第3話:反撃の狼煙
「こうなったかぁ……」
中止になった理由はなんとなくわかっている。
一つは、大々的に宣伝をし過ぎたこと。
もちろんこれに関しては、根回しをしてある。
が、もう一つの理由が私の根回しを疑わしいものにさせてしまった。
……個性派を集めすぎたのだ。
メッセージ性が強くなりすぎたのだ。
おそらく一部の者には、私がラビリスを傀儡にした新たな勢力の立ち上げ準備に入ったように見えているだろう。
さて。
……い、言い訳させて欲しい。
私だってちゃんと配慮したのだ。
厳選したのだ。
だがラビリス革命軍の弱体が最優先だから……こいつだけは絶対にアイドルにさせておかないと困るってのを集めたらこうなってしまったのだ。
その結果、おそらくは皇帝ではなく他の貴族界隈から様々な横槍が入ったのだろう。
そして諸々要約すれば、『ああもうめんどくさい! じゃあ中止!』という形になったのだ。
しかし、私はこうも考える。
おそらくそれぞれの派閥は皆条件をつけて賛成の立場を取っているのではなかろうか。
何せ、私のループは今回で三十四回目。
ある程度なら誰がどういう考えで動いてるかなどわかってしまっている。
現時点では、それぞれの派のトップや構成メンバーは過去に比べたらそれなりに穏健でそれなりに寛容な面々が揃っている。
だから多少の無理は通るだろうと私は強気で人集めをしたのだが――。
……当てが外れた、というわけでは無いはずだ。
即ち――。
「本当に残念ですわ。このような事態になってしまうなんて」
学園の空き部屋でそう言ったラビリスの表情は、背中越しの赤い夕日の影が差し、薄暗闇に包まれていた。
――黒幕は、こいつだ。
理由はわかる。
私が、ラビリス以外にも人を誘って聖歌隊に偽装するという計画を話した際、滅茶苦茶嫌な顔をされたのだ。
やれそんな話聞いてないだとか、練習が間に合わないだとか、きっと不完全なものになるだとか。
……そう言えばそこは本当に言ってなかった。
さ、さて。
言い訳を、言い訳をさせて欲しい。
いや、うん、本当にごめん。
実際に練習も間に合わなかったしそこもごめん。
想定よりもだいぶクオリティが落ちててごめん。
しかし、と私は思う。
……ここが分水嶺だ。
過去、三十三回の私は、結局ラビリスに振り回されてしまった。
ラビリスの機嫌を伺い、ラビリスを怒らせないようにビクビクしながら、結果として 敵としても友としても翻弄され、全てが後手に回った。
だがそれも今回で辞めにする。
ラビリスという理不尽に理の力で対処しようとして、私は負けたのだ。
ならば、理不尽には理不尽で対処する。
今度は私が、ラビリスを振り回すのだ。
ここで力関係を明らかにしておかなければ、私はまた負ける。
ラビリスが私を真っ直ぐに見、ふわりと微笑んだ。
「どうしましょう? わたくしがなんとか父を説得してみましょうか?」
その微笑みには冷徹の色が見えた。
だかそこに私は光明を見出す。
この状況、実はむしろ想定よりもかなり良い。
何故なら、今までのループでは私が切られる形だったのに対して、今回は私以外が切られようとしているのだ。
これは大きな成果だろう。
でもここでラビリスの言い分を呑むとやっぱり最終的に私も捨てられそうなので戦っておく必要がある。
無論、勝つのは私だ。
私はため息をつき、言った。
「聖歌隊のリーダーには、今日もみんなの練習に付き合って貰わないといけないでしょ?」
だがその一言が、ラビリスの逆鱗に触れたらしい。
彼女は乱暴に私の腕を掴み上げ、鼻に息がかかるほどの距離で言った。
「――世界を変える約束、忘れたとは言わせない」
……え、そんな約束したっけ?
え、本当にした? してなくない? 歌の革命とは言ったけど……。
あー……言った、か?……いやでもそれ言い出したのはお前じゃん?
