第39話 大作戦

 イザベラが連れてきた【遠見】のスキルを持つ冒険者が囮部隊の様子を報告した。


 五つのパーティーが闇に紛れてリザーズの拠点へと進んでいる。彼等に表向き与えられている依頼は「リザーズのメンバーを捕獲して王都に連れ帰ること」だ。


 しかし、依頼元であるガドル王国王家は囮部隊がリザーズメンバーを捕えられるなんて思っていない。


 S級冒険者ですら、リザーズと正面からやり合えば失敗するのだ。「搦手で行くしかない」というのは王家と冒険者ギルド、共通の認識だった。


「えげつない数のアンデッドだぜ」


 斥候役の冒険者は「怖い怖い」と他人事のように言う。


「安全なルートは見つかりそう?」


 一方のイザベラは軽口には付き合わず、真剣だ。


「俺の【遠見】と【索敵】を信じろ。拠点正面のアンデッドはほとんど囮に引きつけられている。少人数であれば抜けられる筈だ」


 少人数とはシトリーとイザベラ、そして斥候役のことだ。


「信じているわ。でも、リーダーとして慎重になるのも分かって」


「へいへい」と斥候役は頭を掻く。


「リドリー。魔道具を渡しておくわ。拠点内に撒く時は必ずスイッチを押してからにしてね。稼働してないと、ただの石ころだから」


 イザベラが革製の小袋をシトリーに渡す。持ち逃げを心配してか、作戦決行の直前までリーダー自ら管理していたようだ。


「さぁ。気を引き締めて。行きましょう」


 イザベラ、シトリー。そして斥候役の気配が途端に薄くなった。三人とも実力者。音もなく歩き始めた。



#



 リザーズの拠点に着くまでの道のりは、ひどく順調だった。途中の戦闘はたったの三回。森に出るアンデッドの中でも最弱のゾンビと出会しただけだった。


 何も、イザベラが瞬殺している。



 目的地は近い。【遠見】のスキルが無くても、視界に映るぐらいに……。


 事前の情報で、リザーズの拠点は深い空堀に囲まれていると分かっていた。


 囮部隊にはロープを射出出来る特殊なボウガンが渡されていたが、それが役に立つかは未知数だ。


 イザベラ達は当然のようにそんな物は持っていない。いや、持つ必要はなかった。


 斥候役がハンドサインで「止まれ」と合図した。これ以上近寄れば、リザーズ拠点の入り口に立つ二人の見張りに気付かれる恐れがある。


 三人、顔を見合わせる。


 イザベラがシトリーの左手を握った。潜入の合図。


 シトリーは小さく小さく「【隠伏】」と呟いた。その身の輪郭が曖昧になり、闇と同化する。手を握っているイザベラさえ、そこに誰かいるとは気付けない。


 ただ触覚だけを頼りに次のステップへと移る。


「【飛翔】」


 風魔法を極めたイザベラがシトリーの身を浮かす。そして、一気に空堀を飛び越えた。



#



 シトリーはまんまとリザーズの拠点内に潜入していた。中は地下とは思えないぐらいに広々としている。


 居住エリアまで降りると階段はなく、緩やかなスロープによって全ての部屋が繋がっていた。


 壁には一定の間隔で照明の魔道具が取り付けられていて、とても明るい。普通の冒険者が空堀を超え、見張りをどうにか倒して中に入ったとしても、その身を隠す場所はほとんどなさそうだった。


「なんか今夜は外が喧しいっすね〜。おちおち寝てられないっすよ〜」

「また、性懲りもなく冒険者達がやって来たんだろう」


 リザーズメンバーとすれ違う。彼等に緊張感はない。いつでも戦えるような格好をしていたが、もう慣れっこなのだろう。


 全く気付く様子はなく、通り過ぎて行く。



 シトリーはイザベラから受け取った魔道具を撒こうとはしなかった。人族達に情報を渡す必要はない。


 本当にリザーズはアルマ神国から聖女を攫ったのか? もしそうだとしたら、なんの為に? シトリーが魔大陸から出発した時はまだ、聖女は石化したままだった筈だ。


 役に立たない聖女をどうするつもりだ? 


 シトリーは考えながらも、油断なく歩を進める。



 急に通路が広くなった。照明の光が強い。そして人の気配が濃い。どうやら複数人、集まっているようだ。様々な声が聞こえる。


 シトリーは壁に身体を貼り付け、静かに移動を開始する。


「えっ、バンドウ君。夜中に何やってるの?」

「ふと思い付いてな。実験だ」


 一旦止まって会話に耳を傾ける。


「実験って、アウグストさんで何かやるの?」

「あぁ。もしかしたら、聖女も操れるんじゃないかと思ってな」

「思ってな」


 若い女の声が混ざる。聖女操る……? どういうことだ?


「リリナナ、頼む」

「アウグスト、頼む」


 一体何が行われようとしているのか……? シトリーは足を速める。そして視界に入ってきたのは、大柄な老人が石の聖女に向かって手を伸ばしている場面だった。老人の身体が光る──


「【盲従】」


 何だ……? スキルを使ったのか……!?


「歩かせてみよう」

「アウグスト、歩かせて」


 黒目黒髪の男が隣に立つ少女に、少女は老人に。水が流れる用に指示が下る。


「歩ケ」


 石の聖女が動く筈はない。しかし──


「動いた……!」


 ──小太りの男が叫んだ。ほんの少しだが、確かに聖女の身体が揺れた。


 何が起きている……? 動揺がシトリーのスキルに影響した。


 老人が首を振り、ジロリと見た。その先には侵入者。


「何カ居ル」


 まずい、気付かれた……。ここまでか……。


 場所を特定され、激しく心が揺れた。いよいよスキル【隠伏】の効果がなくなった。


 シトリーは高速移動のスキルを発動しようと口を開く。だがそれは、黒目黒髪の男の声で掻き消される。


「【穴】」


 シトリーは自分の脚に激痛を感じ、逃げられないと悟った。


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レベルが上がって番藤の固有スキル【穴】が進化しました!

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