第13話:反逆者リック
「あーあ、毎日毎日勉強ばかりで嫌んなっちゃう。早く一人前になりたいなぁ」
という見習い魔導師リックの台詞から物語が始まると、司会のお姉さんラビリスが拡声用魔導具を使い子どもたちに語りかける。
「皆さんと同じ[アルマシア学園]に通うリック・ベティは、中等部の十四才。早く一人前になるため、今日も[妖精の森]でこっそり練習中っ」
……今にして思えば、この設定も駄目だった。
子どもたちに親近感を持って欲しいと考え、今通ってるこの学園の名前をそのまま使ってしまったのだ。
私は距離感を間違えた。
もっと『これはただのフィクション』という路線を前面に押し出すべきだったのだ。
…………い、言い訳をするのなら、そもそもこれらの設定はリックが言い出したことだ。ラビリスも止めなかったし、他の子たちも絶賛してくれたのだ。
……いや、それでも私が止めるべきだったのだ。
それが責任者というものなのだ。
くそう……。
司会のお姉さんラビリスが子どもたちに向けて言う。
「リックは[お菓子作りの魔法]がとっても得意。ほぉら、今日も森の動物さんたちが、リックのお菓子目当てで集まって来たっ」
すると、うさぎとリスに扮した二人のアイドルが現れ、ガチガチに緊張した様子で台詞を読む。
「リ、リックさんリックさん、こんにちはっ」
「今日も、お菓子を、くださいな……」
……しかも目が泳いでいる。
気が気じゃないのだろう。
何せこの後に続くラビリスの台詞が――。
「するとリックはいつものように小さな杖でくるりと円を描き、魔法でお菓子を作ります。わぁー、美味しそうなクッキーがいーっぱいっ!」
「……………………」
しん、と辺りは静まり返る。
リックは動かない。
ややあって、ラビリスがきょとんとして首を傾げる。
そのまま目をパチクリとさせリックたちに視線で合図を送るも、皆固まったままだ。
くそう、初手で大ピンチだ。
本来ならここで一度お菓子を出してから、動物たちとの平和な日常シーンがあるのだが……。
しかし、こうなってしまっては行くしか、あるまい。
――南無三!
と、私はド派手で真っ赤な帽子とドレスに身を包んだ悪役魔女として壇上に飛び出し、大きな杖を振り回した。
「ふぁっふぁっふぁっふぁ! リックよ! お前の魔法はこの魔女フリーダ様がいただいた!」
「!?」
ラビリスはぎょっとして困惑するも、私は一気に捲し立てる。
「お菓子を作る魔法だとう? 生意気なヤツめ! お前たちはこれからずうーっと、吾輩の許可無くお菓子を食べることができないのだっ! ふぁーっふぁっふぁっふぁ!」
私の背中には冷や汗がびっしりだったが、幸いなことに子どもたちはきゃあきゃあ嬌声をあげて喜んでくれた。
ちなみにラビリスは目元をひくつかせ『お前何やってんだふざけんなよ』と言いたげな視線を私に向けている。
(お前の母親の所為でこうなってんだよ……!)
と言いたくなるのをぐっと堪え、私はこの後どうすべきかを模索する。
本来ならここで私は、リックと魔法で対決予定なのだ。
そうして最後は子どもたちの声援のもと、リックが私を倒すという流れなのだが……。
ど、どうしよう……。殴り合いでもするか?
それはそれでありかもしれないが、魔法が禁止になったのと同じ[子どもへの悪影響]という理由で禁止にされる気がする。
私は藁にもすがる思いで、ラビリスにちらと視線を送り助力を請うてみる。
すると、流石にこれは何らかの問題が起こっているのだと理解してくれたようだが、ずっと司会をしていたラビリスに問題の内容と原因の特定などできるわけもなく困惑したまま私とリックを交互に見るだけだ。
馬鹿か私は、と一瞬の思考で考える。
この期に及んでラビリスに助けを求めてどうするのだ。
私は、知っていたはずだ。
ラビリスの弱体化とはこういうことだ、と。
アイドル化計画が上手くいっているからラビリスはまだ私の味方だし、アイドル化計画が上手くいっているからラビリスの頼りない部分も増えてくる。
しかし、同時にこうも思う。
(相手がラビリスでないのなら、私は勝てるはずだ)
何を仕出かすかわからないから、ラビリスは怖かった。
結局未だにラビリスが革命を起こす本当の理由はわからない。
だが、他の者達はどうだろうか?
