第1話:現状把握、宿敵をアイドルにしてしまおう


「おっはよーございます! イレーネ・グリスが今日も朝のご挨拶に参りました!」


 朝の寝室に元気な声がキィンと反響すれば、いよいよ三十四回目が始まったのだと痛感する。


 イレーネ・グリス。

 年齢は六歳。

 くすんだブラウンの髪を耳の後ろで結んだツインテールが特徴の、小さなメイド見習い。

 そして、最期まで私に付き従ってくれた仲間の一人。

 私の死から目を離さず、見届けようとしてくれた子。


 彼女は小さな手でテキパキとカップに注いだ朝のお茶を私に手渡すと、紙の束に書かれた今日の行事を読み上げておく。


「放課後の予定ですが、[商人ギルド]の皆様方と面会の後、[魔術師ギルド]のアークメイジを招き、フリーダ様が以前から掲げている[魔導科学時代]の到来を祝うパーティがあります」


 ああ……そう言えばこんな感じだった。

 懐かしい。


「パーティで披露する[最新魔導具]は、既に用意してありますが、ご確認なさいますか?」


 今、帝国の[魔法時代]は終わりを迎えようとしている。

 私が持ち込んだ[現代科学]と[魔導]の融合は、様々な[魔導具]の発展させ、帝国に[魔導科学時代]をもたらした。


 ……だんだん思い出してきた。

 確か今日披露する予定だったものは――。


 私は首を振り、言った。


「いや、良い。点検はイレーネがしてくれたんでしょ?」


「はいっ。これで以前フリーダ様が仰った、『一家に一台の冷蔵庫』が実現しますね!」


 既に、業務用の大型冷蔵庫は五年前に完成し、宮殿や砦、各ギルドで使われている。

 だが[魔導機関]の小型化にだいぶ手こずったのだ。


 イレーネは持っていた紙の束をぎゅっと抱きしめ、夢見るように言う。


「はぁぁ……凄いです。私が生まれた時は、まだ物を冷やすのに魔法を使ってたんですよね? それなのに、全ての家庭が当たり前のように冷蔵庫を持てる時代が来るなんて」


 こそばゆい持ち上げ方に、私は苦笑した。


「それは誰の言葉?」


「んへへ、お爺ちゃんです。ああ、それと夜を明るくしたのもフリーダ様だって」


 それは、魔力で動く街の街灯や部屋の照明を指しているのだろう。

 帝国は、大きく変わり始めている。

 そんな時代に、ラビリスは革命を起こすのだ。


 ――私は、これを止めたい。

 止めたいけど、もう力じゃ敵わない……!


 おもむろに私は言った。


「ねえ、イレーネ」

「はい?」

「私、歌で食べていこうと思うの」

「は? えっ? 何言ってんのかわかんない……」


 まあ、そうだろう。

 同じ立場だったら私も同じような反応する。


「魔導科学の方は軌道に乗ったし、後はみんなに任せて、私は歌の世界で生きてこうかなって」


 実際、私がこの世界に転生してからずっと進めてきた魔導科学が軌道に乗ったのは間違いない。

 そして伝えるべきことはもう伝えてある。

 であれば後はこの世界の人々が、この世界の知識で、この世界に必要なものを作るだけで世界は豊かになるはずだ。

 しかし、ようやく私が本気だと理解したイレーネは全力で首を横に降る。


「いやいやいやいや、駄目ですって! フリーダ様は魔導科学の担い手なんですよ!? それが突然いなくなったら、この先一体どうすれば良いんですか!?」


「別に全部捨てて歌に行くわけじゃないから大丈夫だって。今まで通り簡単な設計には参加する。だけどその後は、みんなに任せる」


 どちらにしても、これは私の本来の目的でもある。

 そもそも私は別に技術者でも無ければ経営者でもない。

 私は、この世界で一生遊んで暮らしたかったのだ。不労所得が欲しかったのだ。

 だと言うのに、こんなことになってしまって……。


 イレーネは尚も言う。


「だとしても、無茶です! 何のために吟遊詩人ギルドがあって、何のために教会直下の聖歌隊がいると思ってるんですか! 私みたいな普通の人ならともかく、フリーダ様は魔導師なんですよ!? 歌に魔力が乗るんです!」


