第35話 謁見

「コルウィル! そしてバンドウ達よ! よく戻った!! 大儀であったぞ!!」


 皇帝の間にガリウスの大声が響く。意志の弱い者ならば、気絶してしまうような覇気を含んでいる。


「はっ! 勿体ないお言葉です!」


 コルウィルが膝を付き、頭を臥したままそう答える。俺やリリナナ、田川と鮫島はその後で普通に立っている。別に俺達は帝国民でもなければ臣下でもないからな。変にへりくだる必要はない。


「コルウィル、楽にせよ!」

「はっ!」


 ハキハキした返事の後、コルウィルは立ち上がる。


「しかし痛快であったぞ! まさか聖女を攫ってしまうとはな!」


 声デカ過ぎだろ? 帝都中に会話の内容が漏れそうだ。


「ガリウス、声デカい」


 リリナナが俺の気持ちを代弁する。


「ふはははは! この部屋には防諜の仕掛けがされてある! どれだけ大声を出しても外に情報は漏れないから安心しろ!」


 ガリウスは得意気だ。脇に控える近衛騎士は少々呆れた顔をしている。いつものことなのだろう。


「して、攫ってきた聖女は何処におる? 勿体ぶらずに、連れて参れ!」


 コルウィルの背中が一瞬、ピシリ伸びた。これからの展開を予想して緊張したのだろう。しかし、ここで止まる訳には行かない。


「鮫島、田川。連れて来い」


 物言わぬコルウィルに代わり、指示を出す。


 二人はさっと踵を返して皇帝の間から出ていき、布の巻かれたちょうど人間サイズの物体を運んでくる。


「なんだ……それは……?」


 ガリウスが首を傾げる。二人はそれを無視して、物体を立たせた。田川は倒れないか心配なようで後ろで支えている。


「紹介しよう。これが聖女だ!」


 掛かっていた布を剥ぎ取ると、驚いた表情のまま石になった女が現れる。法王ペルゴリーノが毎朝回復薬をかけた甲斐もなく、その肌は灰色のままだ。


「コルウィル……どういうことだ……?」

「申し上げます。聖女は何者かにより石にされたようです。神国はあらゆる手を尽くしましたが、石化を解くことが出来ませんでした。なので、聖女選定の発表が出来なかったのです」


 ガリウスが目を丸くする。


「これで生きているのか?」

「生きております。なので、次の聖女に関する神託が下らないようです」


 こめかみを抑えガリウスは考え込む。


「とりあえず聖女は俺達の拠点に持ち帰る。"リザーズが聖女を攫った"という噂は既に世界中に回っている筈だ。もしかしたら、聖女を石にした奴等からアプローチがあるかもしれない」

「分かった……。現状では帝国に聖女を置いておくことは危険過ぎる。コルウィル、バンドウ。頼むぞ」


「はっ!」と返事をしてコルウィルが退出しようとする。しかし、リリナナが通さない。


「コルウィル。ご褒美の話して」

「うっ……そうだったな」


 ゆっくりとガリウスの方へ向き直り、コルウィルは重い口を開く。


「陛下。バンドウ達への報酬の件ですが……」


 それまで顰めっ面だったガリウスが、「あぁ、そうだったな」と表情を変える。


「今回はバンドウ達の活躍により、アルマ神国の失態を暴くことが出来た! 褒美を取らす! なんなりと申せ!!」


 コルウィルが下を向く。一方、リリナナは一歩前に出て嬉しそうに声を上げた。


「初代皇帝のミイラ、頂戴!!」


 ──静寂。


「初代皇帝のミイラ、頂戴!!」


 ──再び、静寂。ガリウスは固まったように動かない。


「リリナナよ……。金がいいかな? それとも貴重な魔道具か?」


 ガリウスは視線を虚空に泳がせながら、リリナナの要求をスルーしようとする。


「ザルツ帝国の皇帝ともあろうものが、約束を違えるつもりか? 報酬はなんでもいいと言っただろ?」

「うっ……。しかし、流石にそれは……。いや、うーん……」


 ガリウスは吃る。


「頂戴! 頂戴! 頂戴!!」


 リリナナは強請る。


 皇帝は脇に立つ近衛騎士に助けを求めるが、顔を背けられた。


 膠着状態。


 話は進みそうにない。ここは一つ、妥協してみるか。


「ならば、レンタルならどうだ?」

「レンタル……だと?」


 聞き慣れない言葉に帝国側一同がキョトンとした。


「あぁ。レンタルだ。俺達は金を払って一定期間、初代皇帝のミイラを借りる。期間が終了したら、返却する。これならば初代皇帝のミイラが失われることはない。あくまで所有権は帝国にある。どうだ……?」


 リリナナは少し不満そうだが、黙っている。


「一時的に貸すだけ……と言うことか」


 勿論、なんだかんだと理由をつけて借りパクする予定だ。


「そうだ。勿論、他言はしない。初代皇帝の権威が傷付くことはないと約束する」


 レンタル品扱いの時点で権威は傷付いているが……。


「本当だな……? 絶対に絶対に内緒だからな。いいな? この事を漏らした場合、帝国は敵に回ると肝に銘じよ」


 よし。折れた。


「流石に帝国と敵対するつもりはない。なぁ、リリナナ?」

「ないない」


 それからしばらく問答が続いたものの、俺達は最終的に初代皇帝のレンタル権を勝ち取るのだった。

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