第49話 皇帝と盗神と聖女と番藤

「よく来たな! バンドウ達、そして盗神コルウィルよ!!」


 皇帝の間に覇気の籠った声が響く。しかし、その主の顔は厳しいものではなく、どちらかと言うと笑顔。いや、ニヤついていた。


「陛下、何故その呼び名を……!? まさか、バンドウから……!?」


 膝を付き、顔を伏していたコルウィルが勢いよく振り返り、背後に立つ俺達の方を見た。


「いや。俺じゃない」

「私でもない」


 リリナナと一緒に「違う違う」と手を振る。


「なら、一体何処から漏れたんだ……?」


 コルウィルの呟きを聞いて、皇帝ガリウスが満足そうに頷いた。きっと、このリアクションを見たかったのだろう。


「アルマ神国で冒険者に捕まった下っ端の魔人が吐いたそうだ。『人大陸には神の域に足を踏み入れた男がいる。名は盗神コルウィル』とな」

「間抜けな魔人め……。余計なことを言いやがって……」

「はっはっはっ! 愉快だぞ! まさか我が配下から神が生まれるとはな……!!」


 ガリウスは大声で笑い、コルウィルは縮こまる。


「それにドラゴンまで仲間に加えるとは! 帝都上空に氷龍の姿を見た時は、流石に肝を冷やしたぞ!」

「氷の龍の件は、バンドウとリリナナが初代皇帝陛下を使ってやらかしたのです……」


「ほぉ」と興味深そうに声をあげ、皇帝は顎に手をやる。


「ご先祖様は元気か? リリナナよ」

「ん。とても元気。スクスク育ってる」


 元気に育つ、老人のミイラとは……?


「それは良かった。で、そろそろ返してもらってもいいかな?」

「今日はお部屋に置いてきたから無理。また今度」

「そうか……」


 嘘である。アウグストは常にリリナナの影に潜んでいる。【現出】を使えばいつでも呼ぶことが出来る。


「陛下。本題に入らさせて頂いても宜しいでしょうか?」


 未だ膝を付いたままのコルウィルが、気を取り直して上申した。


「そうだったな。そのままでは話し難いだろう。コルウィルよ。楽にせよ」


「はっ!」と返事をして立ち上がるコルウィル。ゆっくり息を吸ってから、続ける。


「実は先日、聖女の石化を解除出来ました……」

「おぉ! なんと! 出来したぞコルウィルよ! 今日、聖女は連れて来ているのか?」

「はい……。部屋の外におりますが……」


 声が暗い。ドロテアの状態を考えれば当然だろう。


「どうした? 何かあったのか?」

「陛下。今から聖女を呼びますが、どうか寛大な心でお願い致します」

「余はザルツ帝国の皇帝だ。大局を見ておる。些事にいちいち腹を立てたりなどせん。聖女を連れてくるのだ」


 後悔するなよ。皇帝ガリウス。


「チェケ! 聖女を!」


 コルウィルが声を張ると、皇帝の間の扉が開く。姿を現したのは、両脇をチェケとミリミーに支えられた聖女ドロテアだ。自分で立って居られないほど、泥酔している。


 ドロテアに「皇帝に謁見する」と告げると、「緊張する!」と言って酒をラッパ飲みしたのだ……。


「これが聖女……。具合でも悪いのか?」


 ガリウスが目を丸くしている。


「いえ。ただ酒を飲み過ぎただけです。聖女ドロテアは心理的な負荷に少々弱く、酒を飲まないと平常心を保てないのです」

「今も、保っていないように思えるが……」


 その通りだ。


「聖女ドロテアよ。陛下に挨拶を」


 コルウィルが促すとむくりと顔を起こし、にへらと笑う。


「はじめまして! もう結構歳なのに全然枯れてなくて、男を全面に出してくる人、本当にキモいでふね!!」


 ガリウスの眼光が鋭くなる。


「それは、余のことを言っておるのか……?」

「余のことを言ってるけど! もう、本当に男って嫌い!」


 皇帝の間が凍る。ガリウスの怒気に、脇に控える近衛騎士がオロオロし始めた。コルウィルも緊張し、何も言えなくなる。


 ここは俺が取り成すしかない。


「ガリウス。大局を見ているんだろ? 許してやってくれ」

「べ、別に怒ってはおらん!」


 青筋を立てながら、怒鳴る。


「聖女ドロテアは男性が苦手なんだ」

「苦手と言っても、勇者とパーティーを組んでもらわねば困る。ザルター達もその為に厳しい修行を行なっているのだ」


 猿田達が帝国の監視の元、毎日のように魔物狩りを行っていることは聞いていた。だが、聖女とパーティーを組ませるわけにはいかない。奴等の為にも。


「その件について新たな事実が分かった。聖女に代わり、俺が説明する」


 ガリウスは一旦怒りを鎮め、俺の話に耳を傾け始めた。



#



「そんな仕組みになっておったのか……。代々の勇者は魔王との戦いで命を落としたのではなかったのだな……」


 ガリウスは聖女システムの概要を聞いて神妙な顔をする。


「おまけに今回の聖女は男嫌いときている……。ただ、聖女の性癖についてはまだ、魔人達に漏れていない」


 ガリウスが聖女を支えるミリミーに一瞥をくれる。


「シトリーとミリミーは大丈夫だ。コイツらは既に魔人達に対して重大な裏切りをした。今更戻ることは出来ない」


「信じよう」とガリウス。しかし今後の案が浮かばないのか、ジッと眉間に皺を寄せて唸っている。


「今、魔人達が一番恐れているのは盗神様だ」

「そうだな……」

「コルウィルの名前で、魔王に会談を申し込もうと思う」


 皇帝の瞳が見開く。


「魔王に? そんなことが可能なのか……?」

「氷龍ニドホッグを挟めばなんとかなると踏んでいる。最悪、アウグストを使って側近どもを操ればいい」


 ガリウスはアウグストの能力のことをリザーズメンバーから聞いているのだろう。苦い顔をしながらも「確かに……いけるのか……」と呟く。


「俺は不思議なんだ。何故、魔人は人間ばかり狙う? 今までの歴史の流れを聞く限り、魔王が生まれて攻めるのは必ず人大陸だ」

「それはずっと、人間と魔人が敵対しているからだろう?」

「では、敵対するきっかけは……?」


 ガリウスから回答はない。


 この大陸の奴等は「人間と魔人は敵対するもの」とアルマ神に信じ込まされてきたのだ。ずっと。


「魔王ならば、何か知っている筈だ。聖女が知っていたように……。俺に任せてくれないか? 帝国に悪いようにはしない」


 皇帝はしばらく腕を組んで唸った後、溜め息を吐くように「任せる」と言った。

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