第3話 報告
「エミーリア様にご報告が」
王城には似つかわしくない格好──チュニックにダボダボのズボンの男が第一王女エミーリアの執務室の扉を叩いた。
服装とは裏腹に、男は鋭く隙のない顔つきをしており、とても平民には見えない。かといって、騎士でもない。存在を知るものは、影と呼んでいた。
光のない瞳からは、真っ当な人生を歩んでいては到達出来ない凄みを感じさせる。
「入りなさい」
もう深夜だというのに、エミーリアは宰相と机を囲んでいた。机には掌ほどのカードがビッシリと並べられており、そこには名前、称号、魔法、スキルが書かれてある。
「どうしました?」
「バンドウが消えました」
男の報告を聞き、エミーリアの眉間に皺が寄った。
「消した、ではなく、消えたのね?」
「……はい」
「詳しく」
低い声だった。地球から召喚された勇者達が聞けば、その印象の違いに目を見開いただろう。
「バンドウは古着屋で自分の服を売り、金貨五枚を得ました。その金で宿に泊まり、そこで行方をくらましました」
宰相が男を睨み付ける。
「まさか、それだけの情報でおめおめ戻ってきたのではあるまいな……!?」
「……バンドウが泊まった部屋のベッドの下に大きな穴が空いていました」
「穴?」
エミーリアが首を傾げる。
「はい。穴は地下3メルの深さがあり、そこからは横に伸びていました」
「穴はどこまで?」
「王都の城壁の外です。バンドウは王都から出たようです。街道を西に向かったところまでは足跡を追えましたが……」
エミーリアがため息をつく。
「まんまと逃げられたというわけね」
「申し訳ございません」
宰相が顎髭をしごいた。
「しかし穴とな。土魔法だろうか?」
「いえ。宿の床に出来た穴は綺麗な円を描いており、まるで空間ごと切り取られたようでした」
「空間魔法……!?」
エミーリアが声を上げた。驚いたような、焦ったような声色だ。
「空間魔法で王都の外まで穴をあけたのか……。とんでもない魔力量だな……」
そう言いながら、宰相は「バンドウ」と書かれたカードの魔法欄に「空間魔法」と書き込んだ。
「空間魔法は危険だわ。見つけ出し、始末しなさい」
「必ずや……」
そう言うと、男は暗闇に溶けるようにいなくなった。影と呼ばれる所以である。
「面倒なことになりましたな。バンドウという男はかなり勘が鋭いようです」
「そうね。私の魅力も通じなかったし」
「惜しいことをしたと?」
エミーリアは机に並べられたカードを睥睨する。
「どんなに有能でも、私に従わない駒はいらないわ」
「おっしゃる通り」と宰相。
「それに、私には沢山の勇者がいる。何の心配もいらない」
そう言いながらも、エミーリアの表情は晴れない。
「そうですな。で、明日からの話ですが……」
宰相が机の上のカードを動かし、三人組をいくつも作っていく。
「召喚者達を三人一組にして訓練を進めていきます。バンドウが抜けたので一組だけ二人になりますが、ちょうどいらない駒がいます」
エミーリアはカードで作られた三人組を見て唸る。
「勇者の称号を持っていない者は切り捨てる方向性ね」
「そうです。勇者には固有スキル【成長(大)】があります。他の称号持ちとはレベルアップの速度が倍以上違います。育成は勇者を中心に行うべきです」
「分かったわ。従わなかったり、使えない召喚者は早めに始末してね」
「勿論です。憂いを残すようなことはしません」
エミーリアの脳裏にはあの男──バンドウの顔が浮かんでいたのだった。
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