第53話 大! 決! 戦!
帝国と王国と神国の境界にある空白地帯。常に強風が吹き荒れるその土地は、カルダノの丘と呼ばれていた。
緑はなく見渡す限り灰色が広がっている。
普段は人間どころかネズミ一匹すら見かけることのない場所。しかし、今は少々趣きが変わっていた。
三国がそれぞれ天幕を張り、丘を囲むように陣地を構えている。その後では噂を聞きつけた冒険者や商人達が好き勝手に野営をし、昼夜を問わず騒がしくする。
日に日に人々の数は増え、カルダノの丘の人口は街と呼べるほどになっていた。
彼等が集まった目的は一つ。
『盗神コルウィルと魔王テテトの決闘』
ザルツ帝国皇帝ガリウスが人大陸中にバラ撒いた書簡の中身は魔人の出現に怯える人間達にとって、唯一の希望となっていた。
勇者も聖女も当てにならない中、縋れるのはコルウィルだけ。
S級冒険者すら霞む程の実力の持ち主。
龍を従える者。
人々の口から聞こえてくるのはコルウィルの名前。
決戦の時は近い。
#
空は厚い雲に覆われ稲光すら見える。嵐が地上の砂を巻き上げ、視界の全てが暗く、そして不穏だった。
一人の男が空を指差した。
巨大な鳥の魔物が雲を割って次々と降りてくる。
「魔人だ!」
視界を埋めるロック鳥の両翼。人の姿を見て興奮し、甲高い鳴き声を上げた。
怪鳥に吊された魔人達は次々とカルダノの丘に降り立ち、人間達を睥睨した。
それに呼応するように、三国の騎士達がタワーシールドを構える。これから始まる戦いに備えているのだ。
──バリバリバリバリッ……!!
雷が大気を引き裂く音に人々は耳を塞ぎ、瞼を閉じる。
勇敢な少年が一人、空を見た。
「ドラゴン!!」
雷雲の中から現れたのは水晶のように輝く鱗を持った龍だった。
カルダノの丘の上空を値踏みするかのようにぐるぐると廻る。そして──
「コルウィルだ!!」
龍の背から一人の男が飛び降りた。その身は加速し、地面へと迫る。
ダンッ!! と着地音。舞い上がる塵芥。それが晴れると、偉丈夫が姿を現した。
魔人達の集団を前にしても、全く恐る様子はない。悠然と構えるのみ。
しかし、彼を見つめる人間達はそうはならない。
感情が一気に沸き立ち、歓声を上げる。地面を踏み鳴らし、コルウィルの名を叫ぶ。
ドンドンドンドンッ! と戦端が開かれるのを催促する。
いよいよ始まる……。誰もがそう思った瞬間、魔人の集団が二つに割れた。そして、一人歩み出る。
少年だった。頭に捩れた角があるので人間ではない。他の魔人達と比べると背は半分ぐらいだろうか。
少年は静かに歩く。そしてコルウィルと対峙した。
あれが魔王なのか? まだ子供ではないか?
