第14話 討伐

「これから森に入る。油断するなよ」


 討伐隊の隊長である近衛騎士団、副団長ヴィニシウスは歴戦らしい落ち着いた声で注意を促した。


「大丈夫だって。ヴィニシウスのおっちゃん」


 勇者青木が軽口を叩く。その後ろにいる二人の勇者もニヤニヤと余裕の表情だ。


「アオキ。確かにお前達はとんでもないスピードで成長している。この森にいる魔物にも遅れを取らないだろう。しかし、盗賊団は人間だ。何をしてくるか分からない。一瞬の気の緩みで命を落とすこともあり得る」

「へいへい。気を付けまーす」


 青木はバツが悪そうに顔を背けた。


「青木君達、ちゃんとヴィニシウスさんの言うことを聞きなさいよ!」


 女勇者、三浦が青木達の不真面目な態度を諌める。


「チッ。まだ学級委員気取りか」


 青木がつまらなそうに吐き捨てると、それを見ていた草薙が駆け寄る。


「青木……。確かにお前達は人一倍頑張ってレベルも高い。でも、この世界はゲームじゃないんだ。怪我ぐらいなら回復魔法でなんとかなるが、命を落としたらそれまでだ。俺は仲間を失いたくない」

「分かってるよ……」


 草薙の真剣な言葉が通じたらしい。討伐隊に参加した九人の勇者の顔が引き締まる。


 それを見て、ヴィニシウスはホッと胸を撫で下ろした。彼の任務は二つ。一つ目は盗賊団を殲滅し、王家の財宝を取り戻すこと。二つ目は勇者達を無事に王都に返すこと。


 リザーズは約50人の盗賊団だ。それに対して討伐隊は100名を超える。近衛騎士団と宮廷魔導師団、王国軍から選抜されたメンバーが盗賊団に負けることはない。


 問題は九人の勇者だ。一人も欠けることは許されない。


 その懸念も、草薙の言葉で消えた。


「よし。行くぞ」


 討伐隊が森に入った。



#



「廃坑の様子は……?」


 明け方頃、リザーズ討伐隊は先遣隊と合流した。隊長のヴィニシウスが盗賊団について尋ねる。


「特に変わりはありません。廃坑の入り口には見張りが二人。他は中に居ます」

「こちらの動きは漏れていないのか?」

「大丈夫です。この十日間、廃坑に近寄った者はいません。入り口は他に無いので間違いありません」


 ヴィニシウスは腕組みをして唸る。リザーズは狡猾な盗賊団だ。王城の宝物庫を襲っておいて、討伐隊の結成を予想しない訳はない。何かしら、策を練っている筈。


「ヴィニシウスのおっちゃん、どうした? もう廃坑は目と鼻の先だろ? 突撃しないのか?」


 勝ち気な青木が声を掛けた。


「先ずは魔法で奴等の出方をみる」


 その言葉に宮廷魔導師団の面々が反応した。そして草薙と三浦も。二人の勇者は魔法が得意なのだ。草薙は光魔法、三浦は火魔法を既に高いレベルで習得していた。


「俺達の出番だな」

「そうね」


 緊張感からか、二人の表情はかたい。


「廃坑の入り口にありったけの魔法を頼む」


 ヴィニシウスが静かに言うと、ローブを着た集団が立ち上がった。


 勇者を含め十五名がその手に魔力を集め、遠くに見える廃坑を狙う。


「やれ」


 カッ! と薄暗い森に光が溢れた。様々な魔法が放たれ、流星のように廃坑に落ちる。


 見張りの二人は突然の襲撃に慌てふためき、廃坑に駆け込む。


 ドンッ! と着弾の音が何度も響いた。森が揺れ、鳥は飛び立ち、小動物がその身を隠した。


 爆炎が晴れると、土砂が吹き飛び、大きく抉れた廃坑の入り口が見えた。盗賊達は奥に逃げたのか物音ひとつしない。


「よし。廃坑に入るぞ。盗賊を捕え、財宝を取り戻す」


 ヴィニシウスは毅然と言い放ち、討伐隊は廃坑の入り口へと向かった。



#



「草薙。光魔法で中を照らせるか?」


 斥候からの報告を受けたヴィニシウスが申し訳なさそうに頼んだ。廃坑の中では照明の魔道具が全て取り外されていたらしい。やはり、リザーズは討伐隊を意識していたのだ。


「任せてください」


 草薙は右手に魔力を集め、「【ライト】」と軽く呟いた。十程の光球が中空に浮かび、草薙が視線を廃坑に移すと入り口から中へ飛び込む。


「行きましょう」



 宮廷魔導師達が前方に物理障壁を張りながら、慎重に廃坑探索は始まった。前衛は皆、小回りの効く短剣を持ち光球が照らす薄暗い穴を慎重に進んでいく。


「しっかし、狭いなぁ」


 勇者青木がうんざりしたように呟き、同じパーティーの二人の勇者が同意する。


「これだけ狭いと俺の剣の腕も披露出来ないぜ」

「無駄口叩かないの」


 後方から声がした。三浦だ。


「ちっ」と舌打ち。青木達は不満そうに足を進めた。



「ヴィニシウスさん。おかしくないですか?」

「あぁ」


 討伐隊の先頭。幾つもの光球を操りながら、草薙は訝しげに尋ねた。


「盗賊の気配はないですし、なんかこの廃坑ずっと一本道ですよね。過去の地図ではそろそろ枝分かれしている筈です。それに──」

「妙に新しい。この廃坑自体が」

「……です」


 ヴィニシウスは顎をさすり、考え込む。先遣隊の話では、確かに盗賊団は廃坑の中に居る筈。別の出口はない。しかし、それにしては静か過ぎる。まさか、襲撃に気が付かず眠りかけているというのか?


 ──ボンッ! と何が爆ぜるような音が坑道の遥か奥からした。周囲に緊張がはしる。


「なんだ……!?」


 草薙が光球を飛ばして先を照らす。何も見えないが坑道自体が震えている。


「ヴィニシウスさん! 何か来ます!」

「水だ!! 溺死するぞ! 撤退だ……!!」


 撤退! 撤退! 撤退! 坑道に何度も響いた。

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