第二部

第1話 ドワーフの青年

 ドワーフの青年オーリは家路を急いでいた。


 冷たい風が吹き荒び、手足が縮こまる。馬車でもあれば随分と楽なのだろうが、オーリにそんな余裕はない。


 黙々と自分の足で歩くのみ。変わり映えのない景色が続く街道は、いくら行っても進んだように思えない。


 雲行きは更に怪しくなり、空は灰色だ。


 しかし意外なことに、オーリの瞳は爛々と輝いていた。港街の武具屋に彼が鍛えた剣を卸した時のことだ。店主からある話を聞かされてから、身体の芯に火が着いたのだ。


『王都で剣の品評会が開催され、優れた技を持つ鍛師十人を選ぶ』


 今後、人大陸との貿易が盛んになるらしい。そこでドラプニル王国では特産品である武具の価値を高めるため、品評会にて名工を決めるというのだ。


 オーリは腰につけたハンマーの頭を握る。いつも身に付けている大事な仕事道具であり、自分の身を守る武器でもあり、父親の形見でもあった。


「見ててね。お父さん……。僕は絶対に選ばれるから」


 瞳をギラつかせながら、オーリは今は亡き父親に誓う。


 空からの雨粒が青年に落ちるが、赤く焼けた鉄のような彼の身体を冷ますことはなかった。



#



 港街から離れた山の麓。川からほど近く、少し頑張れば鉄鉱石の鉱床にも歩いていける距離にある母屋と工房。


 鍛師の為にあるようなその場所はオーリが父親から引き継いだものだ。


 陽が暮れる頃になってやっと帰ってきたオーリだったが、険しい顔をしていた。


 誰もいない筈の母屋から、人の気配がする。それだけではない。料理でもしているのか、香辛料の香が辺りに漂っている。


 盗賊か……?


 オーリは腰のベルトから外したハンマーを右手で構え、母屋の入り口へ摺り足で近寄る。


 ドアノブに手を伸ばして回すと鍵は掛かったままだ。


 おかしい……。


 鍵を破らずに中へは入れない筈。人が抜けられるような窓はない。オーリは更に警戒心を強めつつ、ズボンのポケットから鍵を取り出す。


 カチリ。


 鍵は回る。中からは男と女の声がする。


 オーリは荒くなる呼吸を抑えるためにゆっくり細く息を吸い、何拍か待った。


 男女の会話は止まらない。オーリには気が付いていないようだ。覚悟を決め、左手に力を込める。そして一気に扉を開け放つ。


「貴方達、何をしているんですか!!」


 ダイニングテーブルには黒目黒髪の人間の男、その向こうの台所には銀色の髪に赤い瞳、真っ白い肌をした小柄な人間の女が立っている。


「夕飯が出来るのを待っている」

「夕飯を作っている」


 男女は「当然だろ?」という表情をして、平然と答えた。


「ここは僕の家です!」


 オーリは調子を狂わせながらも、何とか持ち堪えて声を上げた。


「俺もそう思う」

「私も」

「……」


 まるで意図が伝わらない……。港街でたまに会話する人間は普通なのに、こいつ等は何だ? オーリは挫けそうになりつつ、続ける。


「どうやって中に入ったんですか!?」


 女の方は興味がなくなったのか、台所に向き直り料理を続ける。


「壁に穴開けて入った」


 オーリはぐるりと母屋の中を見渡す。


「……穴なんてあいてないじゃないですか……!?」

「もう塞いだ。人の家に穴をあけたままにするのは悪いだろ?」


 分からない。分からない。自分は何と対話しているのだろうか?


「名前は?」


 今度は男が尋ねてきた。


「オーリ……」

「俺はバンドウという。立ってないで、オーリも座ったらどうだ?」

「……はい」


 元々荒事が苦手なオーリは男に従ってしまう。一応、ハンマーは握ったままだが、もうすっかり勢いはなく、とぼとぼと歩いてダイニングテーブルについた。


「今日は何処へ行っていたんだ?」

「……港街へ……」

「ふんふーん」


 台所では女が鼻唄を歌いながら、鍋をかき混ぜている。随分とご機嫌だ。


「あぁ。あの街か」

「貴方達は……船で人大陸から来たのですか……?」


 警戒はしながらも、もう諦めたオーリは闖入者と会話を続ける。


「船には乗っていないが、人大陸から来たのはその通りだ」

「その通りだ」


 最近、港街には人間が増えている。しかしその全ては船でやって来ている筈だ。オーリは二人に興味を持ち始めていた。


「船に乗らずに、どうやって?」

「空を飛べる友人に送ってもらった。街の近くに下ろしてもらうと流石に騒ぎになると思ってな。この辺りにしたんだ」

「したんだ」


 空を飛べる友人……。人間には色々といるらしい。「油断出来ない」とオーリは一度気を引き締める。


「出来た!」


 女が明るい声を上げる。対照的に男の顔に影が差した。


 ダイニングテーブルにドン! っと威勢よく置かれた大鍋には具沢山の煮込みがたっぷりある。


 木製の器とスプーンを引っ張り出してきた女は、杓子でなみなみとついでバンドウの前に置いた。


「リリナナは食べないのか?」

「私は味見で食べた」


 バンドウの顔が更に暗くなる。


「オーリ。港街から帰ってきたんだ。腹が減っただろ?」


 タイミングよく腹が鳴る。それは返事の代わりとなった。


「リリナナ。オーリにも」

「ん」


 木製の器が目の前に置かれた途端、オーリはむせる。湯気に含まれる香辛料が彼の呼吸器を刺激したのだ。


「召し上がれ」


 女がバンドウの方を向かってニコニコと言う。


「イタダキマス」


 バンドウはぎこちなく発し、スプーンで肉を掬って頬張った。「ゴリッ!」と硬いモノを噛んだような音がする。


「チャタロウ、美味しい?」

「あぁ。とても美味しいよ。なぁ、オーリ」


 バンドウの目配せ。オーリは応えるようにスプーンを煮込みに差し入れ、野菜? のようなものを口へと運んだ。


 一気に吹き出す汗。とんでもない刺激物がオーリの口腔を襲った。思わず吐き出しそうになる。しかし、父親の言葉が脳裏に浮かんだ。


『オーリ。食べ物を粗末に扱っては駄目だぞ? 作ってくれた人に感謝しながら食べるんだ』


 耐えていると、涙がこぼれてきた。


「とても……美味しいです……」


 女は満足そうに頷く。



 これが、オーリとバンドウ達との出会いだった。

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