだ?」

「このオオトカゲの速度なら、明日の昼には到着しそうです。何処かいい場所を見つけたら野営しましょう」

「夕飯、何がいい?」


 リリナナが振り返って聞いてくる。これからの会話は一言一言が命に関わる……。さて、どうするか……。


「お、オーリ。お前は何が食べたい?」

「えっ、あっ……。今晩は、僕がドワーフの民族料理を振る舞いますよ! せっかく旅行に来たんですから、その土地の料理を食べるのも楽しみの一つでしょ?」


 ナイスだ! オーリ!


「ん……」


 リリナナは考え込む。


「新婚旅行はそんなもんだ」

「シンコン旅行はそんなもんなのか。分かった。オーリ頼む」


 そう言ってリリナナは前を向き、御者に専念する。


 振り返ってオーリを見ると、深い頷きが返ってきた。どうやら、心が通じたようだ。



#



「はい! 出来ました!」


 呼ばれて竈門の側に行くと、香ばしい肉の香がする。道中で狩ったデカいウサギの丸焼きだ。リリナナも物珍しそうにしている。


 オーリは分厚い手袋をしてウサギを火から下ろし、テーブルの大皿の上に置いた。そしてウサギに巻かれていた針金を外していく。


 夕暮れの中、テーブルの上のランタンがパンパンに膨れたウサギの腹を照らす。中に何か入っているのだろう。


「どうぞ座ってください」と言いながら、オーリはマジックポーチから食器を取り出し並べていく。


「ジャイアントラビットの丸焼きは、ドワーフが客人をもてなす時の定番料理。一番美味しいところを家の主人が取り分けて振る舞うんです」


 オーリはナイフをウサギの背中の部分に入れて、器用に切り分けていく。


「はい!」と渡された皿にはよく焼けた肉とネギ、謎の根菜が盛られていた。


「このパウダーを掛けて食べて下さい!」


 テーブルに置かれた小瓶には赤い粉が入っている。


「辛いのか?」

「ちょっとだけ辛いですけど、味に深みが増すので」


 オーリは見本を見せるように、赤い粉をウサギ肉に掛ける。きっと美味いのだろう。俺とリリナナもそれに倣う。


「どうぞ、召し上がってください!」

「「イタダキマス」」


 タレによって飴色になったウサギの肉はジューシーで甘味が強い。なるほど。客人の為の料理というのも頷ける。


「美味い!」

「まい!」


 リリナナも満足気だ。


「お二人の口に合って良かったです! 今の時期のジャイアントラビットは脂がのっていて、美味しいんですよ」


 ホッとしたのか、オーリも食べ始める。



 ドワーフは大食漢らしく、俺達が満腹になった後も黙々と食べ続け、ついには大皿の上には骨が残るだけとなった。


「お茶どうぞ」


 オーリは竈門にかけていたケトルを持ってきて、茶を振る舞う。至れり尽くせりだ。


「あっ、そうだ。夜の見張りはどうしますか? 僕とバンドウさんが交代でやります?」


 リリナナに気を遣った提案だ。


「いや。リリナナに任せれば大丈夫だ。しっかり休んでくれ」

「えっ!? リリナナさんが一人で? 流石にそれは──」


 リリナナが立ち上がり、【現出】と三度唱えた。


 ズズズと影から現れたのはプレートアーマ姿で長剣を持った騎士、三体。暗闇の中を歩き出し、警戒を始める。


 オーリは驚いて椅子から転げ落ちそうになるが、なんとか止まった。


 そして思い出したように「まぁ、こんな事もあるかぁ」と呟くのだった。

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