第58話 閑話 ミリミーとアウグスト

 ミリミーは静かな場所が好きだ。


 お気に入りはリザーズの拠点から少し離れたとこにある、泉の畔。日当たりのいい大きな岩の上でぼんやりと過ごす時間をとても大事にしている。


 世界を煙に巻いたコルウィルと魔王の一騎打ち。あの戦いが成立したのは、偏にミリミーのスキルのお陰であった。


 ミリミーにとって、あんなにも緊張したのは人生で初めてのことだった。自分がミスをすれば、全てが台無しになってしまう。それどころか、死者だって出るかもしれない。


 そんな重圧から解放されたミリミーは、大きく伸びをして岩の上に寝そべった。


 樹々の間から差す陽の光が彼女の顔を照らす。瞼を閉じても明るく、全身がほんのり温かい。


 危険な森の中とは分かっていても、心地良さに意識を手放しそうになる。その時──。


 ミシリ。と地面に落ちた小枝が折れる音。慌てて起き上がる。


「なんだ。アウグストさんか」


 現れたのは長身の老人だった。ミリミーを認めて軽く頭を下げる。


「リリナナさんに自由時間をもらったの?」

「モラッタ」

「岩の上、気持ちいいよ?」


 逡巡の後、観念したアウグストは大岩を登りミリミーの隣に腰を下ろした。そのぎこちない動作に、魔人の少女は笑いを堪えている。


「もう皆んな、帝国から帰って来たの?」

「ソウダ」


 アウグストは無表情な瞳で泉の水面を見ている。その静かな様子がミリミーを落ち着かせた。


 しばらく、何もない時間が過ぎる。


「アウグストさんは、リリナナさんにこき使われて嫌じゃないの?」


 ミリミーはずっと疑問だったことを聞いてみた。バンドウやリリナナのことを嫌いなわけではないが、少し怖いとも思っていた。そんな二人にいつも巻き込まれているアウグストのことを気に掛けていたのだ。


「余ハ……」


 アウグストが遠い目をする。


「在リシ頃、一人デアッタ」

「皇帝なのに?」


 軽い頷き。


「全テハ、自分ノ為デアッタ。帝国ヲ興シタノモ、自分ヲ満足サセル為デアッタ」


 ミリミーはアウグストの表情に、どこか寂しげなものを感じていた。


「今ハ、リリナナ様ノ術ニヨッテ、ココニ存在シテイル。一人デハ、歩クコトスラ出来ナイ。死シテ尚、コノ世ハ面白イ」

「嫌じゃないってこと? 今の暮らしも」

「ソウダ」


「もし……」と言って、ミリミーは立ち上がる。


 背後から陽の光が彼女の身体を照らした。アウグストは眩しそうにする。


「生き返れるとしたら、どうする?」

「……」

「スキル【同期】を使えば、同期先の相手は強制的に私と同じ状態になるの。だから、もしかしたら……」

「ソレ以上ハ、止メテオケ」

「……うん。分かった……。もう拠点に戻ろうか? お兄ちゃんが心配して探しに来ちゃうかも」


 そう言ってミリミーは大岩から軽く飛ぶ。アウグストは恐る恐る、降りた。二人が揃うと、拠点に向かって歩き始める。


「ソウ言エバ……」

「うん? 何かあったの?」


 落ち葉を踏み締める音が響く。


「リリナナ様ト、バンドウガ結婚シタソウダ」

「えっ……!? 本当?」

「本当ダ」

「お祝い、何にしようかな〜」


 急に少女らしい顔になったミリミーを、アウグストは優しく見守りながら、歩き続けた。

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