第50話 魔王
魔王城の一番高いところで寝起きする少年の名前は、テテトといった。華奢で弱々しい見た目にも関わらず、彼はそれなりに敬われている。
何故なら、右の掌にある紋様が存在しているからだ。魔人達はそれを「王印」と呼んだ。王印を持つ者は魔人達を率いる。つまり──
魔王。テテトは魔王であった。まだ生まれて八年も経っていない、幼い王。
魔人達は成長さえすれば彼は逞しくなり、圧倒的な力を持つと信じていた。足りないのは時間だと……。
「ゴフッ……ゴフッ……」
深夜、テテトは自分の咳で目を覚ました。どんな暗闇をも見通す魔眼で天井を眺める。
「はぁ……またか」
誰に聞かせるわけでもなく、独りごちる。
「僕に取り返せるわけないよ。こんな僕に……」
痩せた右手を顔の前に持ってきてぼんやりと王印を見つめる。
「なんで、こんなモノがあるのかなぁ」
彼は自分の境遇を呪っていた。母親はテテトを産んで死んだ。顔も知らない。物心がついた頃には既に、魔王城のこの部屋にいた。
「僕が死んだら、次の魔王が生まれればいいのに……」
希望を口にするが、それが叶わないことは分かっていた。
テテトの中には、「どうやって魔王が生まれたのか?」「魔王の役割は何か?」の知識と、彼を誕生させた魔神タルフィーの怨念が刻み込まれていた。
「はぁ……右手が痛いよぅ」
普段は隠している弱音が、思わず溢れた。
ジッとしていると、魔神タルフィーの怨念が彼に痛みを与える。
『早く人間共から我が身を取り返せ』
耳を塞いだところで、何も変わらない。その声はテテトの頭の中に直接響いている。
テテトは右手を左手で覆い、痛みが治るまでジッと耐えていた。
#
「魔王様! 起きてください!」
テテトはその声に絶望を感じた。明け方になって、やっと眠れたというのに、緊迫感のある声が彼の眠気を吹き飛ばした。
転がりながらベッドから下りて扉を開けると、リンパクの顔があった。普段は何があっても動じない上級魔人の顔が引き攣っている。いよいよ只事ではない。
「おはよう、リンパク。そんなに慌ててどうしたの?」
「ニドホッグ様が現れました!」
ニドホッグ。魔大陸の北の外れにある山に住む氷の龍。今は人間に襲われた傷を癒す為に、寝床に篭っている筈だ。
「ニドホッグ様が……。なんの用だろう? 僕を呼んでいるの?」
「はい……。魔王様との会談を望まれております」
「僕と会談? ドラゴンが入れる部屋なんてないけど、外でやるのかな?」
テテトが敢えておどけてみせるが、リンパクの表情は変わらない。
「……魔王様との会談を申し込んでいるのはニドホッグ様ではなく、盗神コルウィルです……」
「えっ!? ここに来ているの? 盗神が?」
「来ております。ニドホッグ様に籠を引かせて。氷の龍を馬か何かのように扱っています」
テテトは青ざめる。とても今の自分が敵う相手ではない。いや、成長したって適うものか。自分は出来損ないの魔王なのだ。
過去のどんな魔王よりも貧弱で、戦う力はない。ただ、魔神の怨念に苦しめられるだけの存在。
「断ることは──」
「魔王城が吹き飛ばされても?」
「……わかったよ。リンパクは同席するよね?」
「はい……。そのように提案致します」
リンパクは厳しい顔のまま、魔王の居室から去っていった。
一人残されたテテトは力なくベッドに腰を下ろし、身体がぺたんこになるまで息を吐いた。
#
リンパクの提案で、盗神との会談は円卓のある大広間で行われることになった。コルウィルがどんな人物なのか分からない。円卓であれば上座も下座もなく対面することが出来ると。
「何の用件なのかな……?」
「見当も付きませぬ」
リンパクは直立不動のまま答える。老獪な筈の上級魔人に一切の余裕がない。盗神とはそれほどなのかと、テテトは更に手を固く握った。
扉の向こうに気配を感じた。テテトが魔眼に力を込める。彼の瞳は、対象の力を光の強さで測ることが出来た。力が強ければ強いほど、輝いて見えるのだ。
扉が開いた瞬間、今まで見たことのない光が飛び込んできた。思わず瞼を閉じるほどの……。これが、神の領域に足を踏み入れた男……。
テテトは息を大きく息を吸ってから、入ってきた黒目黒髪の男に声を掛けた。
「初めまして。コルウィルさん」
「残念。俺はバンドウだ」
バンドウ? 光を纏った男は聞いたこともない名前を告げた。
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