第4話:直談判、皇帝と直接対決しよう

 華の宮殿。

 毎日庭師によって丁寧に剪定された庭園は、世界各地から集められた貴重な花々たちが咲き乱れている。

 が、その花々は血で育った、と影で言う者も多い。


 陰謀、汚職、暗殺――いつの世も、華の宮殿は政治と腐敗の中心であった。


 貴族たちは新たな問題が発覚するたびに、

『あの事件さえなければ』

『ミュール家さえいなければ――』

 と口を揃える。


 しかし、と私は思う。


 、政治と腐敗の中心だったのだ。


 確かに四十年前、ミュール家は悪だった。

 邪悪であり、巨悪。


 だが歴史をくまなく読み解けば、もう一つの側面も見えてくる。

 ミュール家の悪は揺るぎない。

 彼らの行いを擁護することはできない。

 間違いなく、悪だ。


 しかし、トライン家――彼らを強く支持し、千年近くも共にあった他の貴族たちが清廉潔白というわけでも無かった。

 結局、四十年前に流れた血は、腐敗したトライン派と邪悪なミュール派の戦いだったのだ。


 腐敗は悪によって倒され、その悪もまた倒された。

 そうして、二十年という歳月をかけ、新たな腐敗が生まれつつあるのだ。


 ――私は、ラビリスの父の人となりを知っている。


 年齢は四十歳。

 白髪混じりの金髪は、首筋の後ろまで広がるように伸び、更には似合わない髭までたっぷりと蓄えている。

 が、それは本人曰く


『若輩の私が皇帝のように振る舞うには形から入らなければならないだろう? それをしたまでだ』


 とのことなので、彼の生真面目さと気苦労もわかってしまう。

 彼は、皇帝として優しすぎるのだ。

 緩やかに腐敗し始めたかつての友人たちを、切ることができないのだから。


 [魔導灯]に照らされた夜の庭園を眺めながら、ふと私はそんなことを考えていた。


 ――二十歳から、皇帝か……。


 私だったら、絶対に嫌だ。

 私は自由でいたい。

 だから、私は皆のために二十歳という若さで自由を犠牲にした皇帝には、一定の敬意を払っている。

 もちろん、一定とは言え心からの敬意だ。


 少なくとも、私が経験した三十三回全てのループで彼に関する腐敗は一つも目にしていない。

 本当に、彼自身は骨の髄まで立派な人間なのだ。


 ――私は今日、その人と対峙する。


 ※


 謁見はあっさり許可された。

 既に根回しが済んでいるというのもあるし、私の来訪も予期していたのだろう。


 皇帝はいくつかの書類を読みながら私とラビリスに応対した。


 彼からは疲労の色が濃く見える。

 確か今の時期は、隣国との不和が少しずつ出始めている頃だったはずだ。

 原因は大規模な飢饉。


 解決は無理だった。……ちゃんと試したよ。


 ……貧困、飢餓、難民、死体の山――おそらく、広い意味で言えばラビリスの革命の理由はその戦争なのだろう。

 ただあくまでもそれはラビリスを構成する要素の一部でしか無く、私がバリバリ介入して戦争早期終結させても何かこいつ革命起こしやがったからきっともっと深い何かがあるのだ。


 でも、それを探すのに私もう疲れた。

 三十三回。一ループが十年だから時間にしておよそ三百三十年。

 もう無理だ、頭がおかしくなる。

 なので私はもう世界を捨てた。

 今の私は、ラビリスそのものにまとを絞っている。


 しかし、あっと思ったときには既にラビリスは皇帝のもとに駆け寄ってしまっていた。


「お父様っ、ラビリスはただいま戻りました」


 すると、皇帝はラビリスを一瞥し、うんうんと笑顔で頷いた。


「学園の方は、楽しんでいるようだな」

「はいっ。でも、少し大変なことになってしまって……」


 不味い、完全に主導権を握られる。

 いいや臆するな、失敗したってどうせ三十五回目が始まるだけだ。

 とにかく突撃するのだ。


「お久しぶりです、バルタザールおじさまっ」


 元気の良い年頃の娘を装って、私は砕けた口調で言った。


「うん、ミュール家のフリーダ嬢に合うのは随分と久しぶりだ」


 皇帝は少しばかり苦笑してから、困ったような顔になる。


「他の者たちから聞いている。随分と変わったことをしているようだが」


 さて、ここからだ。

 ラビリスの狙いは、わかっている。

 私が集めた他の子たちを、排除したいのだ。

 私と二人だけで世界の変革を望んでいるのだ。


 案の定、ラビリスはすぐに口を挟んできた。

「そうなのです。わたくし、フリーダ様の曲にとても感動して、せっかく素敵な歌を歌えると思ったのに……」


 そうして規模を小さくするのなら、私とラビリスの二人だけの発表会ならば良いだろうという方向に持っていこうという算段。

 見過ごすわけには行かん――!


