第21話 S級

 平時、夜の森は賑やかだ。しかし今日は違う。雷神ベリンガムの脅威に怯えたのか、夜行性の魔物達の姿は見えない。


 お陰で拠点までの道程は順調だった。オオトカゲの進行を邪魔するものはおらず、あと十分も進めば拠点の入り口が見えてくるだろう。


「もう少しだ。頑張ってくれ」


 オオトカゲの体を撫でる。


「分かった。頑張る」


 何だ……? トカゲが喋ったのか? しかも若い女の声で……。


「いつから……人間の言葉を話せるんだ……?」

「ん。たぶん一歳」


 オオトカゲの寿命がどれくらいか知らないが、割と早いうちから人語を操るのか……。


「ところで、名前は?」

「リリナナ」


 随分と可愛い名前だ。名付けの親はコルウィルか? と考えたところで、声が背後からしていることに気が付いた。


 さっと振り返り、一瞥する。


 銀色の髪に赤い瞳、真っ白い肌。人間味のない人形のような見た目に、慌てて前を向いた。


 この女……何だ……? 一体、いつから俺の背後にいた?


 そもそも狙いは? 敵ならば、いつでも俺の命を奪えた筈……。


 刺激しないように、機嫌を損ねないように聞いてみるか。


 少しだけ振り返り、声を掛ける。


「リリナナはいつから俺の背後にいるんだ?」

「つい、さっき」


 ここでホッとする。リザーズや田川のことはバレていない。何かあっても、奴等に被害が及ぶことはなさそうだ。


「何か俺に用があるのか?」

「見に来た」


 見に来た? 何をだ? まさかこいつ、ベリンガムの仲間。いや、監視役か何かか?


「何を見に来たんだ」

「バンドウ」


 俺を……? 見に来た……?


「殺しに来たのではなく?」

「ん。見に来た」

「何故だ?」


 リリナナは俺の背後でゴソゴソと何かを漁っている。


「これ、見て」


 グイィーっと服が引っ張られ、無理矢理後ろを向かされる。慌ててオオトカゲに停止の合図を送った。


「黒い宝石の指輪。これは黒の腕輪。あとこれは……」


 リリナナは背負っていた黒いリュックから、自慢のグッズを取り出し、誇らしげに見せる。そういえば、身に付けているものは全て黒だ。


「……黒い物が好きなのか?」

「ん。大好き。だからバンドウ見に来た」

「黒目黒髪だから?」

「そう」


 さっと血の気が引いた。どう考えてもこの女、ヤバイ。


「王都には他にも黒目黒髪の勇者達が居ただろ?」

「あれは、王国の。手を出すと面倒」

「だから、俺なのか?」

「そう。気に入った」


 それまで無表情だったリリナナが少しだけ頬を緩ませた。


「それは良かった。ところでリリナナ。俺はこれから大事な用事があるんだ」

「一緒行く」

「とても危険なんだ」

「大丈夫。リリナナ、強い」


 黒いリュックを背負い、指輪を幾つも嵌めた手を握り、拳を作る。何を言っても聞きそうにない。


「分かった。行こう」

「ん」


 俺は再び、オオトカゲに前進の合図を送った。



#



 拠点の入り口は真っ暗だった。ベリンガムの紫電も、鮫島の赤光も見えない。


 オオトカゲから降り、【穴】を解除して堀に橋を掛ける。照明の魔道具で照らしながら、ゆっくりと渡った。そして、周囲を見渡す。


「鮫島……!」


 拠点の入り口に凭れ掛かるようにして、鮫島は座っていた。顔も何もかも焼け爛れている。


「大丈夫か……!?」


 駆け寄り肩を揺すると、僅かに反応があった。まだ何とかなる。慌てて腰のホルダーから上級ポーションを取り出し、鮫島にぶっ掛ける。


「これを飲め」


 もう一本は服用させよう。僅かに開いた口に無理矢理ポーションを突っ込む。


「がはっ……! ふぅふぅ……」


 なんとかなりそうだ。


「話せるか? 奴は何処へ行った?」


 鮫島は声を出す代わりに右手を上げて、拠点の奥を指差した。ベリンガムは想定通り、俺達を追ったようだ。


 つまり、いつ戻ってくるか分からない。ここは危険だ。


「鮫島。背負うぞ」


 鮫島の前に屈み、預けられた身体をグッと引き上げながら立ち上がる。


 堀を渡りオオトカゲのところに行くと、リリナナはまだ座ったままだった。本当について来るつもりらしい。


「リリナナ。すまないが一人乗客が増える。退いてくれないか?」

「……やだ。バンドウの後ろがいい」


 力の入った赤い瞳で拒否される。妙な迫力に鳥肌が立った。


「急いでいるんだ。実はヤバイ奴に追われてて、早急にここから立ち去らなければならない」

「……大丈夫。守ってあげる」


 思った通り、頑固だな。


「相手はS級冒険者らしいんだ。逃げるしか──」

「平気。リリナナもS級だから」


 その言葉と同時に、拠点の入り口から紫の光が溢れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る