構うものか。捻り潰せ。魔王が死ねば魔人達は大人しくなる。
冒険者や商人達が口々に罵りの言葉を吐き出す。それは呪詛になって空間を埋めた。風に乗って土埃と一緒に魔王へと届けられた。
魔王が右手を挙げる。掌にある禍々しい印が輝くと、大気が震え始めた。
各国の騎士達が君主を守ろうと、盾を握る手に力を込める。
コルウィルも身構え。
──ダンッ! と魔王テテトが踏み込み、地面が割れる。弾けるように飛び出す小さな身体はコルウィルの手前で止まり、全てのエネルギーを右手に集約してぶつけた。
コルウィルの身体がくの字に折れ、そのまま数十メル吹き飛ばされた。歓声が呆気なく悲鳴に変わる。
が、当のコルウィルにダメージはない。起き上がると、首を左右に振る。「こんなものか?」というように。
その様子に歓声が復活する。再び地面を踏み鳴らし始める。今度は盗神の番だ。
コルウィルが脚を開いて腰を落とした。拳を握って深く息を吸う。そして一気に吐き出す。と共に、身体が紫色の稲光に覆われた。
紫電はバチバチと鳴り、魔王を威嚇した。
瞬き一つが命取りとなる。その場にいる全員が目を大きく見開く。しかし──
コルウィルは消えた。音だけを残して。
テテトの周囲でタンッ! タンッ! タンッ! と地面が鳴り、土埃が舞う。しかし、姿は見えない。
誰もが息を呑んだ。
「そこッ!」
魔王の叫び声。突き出される右の拳。だが、虚空を撃つのみ。
「甘いっ!」
テテトの背後に現れたコルウィルが静かに掌を当てる。
小さな身体を容赦なく揺さぶり、弾き飛ばす。魔人達がざわめき、それを人間の歓声が掻き消した。
されど魔王だ。直ぐに立ち上がり、再び右手を挙げる。掌の印が怪しく光り、ずるずると何かが出て来る。
それは、漆黒の剣だった。テテトは自分の身丈よりも長い剣を軽々と扱う。
「面白い手品だな。では、俺も」
コルウィルはその身に纏った紫電を解除し、右手で天を指す。
空で何かが煌めいた。黄金色に輝くそれは、コルウィル目掛けて真っ直ぐ落ちてくる。
カルダノの丘に突き立ったのは金色の剣だった。目を細めるほどの輝きを放つ。魔王の持つ漆黒のそれとはあまりにも対極。
コルウィルが剣を手にすると、輝きはより一層増す。主を得て喜ぶように。
二人は剣を構えジリジリと距離を詰める。一足一刀の間合い。魔人も人間も、呼吸すら忘れて見入る。
先に動いたのはまたしても魔王テテト。
鋭い踏み込みから、漆黒の剣を袈裟に振り下ろす。が、余りにも素直な手であった。コルウィルは難なく剣の腹で受けると、むんずと押し返し、金色の剣を横薙ぎにする。
黄金色の光が魔王の胴体を掠める。小さな身体は勢いよく回転し、着地と同時にまた飛び出す。
それからは激しい剣戟が続く。両者一歩も譲らず、二人の振るう剣が風を生み出し──
「浮いてる……」
誰かが呟く。
コルウィルとテテトは互いに剣で斬りつけながら、徐々にその戦いの場を空へと移し始めた。彼等に地上は狭すぎたのだ。
金色と漆黒がぶつかり、大気を震わせる。
二人は更に高く舞い上がり雲の中へと……。
「どうなったんだ……!?」
戦いの行方が分からなくなり、人間達の間に動揺が広がる。コルウィルが負けるとは思えない。しかし、相手は魔王。何が起きても不思議ではないのだ……。
一天をあまねく覆う凄烈な光が、見上げる人々の瞳を襲った。
新しい歴史が始まる瞬間。
暗い雲を突き破って降りてきたのは、金色に包まれたコルウィル。そして、剣にその身を貫かれたテテトだった。
二人は流星のようにカルダノの丘に墜下する。そして、地表を破り、地下深くへと……。
「コルウィルが勝った……」
最初に口にしたのは、法王ペルゴリーノだった。それは漣のように広がり、やがて大きなうねりとなる。
コルウィルの勝利。身分も立場もなく、人間達は欣悦に身を委ね、はしゃぎ回る。
魔人達は微動だにしない。できない。王が敗れたのだ。金色の刃に貫かれ……。
歓喜の渦の中、一人の少年がふと我に返り。
「コルウィルは何処に行ったの?」
するとカルダノの丘が揺れた。何度も。何度も。少年の疑問に答えるように。
今度は一体何が……!?
人々は鎮まり、静かに耳を傾ける。
地中から歌声のようなものが聞こえた。それは何かを祝うような声色だ。どんどん大きくなる。
コルウィル達が落ちた辺りが、俄かに明るくなった。光り輝く何かが浮かび上がってくる。
それは、人間達に畏怖の感情を与えた。
「神……!」
法王ペルゴリーノが椅子から飛び上がり、身を投げ出し五体投地した。光に神性を感じたからだ。
周囲の司祭達もそれに倣う。
光は天を突くように登っていく。
後の歴史書にこの出来事は「コルウィルの昇天」と記された。
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次回は「大! 決! 戦! の裏側」です!!
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