 それは、魔導師の宿命である。

 魔力を乗せた歌が非常に強力な破壊魔法と同一視されていた時期だってあったのだ。

 なので、私が


「乗せなきゃ良いじゃん?」


 と言っても


「そんな理屈通りません! じゃああれですか? 街で剣を振り回して、当てなきゃ良いじゃんってなります!? なりませんよね!? 無理です、駄目です! 許可なんて降りません!」


 と返ってくるのは想定通りなのだ。

 であれば、私が辿る道は限られる。


「だから私も聖歌隊をやろうかなって」


「あ、ああー、それなら……。そういうことでしたら、まあ……確かに、フリーダ様が聖歌隊に入るのなら教会の人たちは喜ぶと思います。……でもそれじゃ食べていけなくないです?」


「そだね。だから聖歌隊っぽいのを作って、教会に売り込んで許可を貰って、後は内側から乗っ取って独自路線をやるつもり」


「そう言えばフリーダ様ってこういう人だった…………」


 イレーネは絶句して項垂れた。


 しかし、と私は思う。

 新しい何かを最初に始める者は、いつだって孤独だ。

 いつだって、茨の道を征く。

 であれば、正攻法だけでは世界は変わらないのだ。


「とりあえず最初の仲間は、ラビリス・トライン! あいつを誘う予定!」


「だからぁ! 無茶言わないでください! っていうか教会から聖女の肩書をもらってるあのラビリス・トライン様が、フリーダ様と一緒に聖歌隊乗っ取りなんてやるわけ無いです! 絶対に無理です!」


 そこはむしろラビリスの得意分野だから何も問題無い。

 それに――。

 私はイレーネを真っ直ぐに見て言った。


「その無理を、私は全部やってきたでしょ? 冷蔵庫だって最初は鼻で笑われたって話、お爺さんから聞いてない?」


「そ、それは……聞きましたけど……」

「だったら、今回の無理もきっとできる。イレーネも信じて」


 それは、私の偽らざる本心。

 とは言え、毎回できると信じて失敗してるのも、現実である。

 しかしそれが、戦わない理由にはならない。

 世界の現実と常識に、打ち勝つのだ――!


 ややあって、イレーネは不満げな様子を思い切り顔に出しながら言った。


「……信じないけど、お手伝いは致します…………」


「ン、ありがと。そういうのが一番好き」


 私は少し冷めてしまったお茶を一気に飲み干し、立ち上がる。

 待ってろラビリス。

 最初の仲間は、お前だ!


 ※


 国の名を冠する[アルマシア学園]が、貴族にだけ許されていた由緒正しき学園だったのは五年前までのことだ。

 今はミュール家や[商人ギルド]からの寄付金もあり、ほんの少しだが平民の出も在籍できるようになったり、選択制ではあるが[魔導科学]が新設されたりと、歩みは遅くとも着実に改革が進みつつある。