皆、家があり、家族がいて、守るべきものが存在する。
それが、弱みとなる。
(――考えろ、私)
そもそも、フランドール皇后の言い分は本当に正しいのか?
確かに、正論ではあった。
子どもが最優先。何も反論ができない。
魔法の危険性を欠いたのも、私の落ち度だ。
しかし、皇后の掲げた正論から導き出された結論は、本当に正しいのか?
ふと、僅かなひらめきがあった。
(……子どもを守るために、私たちの魔法を、禁止させるのか?)
それは、妙だ。
この世界の根幹は、日常は――全てが魔法と密接に絡んでいる。
特に貴族の家庭なら、親も兄弟も使用人も、日常的に魔法を使ってるのだ。
即ち、子どもたちは既に、魔法を毎日目にしている。
魔法の、危険性――。
フランドール・トラインの、立場――。
ひらめきが背筋を通じて電流のようになり、私は思わずリックに向けて言った。
「リック・ベティ。お前たち魔導師は、魔法の力で世界を汚し過ぎた」
一瞬、リックの表情に困惑の色が浮かぶ。
が、私は無視し、リック、ラビリス、そして観客席の子どもから教員たちを含む全ての人々をぐるりと見渡し、歌い上げるように台詞を続けた。
「魔力は、世界の礎である! 魔法とは、世界の命を削る悪魔の力! だから私は、世界から魔法を消し去り、あるがままの豊かな大地に戻す!」
ちなみにこれは十三回目のループでラビリス側が持ち出した革命理由だ。
だが、そこは別にどうでも良い。
重要なのは、その時のループで偶然捕虜にできたリックの思想が、ラビリスのものとはまるで違ったことだ。
つまり、それは――。
リックは、緊張した様子で言った。
「そ、それだと、わたしたちは暮らしていけなくなる! 夜の灯りも、暖炉の火も、お菓子作りも、全部魔力を使ってるのに!」
十三回目のループで。
ラビリスは一応真面目に魔法の全面廃止を掲げていた。
私に勝った後は、本当に全ての魔法を世界から消し去ろうとしていたのは彼女の側近たちの動きを見ていればよく分かる。
ラビリスは、根っこの部分で真面目な子なのだ。
しかし、リックは違う。
あの時、鎖に繋がれたリックは薄く嗤って言った。
『ラビリス様は純粋なお方だから、わたしが導いてさしあげないと駄目なんです。――魔法の全面廃止なんて、できるわけが無いでしょ? 俗にまみれた輩が使うから、こうもなる。魔法は選ばれた者が、正しく使うべきなんです』
確かにリックはラビリスに心酔しているのだろう。
だが、思想に酔ってはいない。
結局これも、今にして思えばというやつなのだろう。
この違いが先日の喧嘩にもつながったのだ。
リックの隣にいたうさぎ役とリス役のアイドルたちも続く。
「そうですよ! 魔法を奪われたら、僕たちだって困ります!」
「魔法は、私たちの源でもあるんです!」
……いや、ええと、ごめんそれはちょっと違う。
魔法を使う動物は危険な[魔獣]で害獣扱いだから[可愛い森の動物]役がそれ言っちゃうと駆除対象になっちゃう……。
……いや、これも利用できるか?
私はすぐに言った。
「ほれ見たことか! リック。貴様は魔法を使う魔獣の恐ろしさも知らずに飼いならそうとしているでは無いか! 過去を学べ! そうやってどれほどの人が命を失った?」
「こ、この子たちは、友達だし……」
違う、そうじゃないんだリック。気づいてくれ。
私、結構頑張って色々ワード散りばめてっから!
何とか、こう……全部アドリブだし台本と全く関係無いことをしてるのは本当に申し訳ないと思ってるんだけど、気づいてくれ、リック!
いやぁでもやっぱり無理難題過ぎるかな……。それは本当にごめん!