「おじさま。私は、新しい産業を作りたいと考えています」


 一瞬、皇帝は怪訝な顔になる。

 その隣にいたラビリスは、息を呑み、すぐに私の意図に気づいたようだ。


「おじさまは、ラビリスさんが学園でとても人気があるってご存知ですか?」

「う、ん? そうだな。耳にはしている」

「男の子にも、女の子にも人気で、ラビリスさんに会いたがる子が本当に多いんです――なので、今度からお金を取ります」

「ほう……」


 皇帝が難しい顔で唸る。

 私は更に続けた。


「酒場で歌う吟遊詩人。街の踊り子。宿屋の看板娘とか人気者。それらを一つにまとめ上げた、巨大なギルドを作るんです」


 ふと、皇帝がからかうような顔になって言う。


「しかし、それぞれのギルド自体は存在しているな?」

「していますが、目的が違います」

「どう違う?」


 良い問いだった。

 おそらく、皇帝はもう他の貴族たちを説得する算段に入っている。

 こうなった時の皇帝は、いつのループでも頼もしいのだ。

 だって、腐敗し始めたかつての仲間たちもみんな、皇帝のことが大好きだから。


 好きだから、腐敗しても切ることができない。

 口から出る醜い言い訳を、お前がそう言うのならと呑んでしまう。


 でも好きだから、一緒にやろうと踏み込んで言える。

 ひょっとしたら様々な在り方を変えてしまうかもしれないものを、お前がそう言うのならと呑んでくれる。

 良くも悪くも――。


 であれば、私の言葉は他の貴族を説得するための言葉でもある。


「具体的に言えば、ラビリスさんには歌ってもらうし踊ってもらうし、宿屋の看板娘のようなこともしてもらいます。でも最終的には――ただそこにいるだけで、例えば握手をするだけで、お金を取るようにします」

「……人そのものの価値か――」

「はい。私はこれを、アイドルと呼ぶことにしました。人であるから、例えば地方に出向けばそこに人が集まり地方が潤います。新しい事業を始めた時の宣伝を、アイドルが受け持ちます。今、貴方がやろうとしている[何か]の手助けにもなる……これが、私の掲げる新しい産業です」


 即ち、全ての人々に利益がある。

 それがアイドルの力なのだと私は思う。


 皇帝は沈黙し、一枚の紙に視線を落とした。


「……既に、反対していた者たちの説得は終わっているようだ」

「マティウス君とクロード君が味方をしてくれました」

「……であれば、こちらで差し止める理由は無い、か」

「はいっ。ですので、最後にバルタザールおじさまにも許可と、出席をお願いしに来ました」

「……予定は詰まっているのだがな」

「では遅れても良いので、遠くから立って見てください。ラビリスさんの晴れ舞台でもありますので」


 皇帝は一度だけ苦笑すると、深く頷いた。


「――うん、わかった。時間は作ろう」

「まあ、本当ですかお父様っ。ではすぐに準備に取り掛からないといけませんね。……今回はみんなで歌う形になりましたけど、歌にはいろいろな形がありますし。いつか他の形もチャレンジしてみたいです」


 そうして、内側から徐々に他のメンバーを排除していこうという魂胆。

 私はもう騙されない。

 勝負は今、ここで決める。


「では、おじさま。――ラビリスさんを私にくださいっ」


 皇帝が咳き込み、ラビリスがぎょっとして目を見開いた。


「これから忙しくなります。聖歌隊の中心であるラビリスさんとは、密な連絡を取り合わなければいけないんです」


 皇帝は困惑して問う。


「だ、だがなフリーダ嬢――」

「はっきり言うと、ラビリスさん以外では駄目なんです。今の人数は十三人。だけど、あの子達はラビリスさんが目当てだったり、自分の可能性を見つけようとしていたり――」


 それは、良いことだと私は思う。

 みんなそれぞれつらい思いがして、認められない部分があって、そこに私が手を差し伸べたのだから、すがりたくもなるだろう。

 でも、違うのだ。

 彼女たちと、ラビリスでは決定的な違いがある。

 それは――。


「ラビリスさんは、私が大好きな曲を、好きだと言ってくれたんです」


 即ち、音楽性の一致。

 どいつもこいつも音楽性の不一致とやら解散している中、この異世界で巡り合った音楽性が一致した相手がラビリスなのは、何たる因縁だろうか。

 しかし、ようやく掴んだ私とラビリスの共通した[好き]なのだ。

 これを逃してはいけない。


「だから、ラビリスをください。具体的には、うちの屋敷で寝泊まりして。毎日歌の稽古を受けてもらいます。あ、もちろんちゃんとした部屋です」


 確かに、私はラビリスを恨んでいる。

 憎んでいる。

 だが、戦い続けて三百年を超えれば、恨み辛みは、鋼のように打たれ、鍛えられ、もはや宿命となった。

 殺して終わりでは、私の心は晴れないのだ。


 だから、私は言う。


「私、たぶんラビリスさんのこと好きです」


 皇帝は楽しげに「ほう」と呻き、ラビリスはぎょっとして固まった。


 即ち、嫌いすぎてむしろ好きの境地。

 ラビリス、お前を倒すのはこの私だ。

 そして私が勝った後は、お前にもちゃんとした幸せを用意してやる。

 だから私と来い、ラビリス。


 後は皇帝の目をまっすぐに見るだけだ。

 父としてお前がどう判断するかどうか――。


 ややあって、皇帝はたじろいだように私から視線を外し、天井を仰ぎ見た。

 ――やったか?


 皇帝が言う。


「ラビリス」

「……は、はい。お父様」

「そう言えば、留学をしたがっていたな?」


 ラビリスは目に見えて狼狽し始める。


「で、ですが、それは、ええと……」


 この隙を逃すな。

 くらえラビリス!


「じゃあ、おじさま! 良いんですね! やったー! ラビリス、これからよろしくねっ!」


 私はラビリスに駆け寄り、その細い指をぎゅっと握りしめた。

 皇帝は穏やかに、しかし娘を見送るようなさみしげな笑みを浮かべ、言った。


「これも経験だ、ラビリス。お前の人生が、実りあるものであることを祈っている」


 もはやラビリスは折れるしか無く、少しばかり表情を引きつらせながらも笑顔で私に言った。


「わ、わたくしも、嬉しいですわ。これから、よろしく……お願いしますねフリーダ・ミュール」


 最後ちょっと怖かった……。

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