第2話 アフター・ディナー・ティー

オーリとバンドウがやっと鍋の中を平らげた時には、夜は随分と深くなっていた。そして二人の間には長い戦争を共に生き延びた、戦友のような奇妙な絆が芽生えていた。



「へえ。シンコン旅行かぁ。面白い文化ですね」


 オーリは自分で入れた茶を啜りながら、やっと落ち着いた様子を見せる。


「オーリは何の仕事をしているんだ? ハンマーを持って。大工か何かなのか?」


 バンドウも同じように茶を啜る。その横にはリリナナがピッタリとくっ付いていた。


「僕は鍛師をしています。隣の建物は工房なんです」


 壁の向こうを指差しながら、オーリは少し得意気に語る。


「若く見えるのに、自分の工房があるのか。やるな」

「やるな」


 バンドウとリリナナの言葉にオーリは手を振って──


「この家も工房も父親から引き継いだモノなんです」と言った。


 それからポツポツとオーリは生い立ちについて語り始める。自分は孤児だったこと。王都の孤児院で暮らしていたところを、父親に引き取られたこと。少しして、王都を出たこと。


 ここしばらく、ずっと一人で暮らしていたからだろう。オーリは二人に対して饒舌だった。後から反省してしまうくらいに。


「父親は王都の有名な鍛治工房で働いていたそうです。たまに酒を飲んで酔っ払うと『ホルンボリ工房の跡を継ぐのは俺の筈だった! しかしあの野郎が……!』って愚痴ってましたよ。きっと後継争いに負けちゃったんでしょうね」


 オーリはテーブルに置いたハンマーを軽く触る。そこには『ホルンボリ』の文字が刻まれていた。


「それで、親父さんはオーリを世界一の剣鍛師にしようと?」

「そんな感じです。でも今にして思えば、孤児の僕が食いっぱぐれないように、手に職を持たせたかったのかなって」


 バンドウとリリナナは「なるほど」と頷く。


「人大陸では、ドワーフの鍛えた剣ってだけで値段が跳ね上がる。ザルツ帝国に渡れば荒稼ぎ出来るぞ」

「出来るぞ」


 バンドウは真面目な顔をしている。冗談で言っているわけではなさそうだ。


「ははは。僕は生活さえ出来ればいいですから。それに今度、ドラプニル王国の王都で剣の品評会があるんです。そこで認められるのが今の目標なんです」

「品評会か……」


 バンドウの瞳が怪しく光る。


「ここでオーリと出会ったのも何かの縁だ。俺達に出来ることがあれば手伝うぞ」

「手伝うぞ」


 悩むオーリ。二人の申し出は嬉しいが、何を頼んで良いのか見当もつかない。見かねて、バンドウが自ら提案をする。


「例えばライバルになりそうな工房の鍛師に嫌がらせをするとか」

「とか」

「駄目ですよ! 正々堂々と戦いたいです!」


 オーリに否定されて、二人は残念そうにする。


「しかし、大手の工房に比べたら不利な条件とかがあるんじゃないのか? 設備だったり、材料だったり」

「材料は……そうかもしれません……。魔剣を作ろうと思うと、どうしても魔鉄鉱石が必要ですし……」


 魔鉄鉱石。魔素が浸透して変質した鉄鉱石だ。魔力を通すことで様々な力を発揮する。ただし加工が非常に難しく、鍛師の腕が試される。


「ほぉ。オーリはその魔鉄鉱石が欲しいのか。場所さえ分かれば採掘してきてやるぞ。俺は穴掘りが得意なんだ」

「なのだ」


 何故か、リリナナの方が得意気だ。自分の夫が誇らしいようだ。


「本当ですか? あまりそんな風には見えないですけど……」

「固有スキルがあるんだ。【穴】」


 バンドウが呟くと、ダイニングテーブルに拳大の穴があく。


「えっ……。穴?」

「そう、穴だ。塞ぐことも出来る。【穴】解除」


 今度は穴が塞がった。オーリは目を白黒させる。


「ただ、本当に得意なのは嫌がらせの方だぞ?」

「だぞ?」


「そっちはいいです!」とオーリ。しかし採掘の方には乗り気なようだ。


「実は、一人で魔鉄鉱石を掘りに行くのはちょっと不安だったんです。付き合ってもらってもいいですか?」

「遠慮することはない。旅には目的があった方が楽しいからな」

「な」


 こうして、オーリは奇妙な二人と行動を共にすることとなった。

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