第57話 閑話 チェケとドロテア

「チェケ! お酒!! ストレートで頂戴!!」

「ドロテアさん! 今日も飲み過ぎですよ!」


 リザーズ拠点にある大広間の一角。木製のカウンターには酒瓶とグラスだけが置かれている。


 カウンターの内側にいるのは女装した男、チェケ。客は決まって一人の女。当代の聖女ドロテアだ。


 魔王が存在しなくなった今、聖女はその役目から解放されている筈だ。ただ、彼女はいまだにリザーズにいた。


「もう、悩みも無くなったでしょ!? いい加減お酒を控えてください!!」

「そんなことないわ! 一つ悩みが解決すれば、次がやって来るの!! そーいう風に出来てるの!!」


 胡乱な目付きのドロテアはカウンターを叩き、チェケは渋々酒をグラスに注いだ。


「次の悩みはなんですか?」

「かぁぁー。ストレートは効くぅ」

「ドロテアさん……怒りますよ……!?」


 と言いつつも、チェケの顔は普段通りだ。多少の呆れは含まれているものの、この程度で怒っていてはドロテアの相手は務まらない。


「……もう、世の中の人にとって聖女は必要ない存在でしょ? 今まではその役割が怖くて逃げてきたけど、今度はなんだか空っぽになったみたいで……。私、これからどうやって生きていけばいいのかなって……」

「おっ、意外とまともな悩みですね」

「どーいう意味よ……!?」


 チェケの軽口にドロテアは酒を煽る。


「別に周りとか関係なく、自分のやりたいように生きればいーんじゃないすかね?」

「やりたいように……難しいこと言わないでよ! やりたいことなんてそんな簡単に見つからないの!!」


 ドロテアが声を張り上げたタイミングで、それより更に大声が広間に響いた。


「大変なことが起きたぜ!!」


 鮫島だ。二人を見つけるなり駆け寄ってきて、カウンターに着く。


「サメジマっち、帝国から戻って来たんすね。お疲れ様っす。で、何が起きたんすか?」


 チェケは愛想良く接するが、ドロテアは露骨に嫌な顔をする。男性嫌いは相変わらずなのだ。


「番藤とリリナナが……」

「が……?」

「結婚した!!」

「ええぇぇぇ……!! マジっすか……!?」


 声には出さないが、ドロテアも驚いたようで目を見開く。


「結婚式とかやるんすかねぇ……!? 参列者がとんでもないことになりそうすけど」

「いや、当分やらないらしい。その代わり、新婚旅行で亜人大陸に行くってよ!」


 亜人大陸。人大陸でも、魔大陸でもない未知の場所。


「他の奴等にも伝えないと!」と言い残し、鮫島は去って行った。


 カウンターの端に避難していたドロテアは、チェケの正面に戻る。


「どうしたんすか?」

「えっ……」

「何か、急に表情がスッキリしたっていうか。いいこと思い付いた! みたいな顔してるっすよ」

「そう……?」


 ドロテアは両手で自分の顔を触って確かめる。


「まさか、結婚したくなったとか……!?」


「そんなわけないでしょ……!!」とドロテアは怒鳴り、グラスでカウンターを叩こうとして、自ら止める。


「旅してみようかなって」

「おっ、いいっすね」


 チェケは気安く答えた。


「じゃあ、チェケはボスに休職届けだしなさいよ!」

「えっ……!? なんで俺も巻き込まれてるんすか……!?」

「『やりたいように生きれば」って言ったのはチェケでしょ! 付き合ってもらうからね!!」


 まぁ、明日になったら忘れているだろう。


 そう考えたチェケは曖昧に笑って話を流した。しかし、聖女の記憶はしぶとかった。


 翌朝、すっかり旅支度をしたドロテアがチェケの部屋の前で待っていたという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る