第8話:こだわりは地獄
やばい、時間が無い。
本当なら環境、土台を整え、味方を増やしてからやるつもりだったが仕方あるまい。
石橋を叩いて渡ることを許さないくらい、ラビリスは恐ろしいのだ。
だが、どうする。
来週にこんな大規模な料理系アイドル公演なんてやる予定はなかったのだから、素材の調達とか、後は初等部の皆々様方に急遽予定変更の旨を伝えなければ……。
というか今までやっていた練習していた踊りやら歌やらを練り直さないといけない。
急がなくては……。
私は大慌てで、リックに新たな練習内容を伝えていく。
すると、リックはまた自信なさげになる。
「あ、あのぉ、わたしの、お芝居、長くないです……?」
一応そこは予定変更前から決めていたことだ。
簡単な振り付けと合唱だけだったなんちゃってアイドルから、私たちは羽ばたかなければならない。
だが、一つ二つのクッションを抜かしてしまったのはその通り。
リックの感じ方は正しい。
しかし、私はやがて大劇場を独占し、アイドルギルドによるアイドルギルドのための劇団チームを結成させ、ラビリスを雁字搦めにしたいのだ。
リックにはその尖兵となってもらわねば困る。
つまるところ、ここでリックに芝居を経験させ、自信をつけてもらいたい。
「大丈夫。芝居の方はラビリスも参加してくれるし、最初は私も出る。フォローはバッチリだよリックっ!」
実際、ラビリスなら完璧にこなしてくれるだろう。
何せ、私が五回のループを経てようやく完成させた[強力で難解な術式魔法]を一回見ただけで覚えて即実践した上で改良までして来る化け物だ。
あの時は悔しくてちょっと泣いた。
五回のループって時間換算するとおよそ五十年なんだけどな……。
だが今回は、そのふざけた才能を余すこと無く利用させていただく。
となれば今私がすべきことは権力者への根回しだ。
貴族たちに頭を下げて回らなければ……。
「そ、そ、そんなこと言われてもぉ……」
リックはなおも駄々をこねるが、付き合ってやる時間は無い。
一週間は想像よりもずっと短いのだ。
更にはリハーサルもあるし、そもそも学生なのだから授業があるし、放課後を全部練習に費やしても数時間しか残されてない。
だけど、私はお前の才能を信じてる。
そもそもこの目で見たから信じるも何も事実を言っているだけだ。
「思い出してリック。私は昨日、舞台の中でリックのお店のお菓子を出すと約束した」
「そ、それは、そうですけど……」
即ち、ステルスマーケティング!
しかもちょっとこれたぶん悪質なやつ……。
ま、まあこの世界にステマ禁止法なんて無いし……へへ、へ……。
「それに、今回の相手は子供、初等部の低学年! きっと騙せる!」
「だ、騙すって……何かそれ……」
正確に言えば、騙すではなく誤魔化す、あるいは大トリの楽しさで上書きするのだ。
そして最後に美味しいお菓子を振る舞えばもはや勝ちは決まったようなものだ。
子供はお菓子をもらえて楽しい。
そのお菓子を子供が親にねだればリックのお店も嬉しい。
そこも結局うちのグループだし私も嬉しい。
誰も損しない完璧な作戦が完成したではないか。
リックは、
「うう、そんなぁ……」
と泣きそうになりながら企画書をぱらぱらとめくっていく、。
すると、あるページに差し掛かった瞬間リックの様子がすーっと様子が変わっていき、私の目をまっすぐに見て言った。
「…………これ嫌です」
「は……? えっ……?」
「偽物の生地を捏ねて、偽物のかまどに入れてから魔法を使うとクッキーが出てくるって所」
「え、え? うん……」
え、何、どうしたの急に……。何か怖いよ? 破戒僧みたいになってるよ? 私何か気に障ること言った?
「あの、ひょっとしてわたしのお店馬鹿にしてます? わたしは、こんな作り方してません。わたしは毎日毎日太陽が登る前に起きて、魂を込めて作っています。これ嫌なので、わたしは本気でお菓子を作ります」
……あ、あのぉ、そういう意味で申し上げたわけでは無くて。
え、あの、相手子供ぞ? 初等部ぞ?
七歳とかの子らの前でひたすら職人のガチ仕込みをやるの?
職人の朝は早い、を生でやるの? 相手子供ぞ?
舞台上に本物のかまどを作って火をつけろと? 舞台木製ぞ?
「これだけは、絶対に嫌です。ちゃんと本物のかまどを用意してください。お芝居の開始時刻は朝の三時で。仕込みからやります」
やだぁこいつめんどくさいタイプのガチ勢だ……。
怖い……。 人選ミスったかな……。
でも手放したくない。これほどの才能を……!
