第56話 閑話 イザベラとシトリー
「リ……シトリー」
イザベラはまたやってしまったと頬を掻く。いまだにシトリーという名前に慣れないようだ。
シトリーは魔人の証である頭の捻れた角を隠していない。しかし、冒険者リドリーの記憶がイザベラには強く残っていた。
「なんだい? イザベラ」
リザーズの拠点内にある食堂。二人は遅い昼食をとっている。
「あなたは魔大陸には戻らないの? バンドウに頼めば魔人達に話はつけてもらえる筈よ」
イザベラの表情はかたい。じっとシトリーの返事を待っている。
「戻るつもりはないよ」
「本当……!?」
思わず声が弾む。
「バンドウは狡猾で何をやらかすか分からない男だけど、妹を、ミリミーを救おうと言ってくれた。他の魔人達、それに俺も、聖女を封じる為に犠牲は必要だと信じ込んでいた。でも奴はとんでもない手段でミリミーと聖女、テテト様まで救ってしまった……」
「だから、リザーズに残って恩返しをするってこと?」
「俺に出来ることはやるつもりだ。それに、ここにはイザベラがいる」
イザベラは食事の手を止め、頬を紅潮させる。2人きりの食堂。見つめ合う。そこに──
「大変なことが起きたぜ!!」
無遠慮な声が響く。せっかくのいい雰囲気を壊され、イザベラは噛み付くような目で振り返った。
鮫島だ。ザルツ帝国に行っていた筈なのに、いつの間にか帰って来ていたようだ。走って来たようで、息が荒い。
「何があったんだ?」
シトリーは立ち上がり、鮫島を出迎える。
「へへ。どーしよかなぁ〜」
イザベラは右手に魔力を込める。
「王国がまた冒険者でも送ってきたのか?」
「いや〜。そーいうことじゃないんだよなぁ〜」
イザベラは小さな声で【エアハンマー】と呟く。風で出来た槌が鮫島の頭を横殴りにした。
「ちょっと! 何しやがるんだ! 痛てぇだろ!」
「うるさいわね! 勿体ぶらずにさっさと何があったか言いなさい!!」
「怖えぇ」と言いながら、鮫島は二人の方に寄ってくる。
「番藤とリリナナが、結婚した」
「「えっ……!?」」
イザベラとシトリーは顔を見合わす。お互い、口も目も大きく開いている。
「急に何でそうなったんだ?」
シトリーが尋ねると、鮫島は意味深な顔をする。
「コルウィルが光って、皇帝ガリウスが証人になったら、二人は結婚してた」
「もっとちゃんと説明しなさいよ!」
「ちゃんと説明してる!!」
シトリーは「まあまあ」とイザベラと鮫島をなだめる。
鮫島は「他の奴等にも伝えないと!」と言いながら去っていった。また、食堂には二人だけになる。
「結婚って、バンドウは元の世界に帰らないつもりかしら?」
「そうじゃないかな? もし帰るとなっても、リリナナならついて行きそうだが……」
「そうね」とイザベラは笑う。そして続けた。
「魔人にも結婚って制度はあるのよね?」
「あぁ。人間と同じかは分からないけれど」
イザベラの瞳は熱っぽい。
「人間と魔人が結婚したら、どうなると思う?」
「……試してみないと分からないな……」
シトリーの言葉をイザベラは前向きに受け取ったようだ。
その後、リザーズの拠点内で魔人の手を引いて意気揚々と歩く、女冒険者の姿が見られた。
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