第34話 吉報?
「ペルゴリーノ様! 大変です!!」
激しいノックの後、焦った声が続く。その緊迫感から只事では無さそうだった。
深夜だったが、ペルゴリーノは起きていた。まだ寝巻きにすらなっていない。
小さな机から立ち上がり、少し扉を開くと神殿騎士の顔が見えた。
「何事だ?」
「地下室で異変が……! 中から声がしたそうです……!!」
ペルゴリーノの心臓が跳ねる。聖女に何かあったに違いない。もしかしたら、石化が解けて目覚めたのかもしれない。
毎日毎日エリクサーを掛け続けたことが、ついに実を結んだのかもしれない……!!
胸元に地下室の鍵があることを確かめ、ペルゴリーノは部屋から出る。早足で廊下を進む。
神殿騎士が何かを伝えようとするが、ペルゴリーノはそれどころではなかった。
一寸でも早く、地下室に辿り着かなくては!
法衣の裾を持ち上げ、年甲斐もなく駆け出していた。慌てて神殿騎士が追いかける。
パタパタと中央神殿の廊下に激しい足音が響く。
眠りこけていた司祭達が何事かと瞼を開いた。
「聖女の目覚め! 聖女の目覚めだぁ!!」
ペルゴリーノは思わず叫ぶ。それを聞いて、司祭達が部屋から飛び出した。その前を法王が走り過ぎる……!!
司祭達は、地下室へと向かい始めた。
「はぁはぁ……」
何十年振りかの全力疾走に息を切らし、脚が重くなる。しかし、地下室の扉が見えると自然と身体が動いた。
「ペルゴリーノ様!」
「わかっておる」
見張りの新殿騎士を払い除け、ペルゴリーノは部屋の鍵を胸元から取り出す。
カチリ。
ノブを回し、勢いよくドアを開け放つ。そこには──
「聖女が……いない……」
ペルゴリーノが膝から崩れ落ちた。
「大丈夫ですか!?」
神殿騎士が駆け寄り、でっぷりと太った法王の身体を支えた。連日の不眠の影響か、目が虚だ。
「中から、声が聞こえたのではなかったのか……?」
「はい。聞こえました。"リザーズ参上"と。だからペルゴリーノ様を急いで呼びに行ったのです」
ペルゴリーノは完全に意識を手放した。
#
『聖女は盗賊団リザーズにより誘拐されていた』
ある日を境にアルマ神国の国民の間で広まったこの噂は、やがて大陸全土を揺るがした。
元々、誰もが疑問に思っていたのだ。勇者召喚と時を同じくして選定される筈の聖女が、今回はいつまで待っても表に出てこないことを……。
民はこの噂に飛び付き、「盗賊王コルウィルの仕業だ!」と騒ぎ、酒のつまみにした。
勿論、為政者の耳にも入る。
聖女選定を心待ちにしていたガドル王国王家は神国に遺憾の意を示すとともに、聖女奪還の計画を立て始める。
一方、ザルツ帝国皇帝ガリウスは笑った。「バンドウ達がやらかした!」と手を叩いて喜んだ。
そして遠く、魔の大陸と呼ばれる地にもその情報は届く。
ある魔人は訝しんだ。
「石のままの聖女を攫って何になるのかと」
別の魔人は笑う。
「これはアルマ神国の自作自演だ。攫われたことにすれば聖女がいなくても不思議に思われない。奴等は追い詰められているのだ」と。
「何れにせよ、そのリザーズとやらの所に行ってみないことには真実はわからない。まだ魔王様は幼い。今、聖女と勇者を出会わせるわけにはいかない」
一番年嵩に見える魔人が、若い魔人に向かって言った。言われた方は頭を掻き、面倒臭そうにする。
「それは、俺に見て来いってことですか?」
「察しがいいな。シトリー。頼んだぞ」
魔人シトリーは溜め息をついた後、「分かりましたよ」と吐き捨て、その場から去った。
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