と、司会のお姉さんラビリスが言う。
「これは大変だぞぉー! 沼地に住む悪ぅい魔女フリーダの所為で、魔法が使えなくなっちゃう!――ねえみんなー! 魔法、使えなくなるって、嫌だよねー?!」
――どうやらラビリスは気づいたようだ。
ラビリスに促された子どもたちが、叫ぶ。
「そんなのヤダー!」
「ヤーダー!」
「魔法を使いたいー!」
そりゃそうだろう。
そのために、この子達は[魔法学園]に通っているのだ。
家族からの期待を、一心に受けて――。
すると、ラビリスは更に子どもたちを煽り立てた。
「それじゃあみんなでリックを応援しよう! がんばれー、リック・ベティー!」
ラビリスに扇動された子どもたちの叫びが、地鳴りのように響き渡ると、全ての照明が落ちる。
外からの光は遮光カーテンに阻まれてるため、辺りは暗闇となった。
皆が驚き騒然とするが、ややあってから舞台上の魔導灯に光が灯り、リックだけを照らしあげる。
全体が、しんと静まり返った。
私は同時に思う。
(…………これたぶん裏の子たちが段取り間違えたやつだけど、結果として凄い良い感じの演出になったから後で褒めておこ……)
リックは一度だけ、ぐるりと周囲を見渡し、天井の淡い魔法の輝きを見上げた。
その眩しさで、何度か目を瞬かした後、ぽつぽつと独り言のように語りだす。
「……昔、遠くの街で、災害があった」
そのままリックはゆっくりと、大切な何かを思い出すように続ける。
五十年ほど昔、大規模な洪水が、一つの街を飲み込んだ。
それはこの国に刻まれた、歴史である。
十七年前に起こった巨大竜巻は、また街と人々の命を奪った。
ずっと昔は、毎年冬が来るたびに、夏が来るたびに多くの人々が命を落としていた。
「わたしたちの時代にも、大きな災害が起こるかもしれない。それは、本当に怖くて……。だから、私たちは魔法を、魔力を、正しく学ぶ必要があって――そのために、この[アルマシア学園]が作られて、わたしはここにいる」
ようやく、全てを理解したらしいリックは、私を真っ直ぐに見て、力強い口調で言った。
「わたしたちは、魔法を侮ってなんていない。正しく恐れて、正しく使おうとした人たちが積み重ねた歴史の上に生きている。だから――魔法を使うなという貴女の理屈、従えません」
バチン、とリックの内側から魔力が爆ぜた。
――それで良い。
私たちは今、掲げる旗を挿げ替えた。
単純な『魔法って素敵』程度の、ふわっとした旗から『魔法は危険だけど学ぶべきもの』というこの[アマルシア学園]の思想に近しい旗へと変貌を遂げたのだ。
――これを止められるかい? 皇后様よ。
無論、これだけで彼女が納得するとは思っていない。
まあ……私が泣きながら土下座すればきっと何とかなるだろう。
理論武装さえできれば、結構ゴリ押しでも首を縦に振ってくれる人だし。
根は良い人なのだ。
となれば、ここから先は消化試合。
予定通り適当に少しだけ戦ってから、私が一回だけ勝ち、その後に逆転されて戦いは終結。
控えていた残りの[森の動物]たちも交えて、子どもにお菓子を配って大団円。
王道かつこれ以上ない素晴らしい内容のはずだ。
戦闘開始の流れを理解した森の動物役アイドルたちが、すっと舞台裏に履けていくのを見送りながら、ふと、一瞬別の思考が脳裏によぎる。
(――フランドールは、娘の舞台より理を選んだのか……)
それが僅かな隙となり、リックが繰り出す[稲妻を纏った蹴撃]に対する反応が遅れた。
私はギリギリのところで杖を捨て、両手に張り巡らした[魔法障壁]の層で防御する。
同時に魔力の衝撃が弾けると、すぐさまラビリスは私のものよりも遥かに高密度かつ圧縮された[魔法障壁]を舞台前面に張り巡らした。
雷光が瞬くと遅れて雷鳴が迸り、[魔力障壁]の向こう側で子供たちがキャアキャア嬌声を上げる。
同時に、思う。
(…………今の防御遅れてたら私死んでない?)
