第7話:宿敵の部下を引き抜こう
――十三回目のループにて。
月明かりが照らすファムフレイズ大森林の奥深く。
褐色白髪、長身の女戦士クレジッタが叫んだ。
「フリーダ! リック・ベティに見つかった! こっちに来んぞ!」
遠方から星空に向けて放たれた光弾が、ドンッ、と弾けて煌めくと、それが信号弾なのだと気づく。
私は状況を確認していく。
獣車に詰んであるのは、大森林の奥地のバファル遺跡から発掘した古代遺物。
これを奪われるわけにはいかない。
問題は、ラビリスが来ているかどうかだが……。
――やるしか、無い。
「逃げるよクレジッタ! 私は足止め、あんたは指揮! 任せた!」
返事も待たず獣車を蹴り、跳躍。
同時に獣車の影から顔を覗かせた十歳の天才魔導具師イレーネに怒鳴る。
「顔出すな! リックは弱いやつから狙う!」
私は更に空気から空気へと跳躍を繰り返し――。
すると、水の振動魔法によって拡大されたリックの声が響き渡った。
「見つけたぞぉ! フリーダぁ!」
「――いたな」
と私は魔力の逆探知でリックの居場所を割り出し、右手の指それぞれから稲妻の魔法を撃ち放ち、同時に左手から闇の衣を被せた氷の槍を大地に向けて走らせる。
着弾。
稲妻こそ回避したリックだったが、氷の槍は直撃だった。
しかし――。
「アッハッハッハ! フリーダ・ミュール! 見ぃつけた!」
血反吐を吐きながら木から木へと飛び移り、速度を上げて迫り来るリックは破戒僧の名に相応しい狂気の笑みを浮かべ、鎖付きの棍棒――フレイルを振り回した。
魔力を乗せたフレイルの一撃は、いくつかの木々を木片へと変え、無数の刃となって私目掛けて襲いかかる。
――クレジッタ、上手く逃げろよ……。
私は、闇に紛れて逃げる獣車から離れるように、木片の嵐を回避していく。
そのまま急降下し、木々の合間を縫うようにして更に獣車から遠く、遠く――。
私を追うリックは更に跳躍を重ね、どんどん加速していく。
……ラビリスの足手まといは、多いほど良い。
しかし、もう少し痛めつけておくべきか? と僅かに速度を緩め攻撃の隙をわざと作ると、リックは笑った。
「ねぇフリーダ! ここで何してたのぉ!? 何を探してたのぉ!? フリーダを痛めつければ、友達が助けに来てくれるのかなぁ!?」
――こいつ、ふざけてるのか?
と一瞬苛立つも、すぐに違うと思い立つ。
リックもリックで、必死なのだ。
ラビリスの、役に立ちたくて――。
ついに追いついたリックが、私目掛けフレイルを振り下ろす。
フレイルの先端が私の頭蓋骨を潰すと、そのまま私の潰れた頭と体は無数の蝶となって散らばり、リックを取り囲んだ。
リックはぎょっとして魔法障壁を全方位に張り巡らすが、もう遅い。
蝶の羽根一枚一枚からいくつもの稲妻が放たれ、リックの魔法障壁を丁寧に破壊していく。
数発の稲妻がリックの手足を貫くと、私は蝶を集結させ、元の姿をリックに前に晒した。
「……ラビリスの命令?」
問いながら、私はリックの手足を氷の魔法で止血と束縛を同時に行う。
リックが、げほ、と血が滲んだ唾を吐き出してから言った。
「ねー、前から思ってたんだけどさぁ」
違うな、と直感的に理解する。
リックがここにいるのは、ラビリスの命令ではない。
であれば、今の状況はラビリスにとっても想定外なのだ。
私は魔力で周囲の木々を操り、小枝をぐにゃりと縄状に捻じ曲げ、リックの体を縛り上げていく。
「ラビリスのお気に入りのリックには捕虜になってもらう。――けど、そろそろ見放されるかもしれないな?」
「フリーダって、人を殺したこと無いでしょ?」
それは想定外の問いかけであり、私は一瞬次に言うべき言葉を探した。
しかし、その反応は肯定と同意義だった。
リックは一度だけ目を大きく見開きいてからぱちくりと瞬きをし、やがて呆れたように苦笑した。
「本当に無いんだ」
リックの問答に付き合うつもりはない。
私は魔法で編んだ小枝の縄を、リックの口元に――。
「それじゃラビリス様には勝てないよ」
………………。
「フリーダは、ラビリス様には、絶対に勝てない」
――そうかい。
バチン、と魔力が爆ぜ、私はリックから魔力を奪い取る。
リックが意識を失うのと、ラビリスが音もなく姿を現したのはほぼ同時だった。
「ごきげんよう、フリーダ」
ご丁寧に木の頂上でピタリと静止したラビリスの表情は、月明かりが逆光となって暗闇だった。
