第36話 レンタル皇帝
「いけ、アウグスト!」
リリナナが弾んだ声で指示を出す。
もう何百年も前に亡くなっていながら、特殊な技術でミイラ化された初代皇帝は髪の毛もしっかりと残っており、遠目には大柄な老人にしか見えない。
「頼む! その名前を呼ばないでくれ!」
コルウィルが「アウグスト」という名前に敏感に反応するが、それを気にするリリナナではない。何も聞こえてないかのように振る舞う。
代々の皇帝が眠る陵墓の石室で初代皇帝アウグストのミイラを得た俺達は、拠点に戻ってきていた。
そして早速、盗賊王の森でアウグストの試運転だ。
リリナナの指示を受け、ギギギと膝の関節を曲げながらトボトボと歩く。認知症の老人が森を徘徊しているようだ。
「アウグスト! 走って」
初代皇帝は何百年の眠りから覚めたばかり。流石に全力疾走は厳しかったらしい。すぐに樹の根に足をとられ、転んでしまった。
立ち上がり、申し訳なさそうにリリナナに頭を下げる。
「いい。アウグスト。少しずつ出来ること、増やす」
ほう。意外だ。リリナナは自分の配下に対しては優しいらしい。アウグストが特別ということもあるかもしれないが。
「あれが、初代皇帝の姿……」
コルウィルが遠い目をしてリリナナとアウグストのやり取りを見ている。帝国民としては複雑な想いがあるらしい。
「アウグストはどのような人物だったんだ?」
コルウィルに話を振ると、真剣な顔をする。
「初代皇帝陛下はありとあらゆるものを支配されたそうだ。その中で一番有名なのはドラゴンを配下に加えられた話だ。人間よりも遥かに高等な存在であるドラゴンを操り、数々の国を攻め落としたのだ。龍帝アウグストとも呼ばれた」
リリナナは屍であれば操ることが出来る。一方のアウグストは生者を支配し操ったということか? それともカリスマ性で手懐けただけ? とても今の姿からはそのような凄みを感じないが……。
「アウグスト、剣を握って!」
リリナナが訓練用の木剣を渡す。その正面には同じく木剣を構えた鮫島がいた。
「へへ。俺様が稽古をつけてやるぜ」
その姿は数々の戦いを経て、随分と様になっていた。
二人が正眼に構える。
どうやらリリナナはマニュアル操作しているのではなく、指示を与えているだけ。アウグスト自身の判断で動いているように思える。この辺り、他の屍とも違いがありそうだ。
ジリジリとした睨み合い。
鮫島が誘うように肩を動かす。
「今!」
リリナナの声にアウグストが飛び出す。鮫島の目が光った。
正眼の構えからそのまま木剣が投げられ、思わずアウグストはそれを打ち払う。身体は流れた。
鮫島が一気に踏み込み、前蹴りを放とうとする。流石ヤンキー。戦い方がせこい。しかし──
「甘イィ!」
──アウグストも木剣を手放し、くるり身体を回して鮫島の足を捉えた。レンタル皇帝の身体が光った。
「【盲従】」
スキルを使った……。途端、鮫島の顔が虚になる。意識をなくしたように動かない。
場にいる全員が、事態を把握出来ずに視線を泳がした。
アウグストが主人の方を向き、指示を仰ぐ。
タタタタと駆け寄り、リリナナはアウグストに耳打ちをした。大柄な老人が、ぎこちなく口を開いた。
「オ座リ!」
鮫島はさっと地面に体育座りをする。
「オ手!」
鮫島は立ち上がり、アウグストの肩に右手を置いた。これが【盲従】……。全てを支配したという男のスキルか……!
隣を見ると、コルウィルが震えている。
「どうした? アウグストのスキルがそんなに恐ろしいのか?」
一瞬間があって、口を開く。
「俺が恐ろしいのはバンドウ。お前の存在だ……」
「何故だ?」
「いいか?」と勿体ぶる。
「生者はアウグスト様に従う。アウグスト様はリリナナに従う。リリナナは……」
「バンドウの婚約者!」
喜色を孕んだリリナナの声。
いや、待て。婚約した覚えはないし、俺はまだ高校生だぞ……!!
「そういうことだ。俺は、お前が恐ろしい……」
酷く疲れた顔で、コルウィルはそう繰り返すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます