第2話 穴
階段や通路をひたすら歩き、やっと王城の外に出ると日が落ち始める頃だった。門兵が俺の容姿を見て「勇者様?」と首を傾げていたが、笑顔で手を振って切り抜けた。
どうやら、黒目黒髪は勇者の証として認識されているらしい。先程のエミーリアの様子からすると、「勇者召喚」について広く喧伝していた可能性がある。
割と追い詰められていたのかも知れない。俺の知ったことではないが。
大通りを歩いていると、やはり振り返られる。中には「勇者様だー」と手を振ってくる親子までいる。これはチャンスかもしれない。
「すまない。中古の服を扱っている店はないか?」
声を掛けると、親子は緊張した様子で話始めた。
「それでしたら! そこの十字路を右に曲がったらすぐです!」
「ありがとう」
言われた通りに進むと、確かにそれらしい店がある。もう閉店の時間なのか、店主らしき男が片付けを始めていた。
「まだ大丈夫か?」
一瞬動きを止めた店主は俺の格好を見て急に相好を崩す。
「こりゃー、驚いた。勇者様ですかな? こんな古着屋においでになるとは……」
「今着ている服を売って、目立たない服に着替えたい。お願い出来るか?」
「もちろんですとも! 異世界の服は高値で取り引きされております!」
店主にとってはいい儲け話らしい。「ささ、どうぞ」と扉を開き俺を招き入れる。
外から見るより店内は広く、ペラペラの安っぽい服から見るからに高そうなモノまで一通り揃っていた。
「この世界のことはよく分からないが、一般人が着ていて恥ずかしくない程度の服が欲しい。今、俺が着ている服を売って買える範囲で」
「勇者様のお召し物は学生服というやつですかな?」
「そうだが……」
店主はニタァと笑う。
「やはりそうですか! ならば金貨二枚、いや、三枚で買い取りましょう! 服は私奴が責任を持ってお選びします! お代は結構です!」
なんだ? 学生服が人気なのか? この世界は……。店主の話振りだともう少し吹っ掛けても良さそうだな。
「金貨五枚だ。嫌なら、他の店にいく」
ぐぬぬとなる店主。
「わ、分かりました。それで手を打ちましょう」
儲けが減ってしょげながらも、店主は俺に服を見繕う。
数分後には俺はブレザーを脱ぎ捨て、紺色のチュニックと茶色のズボン姿になり、冒険者用のリュックを背負っていた。
#
古着屋の店主に勧められた宿に入ると受付に一人、愛想のいい男が立っていた。流石に人をジロジロと見るようなことはしない。そこそこの宿というのは本当らしい。
「一晩泊まりたい。食事はなしでいい。一階の部屋は空いているか?」
「一階の部屋でございますか? 空いておりますが、食堂と同じ階なので少々騒音がいたします。それでも?」
男は不思議そうにする。たぶん、一階の部屋は不人気なのだろう。
「賑やかなのが好きなんだ」
「はぁ……」と男。素泊まりの金を払うと鍵が渡される。
ちょうど夕飯時の食堂は確かに喧しく、耳栓でもなければ眠れそうにない。眠るつもりはないが……。
部屋は質素ながら清潔で一晩過ごすには充分だった。
ズボンのポケットからスマホを取り出すと、当然圏外。充電も残りわずか。いよいよ役立たずだ。
雑にテーブルに置き、食堂の喧騒をBGMに改めてステータスを確認する。
【 名 前 】 番藤茶太郎
【 称 号 】 侵略者
【 年 齢 】 17
【 レベル 】 1
【 魔 法 】
【 スキル 】
【固有スキル】 穴
称号【侵略者】。固有スキル【穴】。不穏過ぎる。絶対にエミーリア達には知られてはいけないやつだ。王城で確認して、慌ててステータスをクローズした。
【穴】をタップすると、詳細が表示される。
『あらゆるものに穴をあける』
詳細? でもないな。そのまんまだ。
「試してみるか」
スマホを左手で握り、右手の人差し指で軽く触れる。そして【穴】を意識する。
「……」
何も起こらない。何故だ。レベルが足りない? それとも、スキルを使うにはスキルポイントのようなものが必要なのか? ステータスにそんな項目は無かったが……。
人差し指に意識を集中する。全身の力を指先に集めるイメージ。そして、【穴!】。
「……駄目だ」
一体、何が足りないんだ。まさか──
「【穴!】」
スコッ。スマホに穴があき、向こうが見える。
「【穴!】【穴!】」
スコスコッ。もう二つ穴があいた。
なんと……。声に出さないと発動しないとは……。効果は想定通りだが、発動のハードルが高過ぎる。
とはいえ、背に腹は変えられない。
俺は部屋のランタンを手に取り、ベッドの下に潜り込む。そして、床に手をつけ、大穴をイメージした。そして──
「【穴!!】」
グルリッ。成功だ。
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