※
今日も今日とて三十四回目の挑戦は続く。
教会のコンサートから、もう一ヶ月が経過したのだ。
計画は概ね順調だ。
新校舎の空き部屋が無かったため旧校舎からの引っ越しこそできていないが、既に掃除は行き届き、机、椅子、カーテンその他諸々は全てミュール家印の家具に変更してある。
茶菓子もある。
近々売り出したい炭酸水メーカーはちょっと調子が悪いが……。
まあ、これは追々で良いだろう。
技術者たちは大勢確保しているのだから。
そして私は今、この[アイドル事務所(仮)]の机で、日に日に増える新人アイドル応募、書類選考の真っ最中だ。
未だに血筋と魔力の質が権威の象徴であるこの地で燻り続けていた者たちが、夢を掴もうとやって来る。
私は今、新たな概念を提示したのだ。
私が四歳の頃から始めた[新型魔導具]の開発は、旧世代の貴族からはそれなりに抵抗があるが概ね順調だ。
だがはっきり言って地味だ。
その時に私が集めた者たちも、気難しい技術者だらけだった。
が、今回は違う。
綺羅びやかで、華があり、子どもたちが憧れになりえる仕事なのだ。
まさに、今が勝負時。
競合他社がいないのだから、全ての才能は私の元に集わざるを得ない。
私しか、すがる先が無いのだ。
おかげで既に、候補生も含めればアイドルの総数は三十人にもなった。
口元に思わず笑みが浮かびそうになる。
(ククク……まだだ、まだ笑うな……ふ、ククク)
……以前のループでその瞬間をラビリスに見られて、そこからなんやかんやあって処刑ルート一直線だったことがあるからマジで笑ってはいけない。
いや、実際不安要素はまだ残されているのだ。
確かに総数こそ増えたが、所詮は素人の集まり。
プロフェッショナルからは程遠い。
ダンスの足並みもてんでバラバラだし、それでキャッキャ楽しんでいるだけのお遊戯集団なのだ。
……現状戦力になるのは、私とラビリスを含めても十三人。
いわゆる、初期メンバーというやつだ。
この子たちを中心にして、層を厚く厚く、積み重ねていかなければ・・・!
ふふふ、やるぞやるぞぉ!
この三十四回目のループで、私はラビリスに勝つ!
ふと、控えめなノックの後に一人の女の子が扉を開けた。
彼女の名は、リック・ベティ。
一ヶ月前のコンサートで、真っ先にラビリスに続いた先駆者であり勇気ある者。
今、私が最も注目し力を入れている子でもある。
リックは他の子と比較しても特に動きのキレが良い。
恐らく、我がアイドルグループの実質的なリーダーは彼女になるだろう。
というかその方向で私もプランを組んでいる。
彼女が主役の歌、初のお披露目は、一週間後。
そこで我が未来のエースたるリック・ベティが華々しい活躍を魅せれば、いよいよラビリスの地位にも陰りが見えてくるだろう!
勝ったな、ワハハハハ!
やがてリックは、酷く落ち込んだ様子で言った。
「あの、わたしアイドル辞めます……」
うっそだろお前………………。
※
貴族たちが主に通う魔法学園だが、リックは庶民の出だ。
両親が事業で成功を収めただけでなく、彼女自身も魔導師としての才能を示したことから、特例として入学を認められた存在である。
尊敬する人は、父と母と、二人いる兄と三人の姉。
とは言え私からすれば、三十三回中三十二回という超高確率で敵対する憎き相手だ。
……こいつのことはマジでわからない。
何せ最初のループでは、ずっと私に付き従い、私をラビリスから逃がすため身代わりを買って出たことだってあるのだ。
争いごとが嫌いな、心優しい子だった。
私のために、美味しいパンを焼いてくれた子だった。
真っ直ぐな芯のある、穏やかで気高い子だった。
だから二回目は真っ先に友達になり、この子だけは絶対に守ってあげなくちゃと思ったそこから必ず敵対しているのだ。
お前何なん? 優しくすると敵になるって意味わからないんだけど。
そんな彼女が敵だった時の異名は破戒僧。
片手棍を振り回し笑顔で大男の脳天をかち割るラビリスの教信者。
その時のリックはおぞましかった。
つい今かち割った敵の返り血を全身に浴びながら、
『あれー? フリーダ様じゃん? 何でここにいんの?』
とまるで友達のように振るまいながら私目掛けて棍棒を振り回すのだ。
……おかしくない?
なんで私の味方の時にその強さを発揮してくれなかったの?
