第33話 実況

「禿げたおじさんが、今日も石の女に薬を掛けた」


 虫の屍の視界を通してリリナナが実況する。


「女に変化なし。溜め息をついた。部屋から出た」


 アルマ神教法王、ペルゴリーノと思われる男のここ三日ほどのモーニングルーティンだ。


「コルウィル。石の女はやはり──」

「聖女だろうな」


 予想通りの答えが返ってくる。


「何故石になっている?」

「それは分からないが、魔人達の仕業だと考えるのが自然だ」


 魔人。別の大陸に住むという種族。その王は魔王と呼ばれる。


「聖女と勇者がパーティーを組み、力をつける前に対策をしたということか。まぁ、当然の考えだな」


 コルウィルは腕組みをし、眉間に皺を寄せる。


「歴史上、幼い聖女が魔人に殺されたことは何度かある。ただ、その度に新しい聖女が選定されてきた……」

「今回はそれがないと。だから神国は焦っているんだな」

「間違いない」


 眉間の皺がさらに深くなった。


「石化って直せないのかぁ? 魔法や薬でなんとかなりそうだけど」


 田川が当然の疑問を口にした。


「普通の石化なら治せる。きっと法王は最上位の回復薬をかけている筈だ。それでも治らないとなると、何か理由があるのだろう」


 コルウィルも分からないらしい。リリナナに話を振っても「聞いたことない」と返ってくるだけ。


「仕方ない。とりあえずもらって帰るか。石の聖女を」

「えっ……!? バンドウ、お前何を言ってるんだ……!」


 リリナナ以外、皆驚いた顔をする。


「ここで禿げたおっさんの水遣りを観察していても仕方ないだろ? 神国はもう手詰まりなんだ。俺達が聖女を持ち帰って色々試した方が建設的だろ?」

「いや、不味い。このタイミングで聖女がいなくなると、帝国が疑われる可能性がある。王国と神国、他の大陸の国とも敵対する恐れがある」


 他の大陸……? まだ大陸があるのか。この星には。まぁ、今は置いておこう。


「リザーズが盗んだことにすればいい。それなら表面上は帝国に迷惑が掛からない。あの皇帝なら、しらを切るぐらい造作のないことだろ?」

「えぇぇ……!? ちょっと待ってくれ。俺の悪名がとんでもないことになるだろ……!!」


 コルウィルがタラタラと脂汗を流す。


「リリナナ。どう思う?」

「面白そう。やろう」

「決まったな。今日の深夜、決行する」


 長い夜になりそうだ。



#



「この真上が例の部屋だよ」


 田川が気まずそうに言う。表情で「本当にやるの?」と訴えている。


「よし。俺が穴を開けたら鮫島は部屋まで行ってマジックポーチに聖女が入るか試す。駄目な場合は聖女を穴から落とせ。いいな」

「任せとけって! 俺はやる男だぜ!」


 鮫島はあれこれ考えないから楽だ。


「外には神殿騎士がいるから決して騒ぐなよ? いいな? そして忘れてはいけないのが──」

「"リザーズ参上"だろ?」


 コルウィルが頭を抱える。しかしこれはもう決まったことなのだ。


「では、穴をあける。全員、静かにするように」


 沈黙が返ってきた。俺は地下通路の天井に手を伸ばし、「【穴】」と小さく呟いた。


 天井にあいた直径一メートル程の穴。鮫島が飛び上がり、両手両足を突っ張って登っていく。流石の身体能力だ。


 四人が見守るなか、無事に鮫島は例の部屋に忍び込んだ。


 しばらくすると、穴からマジックポーチが降ってきた。これは聖女が入らなかった時の合図だ。やはり、聖女は生きているらしい。生物はマジックポーチには入らない……。


 コルウィルに目配せをする。静かに頷き、上から落ちてくる聖女に備えた。


 ドンッ! と容赦のない落下物がコルウィルの身体にぶつかった。石の聖女をなんとか落とさずに受け止める。


 あとは鮫島が壁に塗料で──


「リザーズ参上!!」


 ──何故か叫び声がした。壁に書けとしか言ってないだろ……!?


 途端に騒がしくなった。それはそうだ。すぐ側に神殿騎士がいるのだ。


「どけぇぇ……!!」


 穴から鮫島が降ってきて、地面に着地する。


「一発かましてやったぜ! 番藤! 逃げようぜ!!」

「お前なぁ……」


 これだからヤンキーは救えない。


 俺は慌てて天井の【穴】を解除し、そのままオオトカゲを走らせ始めた。

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