第52話 使者
「また街道に魔人が出やがった! 商売上がったりだ!」
エールの入った木製のジョッキをドンッ! とカウンターに叩きつけ、商人風の男が愚痴る。
「アルマ神国にもザルツ帝国にも現れているらしい」
隣の席に座っていた冒険者が赤ら顔で返す。
「勇者も聖女もどこに行っちまったんだよ!」
「王国の勇者の大半は貴族に引き抜かれたそうだ。聖女はリザーズに誘拐されたと聞いたが、真相は分からない」
「このままじゃ魔人達のやりたい放題じゃねえか! 国王はなにしてるんだ!」
商人の声が店内に響くと、客は皆同意した。ガルド王国国王の威信は既に地に落ちているのだ。
「誰か魔人達を止められないのかよぉ!」
「S級冒険者にでも頼むしかない」
「そんな金あるわけねぇだろ!!」
商人の声には更に熱が入る。カウンターに立つ店主がしかめ面をした。
「じゃぁ、神にでも願うんだな」
冒険者が強い酒を舐めながら、吐き捨てた。
「アルマ神が頼りにならないからこんな状況になってるんだろ! さっさと神託を下して次の聖女を選定すればいいのに! どうなってやがるんだ? アルマ神国から若い女は消えちまったのか……!?」
「消えたのは神の方かもしれんぞ」
冒険者の声に店内がしんとした。
「……そんなこと、あり得るのか……?」
「神話を読んだことないのか? 神々の争いの中で封印された神の話なんていくらでもあるだろ?」
「けっ! 冒険者の癖に博学なこった。そしたら、何か? もうアルマ神はいなくなっちまったのか? じゃあどうするんだよ? 魔人達に人大陸は支配されちまうのか?」
「さあな。ただの冒険者にそんなこと分かるわけないだろ。ただ──」
冒険者はグラスに入った酒を一気に煽った。
「新しく神が生まれることもあるという」
「新しい神?」
「そうだ。人々の信仰が集まれば、神は生まれるんだ」
「へっ! そんなに簡単に神が生まれたら世話ないぜ!」
商人はエールを飲み干すと、カウンターに代金を置いて立ち上がる。釣られたように冒険者も席を立った。
そして二人、酒場を後にして夜の王都に消えた。
#
「また商人ギルドから陳情が上がってきております」
ガルド王国宰相は疲れ切った声で報告した。執務室の中にエミーリアの溜め息が響く。
「内容は?」
「相変わらずです。街道に現れる魔人をなんとかして欲しい。と」
「大した被害は出ていないのに何をしろと言うの? 商人ギルドには馬鹿しかいないのかしら? 王国軍が遠征中なのは知っているでしょうに」
エミーリアは心底呆れた様子だ。
「しかし……商人以外からも不安の声が上がっているのは事実──」
「私にどうしろと言うのよ!!」
「申し訳ございません……」
宰相は項垂れる。そして、確信した。現在の王家の終わりを。
国王に反旗を翻した公爵軍と王国軍の戦いは激しさを増している。今のところ、辛うじて均衡を保っているが、王国軍の士気は低い。
国がこんなにも荒れたのは、国王のせいだと誰もが分かっているのだ。
──コンコンコン。
突然、執務室の扉が叩かれる。
「何用だ?」
「帝国から使者が参りました!」
エミーリアと宰相が顔を見合わせる。王国から勇者を掠め取った帝国が、何の用かと。
「分かったわ。準備をしたら向かうから、待たせておいて」
扉の向こうから場違いに威勢のよい返事が響いた。
#
「本当に……! 使者は『カルダノの丘』と言ったのか……!!」
「はい。ここにもそのように書かれております」
法王ペルゴリーノは帝国の使者から渡されたという書状を司祭から奪う。
「カルダノの丘……」
「そこに何かあるのですか?」
「いや……」
ペルゴリーノは言葉を濁す。歴代の法王だけが知る、禁足地。そこに何があるのかは知らないが、何かあるのは間違いない。
「で、どうなさいますか? 盗神コルウィルと魔王テテトの一騎打ち。アルマ神国としても立ち会う必要はあると思われますが──」
「分かっておる!」
石になった聖女では魔王を倒すことなど出来ない。それを悟ったコルウィルが魔王を引き摺りだしたのだろう。しかし、何故、カルダノの丘なのか……。確かに、どの国にも属さない土地ではあるが……。ペルゴリーノは困惑を隠せない。
「決戦の日は30日後です」
司祭が促すと、ペルゴリーノは一度こめかみを押さえた後、観念したように口を開いた。
「コルウィルに賭けるしかない」
「では、遠征の準備を進めます」
司祭は踵を返し、法王の間から去っていった。
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