だって初回の時言ってたじゃん。
『わ、わたし、戦いとか苦手で……。雑用くらいしか、お役にたてなくて……』
今ならわかる。
お前が一番得意なのは戦いだよ……。戦いの天才だよ……。
などなど、言いたいことは富士山の容量ほどあるが、私はぐっとこらえリックの説得に務める。
しかし、リックの意思は変わらなかった。
彼女の言い分を要約すると、
『わたし、何も無いんです……』
『わたしには、才能が無いんです……』
『何やっても上手く行かないんです……』
『お父さんもお母さんも、みんな優秀なのに私だけ駄目なんです……』
お前の一家で一番優秀なのお前なんだけどなぁ……。
私は必死に彼女を説得する。
「で、でもさ、リックの踊りのキレ、今一番良いよっ! 歌も上手!」
だが、リックは私の言葉を聞こうともせず言った。
「…………お店、潰れそうなんです」
――お店?
ああ、そう言えば、と思い出す。
リックの両親は、元々街の小さなパン屋だった。
そして私の家からそこそこ近いこともあり、元の世界で作られた様々な料理を試作販売するのに丁度良く、そこに彼女の両親に眠っていた商才が合わさり一気に成長。
今や[ミュール家傘下の商人ギルド]の長を務める、大商人にして大富豪というのが彼女の家なのだ。
そして、彼女の兄姉たちは親から任されたそれぞれの事業で成功を収め、リックだけができていない。
……だが、そこはアイドルに誘う際に言ってあるはずだ。
人気が出れば、リック自身が看板娘となってお店にも客が来てくれると。
そこに納得してくれたから、彼女は今ここにいるはずなのだ。
私が根気よく説得を続けると、リックは更に語る。
「最初は良かったんです。お客さんも、美味しいって言ってくれて」
ちなみにリックのお店で出す料理は、私が元の世界から持ってきた料理の試作一号やこの世界の人たちの味覚に合わせた試作二号がメインだ。
実際滅茶苦茶美味しい。
「でも、すぐ近くに大きなお店が出来てから、人が全然来なくなって……」
…………あ、ごめん、それ出店したの私だ……。
そしてそのお店で出してる料理はリックのお店で得たデータを反映させたこの世界向けに完全カスタムしコストを大幅に抑え、質は少し落ちた制式量産タイプ。
あ、あれ? ひょっとしてこれ私の蒔いた種?
ま、待って、許可したのは私だけど提案したのはリックのお父さんだから、私悪くない!
――とはならないか……。
それ出店した時はリックとこんな因縁ができるとは思ってなかったからなぁ……。
リックは続ける。
「わたしは、もうアイドルをやっている暇なんて無いんです。時間は、有限なんです」
しかし、と私は思う。
「それは誰の意見?」
問うと、リックは虚をつかれた顔になり、ややあってから言った。
「……ラビリス様に、相談したので――」
あいつぶっ飛ばすわ……。
※
我が家に帰宅した私は、乱暴に大階段を駆け上がり、一直線に奥の部屋へと向かう。
そのままあえてノックをせずに扉を開けてやると、テーブルに二人分のカップを用意していたラビリスがゆったりと微笑んだ。
「まあ、今日はお早いのですね?」
よく言うわこのクソボケカス。
「リックが辞めたいって言ってきたんだけど」
「そう、リック様が」
さして興味も無さげに、ラビリスは二人分のカップにお茶を注いでいく。
「確かリック様の夢は、パン屋さんでしたね。ああ、でしたらわたくしたちのやっていることは、きっと彼女のためにはならないのでしょうね」
リックが本当に、自分の意思で夢を追うと決めたのなら仕方ない。
私は最後まで抵抗するが、そのラインを超えたらもう応援するしか無い。
結局リックもミュール家の傘下の一人なのだ。
が、それが誰かに歪められたのなら話は別だ。
「とりあえず続けてくれるってことになったから」
一瞬、お茶を注ぐラビリスの手が止まる。
「……無理やり、ということでしたら、わたくしは賛同できませんが」
このフリーダ・ミュールを舐めるなよ。
私は無理やりやらせるなんてことは決してしない!
昔それやって物凄い裏切られたから絶対にしない!
あの時は死ぬかと思ったヨ……。
「リックが自分から残るって言ってくれたの。『これならやってみたいかも』って」
「…………そう」
……いやまあ、実際のところはギリギリだった。
もうしばらく後に実行する予定の企画をだいぶ前倒しにしたので、全然まとまっていないのだ。
しかし、やらねばなるまい。
私はラビリス・トラインを相手にしているのだ。
手札を温存して戦えるような相手では無い。
と、先程リックに見せたものと同じ紙を鞄から取り出し、ラビリスに見せつける。
大きな文字で(仮題)と書かれているためまだまだここから大幅な改修作業が必要だが、今注目すべきはその隣の小さな文字。
「リック・ベティには、[クッキン・アイドル]になってもらう! もちろんラビリスにはみんなのリーダーとして全面的に手伝ってもらうから!」
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