しかもご丁寧に、リックは顔面を狙ってきたのだ。
(……え、リック駄目じゃない? ていうかこれはこれで初等部に見せて良いレベルの戦いじゃなくない? フランドールとか関係なく止めに入るレベルなんだけど……)
稲妻を纏ったリックは更に私を何度か蹴り、反動で宙を舞いながら距離を取る。
リックは着地と同時に自分の杖に稲妻の魔力を集中させた。
やがて稲妻の輝きが槍のようになると、私目掛けて一気に撃ち放つ。
それは、現代魔法戦において最速かつ最高の貫通力を持ち、更には対人最強とまで謳われる[雷槍]という名の最上級魔法だった。
流石にこれは不味い、と私は咄嗟に手のひらの[魔法障壁]の密度を更に高め、リックから断続的に放たれる[雷槍]を全て受けきり、魔力を四散させていく。
(――こいつ、段取り忘れてんのか?)
私は一度だけ舌打ちをし、[雷槍]の連撃を全て手のひらで四散させながら一気に距離を詰め、リックに掴みかかった。
私は小声で怒鳴る。
「台本! 守りなさいよ!」
すぐにリックも小声で怒鳴り返す。
「みんなこんなに喜んでる!」
「はあ!?」
「だからもっと、わたしが盛り上げます!!」
言いながらも、リックの体から稲妻の魔法が全方位に向けて雑に放たれた。
ラビリスが、高密度高濃度高圧縮の[魔法障壁]を片手で維持しながら、暗闇の中で雷光に照らされ興奮状態となった子どもたちに笑顔を向ける。
「悪い魔女フリーダとの戦いはとっても大変! みんな、リックを応援してあげて!」
子どもたちの熱狂に混じり、見習いの騎士たちが端っこでこちらを覗き見ている様子が見える。
彼らの声援に、クロードの声が混じる。
「良いぞー、負けるなリックー!」
瞬間、先程よりも遥かに強力な魔力がリックの体から爆裂し、私は弾き飛ばされた。
一瞬の思考で、思う。
――あ、やばい。
これ、破戒僧のリックだ。
そして、今回の破壊僧リックを作ったのって、私だ……。
気づくべきだったのだ。
リックは、初回以外の全てのループで、ラビリスの旗を掲げてやりすぎる子だった。
正しさに酔い、自分こそが最もラビリスを正しく導ける存在だと増長する子なのだ。
子どもたちがリックの姿に熱狂すると、更に魔力が迸った。
バチン、バチンと稲妻が爆ぜ、彼女の顔は恍惚に染まっていく。
全ての観客が、暗闇を照らす稲妻の輝きに魅了され、その瞳には常軌を逸脱した熱狂の色を宿し始めている。
ちらと、私はラビリスに視線をやると、彼女は私をまっすぐに見、どこか興奮した様子で拳をグッと握った。
(お、お前もそっち側か……)
リックから放たれた[雷槍]の瞬きと轟音が、観客たちを熱狂の渦に誘っていく。
もうこれは、子どもの声援ではない。
常軌を逸脱した、イカれた絶叫だった。
ふと、私は思い出す。
――その昔、マイケル・ジャクソンはただ立っているだけで観客を気絶させたという……。
不味い。
これ、本当に不味い。
そして誰も状況の不味さをわかってない……。
ひょっとして、これ大事故が起こるのでは?
……え、初等部で?
流石にそれは取り返しがつかない。
初等部で、事故って……。
私は一瞬考える。
このまま、リックに負けてやるべきか?
いや、駄目だ。
確かに場はそれで収まるかもしれない。
だがそれは、過去のループのラビリスが犯した失敗と同じように、破壊僧リックを増長させるだけだ。
……それは避けなければならない。
であれば――。
子どもを、守る。
そしてリックを抑え込み、私の未来も守る。
全てを同時にこなすのだ――!