歌で本当に世界を変えられるかって聞いてきて……。
……でもそれに、うん、って答えたの私か……。
じゃあ言ったか……。
ちゃんとした契約書、作ろうかな……。
「そう。だから悪魔として討たれないために、全員の関係者を集めた」
実際は偶然だけどそういうことにしておこう。
ラビリスがわずかに怯むと、その隙に私は手を振りほどき、逆に腕を掴み上げてやった。
「私、これに命賭けてんの」
「……わたくしならこの事態を収拾できると言っているのです。……もう一週間も時間を無駄にしています。――わたくしと、貴女の二人でしたら今頃はとっくに……」
私は、彼女を鼻で笑った。
「浅はか。ラビリスにできることは、みんなにだってできる」
嘘だ。
できるわけがない。
というか私にだって無理だ。
だが、私には名だたる偉人たちと、文字通り死にものぐるいでかき集めた経験がある。
知識がある。
アイドルは歌だけでは無い、演奏の上手さだけでは無い。
ありとあらゆる仕草、一挙一動が生み出す愛らしさが必要なのだ。
そして、ラビリスはまだそこに気づいていない。
だから、私は勝てる。勝たねばならない。
すると突然、ラビリスがぱっと私の手を振り払い、いつもの猫かぶった様子に戻った。
――来たか。
部屋の扉が開かれると、やってきたのはマティウスだった。
「フリーダ、言われた通り誓約書をもらってきたよ」
ラビリスが一瞬息を呑む。
マティウスは、私に一枚の紙を見せ、楽しげな笑みを浮かべた。
「楽しかったよ。反教会派の人たちってみんな真面目で、僕の話をきちんと聞いてくれてさ」
人は、信じたいものを信じる。
正しさでは無い。誰が言うかで物事は決まるのだ。
そして反教会派が主に掲げる[魔導科学]は、私が成長させた分野だ。
であれば、一応今の予定では将来[魔導科学]の申し子たるこの私の夫となるマティウスの言葉は、彼らにとって非常に重く価値のあるものとなる。
今矛を収めることで、将来自分たちが勝つという確約を得たようなものなのだ。
無論、マティウスは私と袂を分かつので彼らの思う通りにはならないのが現実だが。
……とは言え、思想的には私もだいぶそっちよりなので、彼らの処遇や立場は別にして目指してるものは私が実現するだろう。
とにかく、今回は利用させていただく。
間髪を入れず、ラビリスが嬉しそうな表情を作り言った。
「まあ、本当ですか!――ああ、でも他の方たちがまだ反対していましたね。わたくしったら、つい……」
「それも大丈夫。教会側の人たちって優しいから、反対派が歩み寄るならこれ以上の追求はしないってさ」
ラビリスは微笑みのまま、
「――そう。良かった」
と述べただけだ。
教会の腐敗とは停滞であり、変わらぬことを良しとする。
ならば、こちら側から今のままで良いよと矛を収めれば、彼らからしてもこれ以上戦う理由がなくなるのだ。
共に腐ろうとするなら御しやすく、脱して成長しようとすれば面倒な相手。
それが私から見た教会派の印象だった。
そして――。
また扉が開かれ、今度はクロードがやってきた。
「すまない、遅くなった」
「ンっ! で、成果は?」
「全く。大変だったんだぞ?」
「それで?」
「まあ、反皇帝派とか言われてたって結局は元騎士団の連中が多いんだ。それなら、最後はコレだろ」
と、クロードは得意げな顔で己の拳をぐっと前へ突き出した。
反皇帝派に関しては別に思うところは無い。
一応彼らはふわっとした考えで[ミュール家]を推しているが、実際のところは自分たちにとって[都合の良いミュール家]を欲しているだけなので私からしたらむしろ不倶戴天の敵だ。
しかし、ラビリス敵対時は全員私の味方になるため切るに切れない事情もあった。
結局、彼らは正義の旗の元で暴れられる大義名分が欲しいだけなのかもしれない、というのが私の思うところだ。
こういう連中の相手ならクロードは完璧だろう。
言われたことしかできない無能。
しかしそれでもエリートはエリート。
言われたことなら完璧にこなし、それでいて芯には青臭い熱を持つのがクロードという男なのだから、彼らには余計に刺さっただろう。
「怪我はさせてないでしょうね?」
「人死は出してない。――そりゃ、少しくらいは痛い思いはしたはずだけど……流血だってしてないはずだ」
「ン、結構。信じたげる」
実際、クロードはこういう報告で嘘や誇張は一切しない。
デートとかでもそういう傾向があるから問題なのだが……まあ部下としてなら優秀だろう。
「それにしても、キミ凄いな。ちゃんと言われた通りの連中がいてさ。――兄がうちの騎士団に是非って言ってたけど、どう?」
そして仮にも親友の婚約者を自分の親族の騎士団に誘うとかどういう神経してるのだろう。
まあ……仕事一筋、というやつなのだろうが。
「却下。ああ、でも考えとくって伝えといて」
「はいよ、了解」
ラビリスは、氷のような笑みをクロードに向けているが、彼が気づくことは永遠に無いのだろう。
そして私はラビリスに向き直り、言った。
「んじゃ、残ってる勢力は一個だけだね? 私はこれからバルタザール陛下のとこに向かうけど、アンタどうする?――聖歌隊の皆のとこに行く?」
最後の言葉には少し嫌味を込めてやった。
案の定、ラビリスは微笑みを鋼のようにまとったまま、
「……では、わたくしも父の元に参ります」
と無機質な声色で言った。
さあ、気合を入れろ。
私は今度こそ、勝つ!
※
華の宮殿。
毎日庭師によって丁寧に剪定された庭園は、世界各地から集められた貴重な花々たちが咲き乱れている。
が、その花々は血で育った、と影で言う者も多い。
陰謀、汚職、暗殺――いつの世も、華の宮殿は政治と腐敗の中心であった。
しかし、と私は思う。
――私は、ラビリスの父の人となりを知っている。
年齢は四十歳。
白髪混じりの金髪は、首筋の後ろまで広がるように伸び、更には似合わない髭までたっぷりと蓄えている。
が、それは本人曰く
『若輩の私が皇帝のように振る舞うには形から入らなければならないだろう? それをしたまでだ』
とのことなので、彼の生真面目さと気苦労もわかってしまう。
彼は、皇帝として優しすぎるのだ。
緩やかに腐敗しつつあるかつての友人たちを、切ることができないのだから。
[魔導灯]に照らされた夜の庭園を眺めながら、ふと私はそんなことを考えていた。
――二十歳から、皇帝か……。
私だったら、絶対に嫌だ。
私は自由でいたい。
だから、私は皆のために二十歳という若さで自由を犠牲にした皇帝には、敬意を払っている。
少なくとも、私が経験した三十三回全てのループで彼に関する腐敗は一つも目にしていない。
本当に、彼自身は骨の髄まで立派な人間なのだ。
――私は今日、その人と対峙する。
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