第40話 裁判

「それでは開廷する! 被告人を起こせ」


 俺がそう宣言すると、鮫島が意識を失っていた魔人シトリーに水をぶっ掛けた。濡れた頭髪の間から、魔人特有の捻れた角が見える。


「おい! 目を覚ませ!」


 鮫島が小突くと、シトリーは眩しそうに瞼を開いた。


「被告人は名前を名乗れ」


 頑丈なロープで雁字搦めにされたシトリーはもがき苦しむが、当然逃げられない。鮫島が腕力で無理矢理椅子に抑えつける。


「魔人シトリーよ。名前を名乗れ」

「……」


 何故名前を知っている? という表情だ。


「もう一度言う。シトリーよ。名前を名乗れ」

「……シトリーだ」


 必死に状況を把握しようと、シトリーは目玉を回す。そして、顔に絶望を浮かべた。


 拠点の大広間にほとんどのリザーズメンバーが集まり、傍聴席を埋めていたからだろう。


「それではこれより、被告人に対する不法侵入及び強姦未遂について審理する。リリナナ。起訴状を朗読しなさい」


 リリナナがひょこりと椅子から立ち上がり、前に出た。


「魔人シトリーは勝手にリザーズの拠点に入った。悪い。あと、聖女と私にいやらしい視線を送った。舐めるように。とても悪い。審理、お願いします」


 リリナナは礼をして、自分の席に戻る。


「シトリーよ。今、リリナナが朗読した起訴状について尋ねる。起訴状の内容は正しいか? 反論がある場合は述べなさい」

「……」


 まだ状況を飲み込めていないのだろう。シトリーは目を泳がす。


「内容を認めるのか?」

「いや! 俺はいやらしい視線など送っていない!」


 このままでは不味いと思ったのだろう。急に大声を出す。


「不法侵入については認めるのだな?」

「……」

「認めるのだな?」

「……認める」


 侵入したことは紛れもない事実だ。流石にそれを否定するほど、面の皮は厚くないらしい。


「強姦未遂について証人アウグストに尋ねる」


 リリナナが指示を出すとアウグストが立ち上がり、前に出た。


「証人アウグストよ。被告人シトリーは聖女とリリナナに対してどのような視線を送っていたか?」

「目ヲ血走ラセテ凝視シテイタ」


 シトリーがまた暴れる。


「それは……! 聖女が動いたから……!」

「強姦しようとしたのか? 悍ましい奴め」

「ふざけるな!」


 まだ、自分が置かれている状況を理解していないようだ。


「それでは、被告人に対する判決を次の通り、言い渡す。主文、不法侵入及び強姦未遂の罪により、魔人シトリーは死刑!」


「死刑!」とリザーズのメンバー達が声を合わせて張り上げる。シトリーは暴れるが、鮫島がまた押さえ付けた。


「と、言いたいところだが、俺は殺生が嫌いでな。それに、お前とお前の妹の境遇を不憫にも思っている」

「……何故、それを……」

「シトリー。お前が喋ったのだ。どうやって聖女を封じたのか。事細かく。アウグストのスキル【盲従】で操られてな」


 シトリーは青ざめる。


「お前の妹の固有スキル、【同期】と言ったか。なかなか面白いスキルだ。自分の状態を一方的に相手に複製出来るとはな。しかし、自ら石化するとは驚いた」

「俺はそこまで話したのか……」


 項垂れる。


「シトリー。お前はそれでいいのか? 自分の妹が永遠に石化したままで?」

「仕方ないことなんだ! 聖女を封じる為には!」

「俺はこの星の人間ではない。聖女や勇者、そして魔王にこだわるお前達が滑稽で仕方がない。もっと自由に生きるべきではないか?」


 シトリーだけではない。リザーズのメンバーまで聞き入っている。


「自由……」

「魔王が力をつけ、この大陸を支配したとしよう。それで、お前は笑えるのか? 妹は永遠とも思える時間を石化したまま過ごすのだぞ?」

「俺はどうすればいい……?」


 顔を上げ、じっと俺を見つめる。


「簡単だ。魔人を、魔王を裏切って、リザーズに下れ。そうすれば、妹は助けてやる」

「それで、お前になんの得がある?」

「はぁ」


 思わずため息が出た。


「損得じゃないんだよ。面白いか、面白くないかだ。俺はお前の話を聞いて、面白くないと思った。だから、面白くする。それだけだ」

「本気で言っているのか?」


 答えを求めて周囲を見渡す。田川が立ち上がり、シトリーに近寄った。


「あのねー。番藤くんは本気だから諦めた方がいいと思うよ」


 田川がそう言うと、リザーズ一同が一斉に頷いた。


「分かった……。妹を助けてくれ……」

「よし。決まりだな。鮫島、縄を解いてやれ。あと、シトリー。冒険者ギルドで渡された魔道具を出せ」


 久しぶりに自由の身となったシトリーは身体を確かめるように動かし、胸から革製の小袋を取り出した。


「これで、何をするつもりだ?」

「ちょっと最近、王国の動きが鬱陶しいからな。こいつで、少し落ち着かせる。魔大陸に行くのはそれからだ」


「よく分からない」とシトリーは首を捻るのだった。

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