私は、万が一のためにと数日間掛けて対ラビリス用に練り上げていた魔力を一気に開放した。
鋭く研ぎ澄まされた魔力は、ピンと張り詰めた膜のように私の全身をピッタリと覆う。
リックが稲妻を纏いながら一瞬で私の頭上に移動し、そのまま頭蓋目掛けてかかとを振り下ろす。
私は魔力を乗せた蹴撃で、リックを思い切り蹴り飛ばした。
同時に雷鳴が迸ると、ラビリスの[魔法障壁]が観客たちへの魔力余波の衝撃を防ぎ切る。
「――全く」
私はひとりごち、思う。
(――たぶん、リックは誰かから褒められたかったのだ)
彼女の父がギルド長を務める商人ギルドは、この国に無くてはならない存在となった。
その所為で多忙を極め――結局のところ、私がリックから家族の団らんを奪ったのだから。
それは、私のループ開始地点の十四才より、ずっと前のこと。
――もう、取り返しがつかない。
……ごめんな、リック。これは、私がはしゃいだ結果だ。
国は豊かになったけど、その過程で取りこぼされたものがたくさんあって、その中にお前の家族の団らんがあったのだ。
だからきっと、お前はまだ褒められ足らないんだ。
本当はもっと、もっとたくさん褒めて欲しかったんだ。
だから一度でも褒められたことを、もっとやれば、もっともっとやれば、きっとたくさん褒褒めてもらえると――。そうやって、やりすぎるのだろう。
お前を叱ってくれる人を、私が奪ってしまったから……。
だから、ごめん。
しかし、リックへの同情とは別の感情も、私にはあった。
――でもさ、みんなであんなに練習したじゃん?
みんなで頑張ろうってやったじゃん?
……それをお前、その時の気分で台無しにしてるのわかってるか?
私と、あとついでにラビリスに迷惑がかかるのは仕方ない。
クロードで良いならお前にくれてやるし、お膳立てもしてやる。
だが、お前は、この企画に携わった初等部の教職員、許可を出した親御さん、後ろ盾となっている教会、私が頭を下げて回った貴族等など……数え切れないほどの人々の顔に、泥を投げつけているのだぞ?
即ち――。
(事情はさておき、お前マジでふざけんなよ!?)
というやつなのだ。
私の蹴りで吹っ飛んだリックは、くるりと宙返りをするように体勢を立て直し、舞台上に着地する。
リックは薄く笑っていた。
どう見ても子どもたちに見せていい顔じゃない。
再び、リックの体から稲妻の魔力が爆裂し、無数の[雷槍]を私に向け撃ち放つ。
流石、特例で[魔法学園]に入学が認められただけのことはある。
リックは、本当に実力で選ばれた子なのだ。
私は周囲へ被害を出さないよう[雷槍]の破壊力を完全に相殺し、かき消していく。
リックが[雷槍]を放つたびに、閃光と、雷鳴が舞台を盛り上げる演出の如く鳴り響く。
(……良いだろう、リック。許してやる。かの巨匠、黒澤明は役者に向け本物の矢を射った! だからリック、今、お前が、私に対して本物の[雷槍]を何発も何発も撃ち続けていることは、偉大な巨匠黒澤明に免じて許してやる!――でも、これで終わりだ)
私は対ラビリス用に編み出した技法、[マジック・ジャマー]を発動させた。
周囲の魔力をぐちゃぐちゃにかき乱し、魔法の詠唱、発動全てを妨害するこの技法は対ラビリス戦だと役に立たない欠陥品だったが、リック程度になら通用する。
案の定、再び[雷槍]を放とうとしたリックは自らの魔力が四散してしまった事実に困惑し、大きな隙ができる。
私は魔力を使わず一気に駆け出し、姿勢を低く保ちながら転がっていた木の杖を拾う。
リックは慌てて、今度は全力で[雷槍]を発動させ、撃ち放とうとした。
だが閃光と雷鳴を響かせた[雷槍]はあっという間に拡散、消失する。
――遅い!
