第4話 野盗
「ごべんなざい……!」
「濁音が多い」
脚を軽く蹴ると、男は顔を歪ませた。穴のあいた右腿を押さえ、脂汗を流している。
男の横では、人が何人も乗れるようなオオトカゲが不思議そうに俺を見ていた。
「ごべん"な"ざい"……!」
「お前、俺を馬鹿にしてるのか?」
「ぞんなごどないでず……!!」
どうやらこの世界は治安が悪いらしい。
人目を避け、街道から外れて歩いていたというのに、目の前にいる男は目敏く俺を見つけ、トカゲに乗って襲ってきた。つまり野盗だ。
王都の近くでこんな状況とは。この国は荒れているのだろう。
「俺が丸腰だから、楽勝だと思ったのか?」
男はフルフルと首を振るが、説得力はない。
「とりあえず、お前の荷物はもらう」
「……」
「文句あるのか?」
「な"い"でず!」
男のリュックから水と食糧、その他ロープや燃料等をもらい受ける。ついでに地面に落ちている短剣も。
「ところで、お前のような、ならず者は何処に拠点を構えている?」
「え"?」
「別にお前らの拠点を襲うつもりはない。俺も、身を隠したいんだ」
男はなんと答えていいのか迷っているようだ。
「左の腿にも穴をあけようか?」
「い"い"ま"ず! 森でず!」
そう言って男は遠くに見える森を指差す。
「ベタだな。直ぐに兵士がやってくるのではないのか? 俺を騙しているだろ?」
「違いまず! 古い坑道があ"り"ま"ず! そごは複雑で兵士や冒険者も手を出してきません!」
なるほど。何処に拠点があるかは知られているが、手を出すにはリスクが高すぎる。と。
俺のスキルを考えると、アリかもしれない。
スキル【穴】は文字通り手に触れたところに穴をあけることが出来る。木材だろうが岩だろうが人体だろうが関係ない。
サイズは今のところ最大で直径2メートルぐらい。奥行きについては検証出来ていないが、具体的にイメージ出来るならどこまででもいける手応えはある。
いくら【穴】を使ったところで疲れないのがいい。つまり制限なし。王都の宿から城壁の外に出るのにもあっという間だった。
「あ"の"……?」
考え込んでいると、男が気まずそうに話しかけてきた。
「なんだ?」
「も"う"行っていいでずが……?」
「そうだな。そろそろ森へ行こう。これからよろしくな。お隣さん」
男はギョッと目を見開いた。
#
男は最近王都周辺を騒がしている盗賊団の斥候らしい。トカゲに乗って街道周辺を偵察し、狙い目の商隊がいれば仲間に知らせて襲うそうだ。
「この辺ではリザーズと呼ばれ、恐れられていやす。売り出し中ってやつですよ。へへへ」
少し痛みがおさまったのか、男はトカゲの背に揺られながら得意げに話す。
「元々は別の国にいたのか?」
「そうっす。前は北の帝国で活動してたっす。王国の方が稼ぎ易いって噂で拠点を移したんすよ」
「なぜ稼ぎ易い?」
「そりゃ、王家と貴族が対立してますからね」と男。
現在の国王は愚王として有名らしい。最近は上位貴族との確執も酷く、王国軍と貴族軍が小競り合いを起こすほどだとか。とても盗賊団なんかに構っている場合ではないらしい。
「最近は国民への人気取りの為に、異世界から勇者を召喚する! なんて言ってるらしいですが、眉唾ものっすね!」
男は笑いながら振り返り、急に真顔になった。
「そういえば、黒目黒髪っすね。ええとお名前は?」
「番藤だ」
「バンドウさん。もしかして──」
「昨日、召喚された」
ええっ! と男は口を開けたまま固まってしまった。
「安心しろ。俺は王国に味方するつもりもない」
「何故です?」
「味方して、何かメリットがあるのか? 俺は別に魔王とやらに何かされたわけじゃないからな」
ちげえねぇ。と言って、男はトカゲの操舵に戻る。大人二人が乗っても全く嫌がる素振りを見せず、力強く進んでいく。
こいつはかなりいい乗り物だ。是非手に入れたい。
そんなことを考えていると、森はどんどん近づいてきた。トカゲは速度を落とさない。
「さぁ、これから森に入りやす。ちょっと揺れますが、しっかり捕まっててくださいね! 勇者様」
俺の称号が【侵略者】だと知ったら、この男はどんな顔をするのだろうか? 想像すると面白い。
「うん? 何かありやした?」
「いや。この世界、なかなか面白いと思ってな」
男は「ふーん」と首を傾げるばかりだった。
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