「あ、あのねリック。これはあくまでもお芝居であって、本当にやるわけじゃなくてね」
「できないなら私やりません。アイドルも辞めます」
あわわわ……。
「あわわわ……」
あ、声に出ちゃった……。
「レシピはこちらで考えますので。人に出す料理となれば指示はわたしが出します。材料もわたしが指定したものを用意してもらいます」
誰か助けて。
※
帰宅後、自室に戻った私は、ひとしきり考えをめぐらしていた。
……不味い、不味いぞ。
何かリックの所為で変な方向に行きそうだ……。
何だよ朝三時から延々と生地を捏ねる姿を見させられる演劇って……。
いやまあそれはいつか別の機会にやったらウケそうではあるけど、少なくとも初等部でやるようなことではない。
……迂闊だった。
ラビリスというヤバさの頂点にばかりかまけていた所為で、他の連中も大概のヤバさだったことを失念していた。
まあ、かまどだけなら作ろうと思えば何とかなる、と思う。
動画でも手作りのピザ窯とか作ってるの見たことあるし……。
後は初等部の先生方に土下座して、許可を得るだけだ。
でも時間は無理だ。
私は絶句して頭を抱える。
「どーすんだこれ……」
っていうかあいつ来てくれる客のこと何も考えて無いな?
朝三時って夜だぞ……。
相手子供なんだぞ……。
くそう、……まともなのは私だけなのか……。
もしや、この流れもラビリスの差し金なのか?
あいつはここまで予測して……?
「今わたくしのこと考えてました?」
ひやりと冷たい指が首元に触れ、私は飛び上がった。
な、なんか一気に冷静になった。
世が世なら私は今お前に殺されてたわ。
まあもうすぐそんな世が来るから足掻いてるんだけどね……。
――よし、落ち着いた。
まずは、どこまでがラビリスの目論見なのかを探る必要がある。
この内容次第で、私が取るべき対策も変わるのだ。
もしも時間やかまどに関してまでラビリスの差し金なら、既に八方塞がりになっている可能性が高い。
だが逆に、リックのワガママやこだわりであるのなら、穴はいくらでもあるのだ。
と、私はリックから受けた注文を、なるべく誇張せず淡々とラビリスに告げる。
ややあって、ラビリスは少しばかり視線を泳がせ、数回ほど長めの瞬きをしてから言った。
「……リック様は、思い入れがお強い方……なのですね」
あ、こいつ無関係だわ! よっしゃ、何とかなる!
え、じゃあリックって誰に命令されたわけでもなくアレなの?
怖……。
「リック様は、朝、三時……ですか……」
ひょっとして、やりすぎたとか思ってるのだろうか。
……今回は共闘できる、か?
ラビリスが少しずつ他のアイドルたちのやる気を削いでいるのは知っている。
本当にやりたいことは何かとか。
このままで良いのだろうかとか。
頻繁にお茶会を開き、漠然とした将来への不安をやんわりと会話の中に織り交ぜ、アイドルという今への不安に小さな小さな火を着けて回っているのだ。
そういう意味では天性の詐欺師であり先導者というのがラビリスの正体なのかもしれないが、今はただその力をはしゃいで振り回しているだけでしかない。
だから、こういう状況にもなるのだ。
なのでラビリスには、この状況――想定よりもややこしくなってしまった事態への罪悪感は、あるはず。
……流石にあるよね?
「ねえラビリス、手伝ってよ」
「えっ?」
「あんたが余計なこと煽るから、リックが我儘になっちゃったんでしょ?」
「……リック様は、ご自分の仕事に誇りを持っていらっしゃるのです」
「その誇りは、他のみんなのやりたいことを邪魔してまでやること? 見に来てくれる子たちに無理やり押し付けてでもやるべきことなの?」
ラビリスが、口をつぐむ。
そう、本来ならこの時間は、私もラビリスも来週に行われる[クッキン・アイドル]の稽古に入らなければならないのだ。
まだまだ規模で言えば弱小グループなのが原因でもあるが、社長兼プロデューサー兼マネージャーの私がいなくなれば、統率は一気に取れなくなる。
リックの要望は、他の子たちから私の時間を奪い独占していることになっているのだ。
その意味がわからないラビリスではあるまい。
「ラビリス、みんな本気なの。……確かにリックがこだわるのはわかる。けどね、私たちはまだ弱くて、全てを叶えてあげることはできないの」
ややあって、ラビリスは一度唇を噛み締めた後、
「わかりました。わたくしからも行き過ぎた部分があったと、リック様に伝えます。今、他の方々にご迷惑をおかけするのはわたくしの本意ではありませんので……」
どうやら、今回の勝負は決まったらしい。
これで一安心だ。
しかし次の日、私とラビリス全力の説得に対し、リックは満面の笑みで答えだのだ。
「あ、すいません嫌です。先日ラビリス様は『自分の心に嘘をついてはいけない』と仰いました。『貴女の夢は美味しい料理を皆に振る舞うことでしょう?』と仰いました。そしてフリーダ様はそれを汲んで、アイドルの中に料理を混ぜてくださいました。なので料理の要求は全て呑んでいただきますし、そうでなければアイドルを辞めます。では失礼しますね、これから稽古があるのでっ」
私は絶句した。
ラビリスも絶句した。
ここは今地獄だった。
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