私は更に速度を上げ、木の杖を思い切り振りかぶる。
リックは咄嗟に杖で受けようとするも、私はブラフとして木の杖を放おり投げ、そのまま全体重をかけた掌底で胸部を撃ち抜いた。
リックが吹っ飛ぶ瞬間、私は[マジック・ジャマー]を解除し、彼女の体が舞台にぶつかる衝撃を魔力の層で和らげてやる。
――勝った。
というか今の時点のリック如きに完勝できなくては意味が無い。
ラビリスは、遥かに遥かに強いのだから。
ふっと短く息をついてからリックを見やると、彼女は呼吸ができずにもがき苦しんでいた。
(…………ごめん、ちょっとやりすぎた。これも、うん、ほんとごめん……我が身が恋しくて……)
眼の前で悶え苦しむリックを見た子どもたちが絶望の表情を浮かべ、静まり返る。
短い沈黙の後、我に返ったラビリスが言った。
「大変! リックが悪い魔女に負けちゃう! みんなでリックを応援して! 頑張れー! リック・ベティー!」
そうして、子供たちと見習い騎士団たちの声援の元、苦しそうなリックが何とか立ち上がれば、ようやく脚本が想定通りのものとなったのだ。
この後、リックは[ミラクル・トゥインクル・スーパースター]なるトドメの必殺魔法を使い、私が『おのれぇ、覚えてろよリック・ベティー』と言いながら舞台の外に飛んでいけばハッピーエンド。
そこからは楽しいお菓子配りタイムの始まりだ。
とりあえずは、何とかなったか――。
私が安堵したその時だった。
バチン、とリックの杖に先程よりも遥かに研ぎ澄まされた魔力が溢れた。
リックは、なおも笑っていた。
稲妻すらも霞む輝きが巨大な球体となり、リックの頭上で大きく、大きく膨れ上がっていく。
私は思う。
(………………これひょっとして私の全魔力開放して全力でガードしないと死ぬか? え、いやお前、そもそもこれを私に向けて撃つのか? これ避けたら今度は私の方が脚本無視することになるから絶対に避けられないんだけど)
そうしていくうちに、球体はどんどん大きくなっていく。
(え? えっ? ほ、本当にこれ撃つん? 私に向けて!? このレベルの魔法を!? 私に向けて!? いやいやいや……いやいやいやいやいや……)
一応言っておくが、私は死に戻りするたびに魔力やら肉体の成長はリセットされてる。
引き継いでいるのは記憶だけだ。
感覚的に技術も引き継いではいるが、体が覚えているというレベルにまでは至ってない。
すると、その巨大な隕石の如く魔力の塊が、急に収縮を始めた。
あ、良かった手加減してくれるのね、などとは思わない。
……これは、そういう技だ。
巨大な魔力を圧縮して圧縮して、細く絞り、貫通力を上げているのだ。
(……え、マジで、本当に、本当にこれを、初等部の子供たちの前で、友だちの私に向けて撃つん?)
リックは、私の目をまっすぐに見て、牙をむき出しにした笑顔を向けた。
私は絶句する。
(あ、撃つわこいつ)
正直、このレベルの攻撃魔法だと、私の魔力では守る箇所を絞って[魔法障壁]張らないと消し飛ぶ。私そのものが。
となれば、問題はどこに撃つかだ。
(……頭だよな? 敵の頭を砕き続けた破戒僧のリックだもんな? さっきからずっと私の頭狙ってたし、今回も頭だよな?…………でも、台本ではお腹に軽めの魔法を撃つってなってんだよなぁ。…………………どっち?)
やがてリックは、肺か喉にダメージを負ったらしくしわがれた声で小さく、
「ミラクル、トゥインクル――」
と呻く。
だが、迸る魔力の濁流が激しすぎて、台詞など観客席には届いていない。
同時に、リックの状況を察したラビリスが観客の子供たちに向けて言う。
「ミラクル・トゥインクル・スーパースター!」
そしてついに、私目掛けて目もくらむほどの魔力が、閃光となって撃ち放たれたのだ。
(やばい、どうしよう! よ、よし頭だ。魔力は頭に集中させる! そうだよな!? 頭、頭! 頭頭頭頭ぁ! 信じてるぞ破戒僧リック! だってお前は私の頭を砕きたがっているもんな!?)
瞬間、走馬灯のように記憶が駆け巡る。
過去のループで何度も対峙した、狂気に満ちたリックの姿が脳裏を過ぎ去り、最後に唯一仲間だった時の夢見る少女のようなリックの瞳が、今眼の前にいるリックの瞳と重なった。
私は咄嗟に全魔力を乗せた[魔法障壁]による防御を腹部に集中させた。
同時にリックの放った渾身の一撃が、私の腹部を消し飛ばす勢いで襲いかかる。
(ふざけんな糞!!)
私は内心で絶叫する。
私は、演技ではなく本当に舞台の外へと吹き飛ばされた。
渾身の思いで叫んだ「覚えていろよリック・ベティー!」という台詞は、魔力の衝撃波による轟音でかき消された。
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