 元々敷地だけは広大で、いわゆる[腐敗した貴族]が権威の象徴として無駄に持て余していたのもあり、新校舎の建築は滞り無く進められ、現在もまた新しい校舎が建築中だ。


 そんな学園のメインストリートから少し離れたところにある、小さな噴水広場。

 古びた石のベンチに腰を掛け、私は深く深く呼吸する。


 ――さあ、勝負だ。


 朝の六時二十三分。毎回必ずこの時間に、ラビリスは従騎士を連れてここにやってくる。

 なので私はその三分ほど前から小ぶりのギターで演奏を始める。


 ああ、まさかこんなところで昔流行ったアニメの影響で始めたギターのテクニックが役に立つなんて……。

 後は適当に鼻歌を交えながら、ギターの音色を奏で――。

 演奏を終えると、後ろからパチパチと拍手の音が聞こえる。

 私は、今気づいたと言わんばかりの態度で大げさに振り返った。


「うわっびっくりした! い、いたの!?」


 そこにいた柔らかな雰囲気の少女、ラビリス姫が私にふわりとした微笑みを向ける。


「はい、いました。聞いてました。フリーダ・ミュール様は、素敵な才能をお持ちなのですね」


 ようし、反応は悪くない。ならばここは引いて見よう。


「べ、別にそんなんじゃないし……。こんなの、誰だってできるでしょ?」


 そう言いながら、私は少し落ち込んだ素振りを見せてみる。


「そんなことありません。フリーダ様の演奏、知らない曲でしたが……不思議と、心に響きました」


 そりゃそうでしょうよ。何せ私のバックには、元の世界に名を連ねる名作曲家が山のようについているんだから。


「そう……かな? 適当に思いついただけなんだけど……」

「でしたら、なおさらです! わたくしが保証いたします。フリーダ様は、素晴らしい才能をお持ちです!」


 来たぞ食いついたぞ。

 だが、まだだ。この流れだと私がアイドルになって何やかんやあって革命起こされて終わるのだ。

 重要なのは、ラビリスを、アイドルにすること。これを見失ってはいけない。


「ん、ありがとラビリス。――でも、これっきりにするわ」

「えっ」

「だって、パパは家を継ぐ立派な魔導師になりなさいって言うし。ほら、私んとこ男の子いないから……」


 だから、私は夢を諦めなければならない。本当はつらいけど、でも、仕方がないんだ。

 ……的な表情を全力で作って、私はちらとラビリスの表情を伺う。

 彼女は、酷くショックを受けたような顔をしていた。


 ひょっとして今回、マジで行けるか……?

 私は追撃する。


「ねえ、ラビリス。貴女も歌、好きなんでしょ?」


 すると、ラビリスはバツが悪そうに視線を落とした。


「い、いえ、そんな……わたくしは――」


 いや実際どれくらい好きなのかはぶっちゃけわからない。だが言葉は魔法なのだ。好きという気持ちを内側から、言葉として吐き出させるのだ。


 私はラビリスの細い腕に、ギターをぎゅっと押し当てる。

 これは私の宝物です。だから夢を、願いを貴女に託すわ……。

 みたいな感じで。


「……ラビリスの歌、聞かせて」


 ラビリスは少しばかり迷った素振りを見せる。

 やがて彼女は私の真剣な眼差しを見て、何かを察したように深くうなずいた。

 ラビリスは、なめらかなメロディーと共にゆっくりと歌い出す。


 ……確かこの歌は、二十年前の戦いで歌われた革命軍を称える抒情歌だ。

 私はドン引きした。


(こいつ歌まで革命に染まってる…。怖……)


 とは言え、彼女の歌声は確かに美しく、それでいてどこか儚げな――聞く者を虜にさせるような歌ではあった。

 しかし私の知る何千何百という歌の方が遥かに上だ。

 ベートーヴェンもビートルズもすぎやまこういちもいない世界の歌で何ができようか。

 何せ私の世界では、幾度となく歌の革命が繰り返されているのだ。


 ふと、ひらめく。


 …………ラビリスを[歌の革命]に熱中させれば良いのでは?

 戦う暇なんて無いほど、歌と、踊りで革命を起こし続ければ……良いのでは?

 いけるかもしれない。今度こそ、今度こそ私は生き延びることができる、かもしれない。


 やがて、ラビリスは歌い終えると少しばかり頬を紅に染めて私を見る。


「あ、あの、どうでし――あっ」


 私は、瞳からぼろぼろと大粒の涙をこぼして泣いた。もちろんこれは魔法で作った嘘の涙では無い。本物の涙だ。私は既に、自力で泣く技を編み出している。

 というか魔法で作った偽物の涙はこいつ相手だとバレる。

 実際昔やってバレた。あの時は死んだかと思った……。


「ご、ごめん、ラビリス。なんか、感動しちゃって――」


 しかし、いくらラビリスとて本物の涙は見抜けまい。

 私は、涙を拭うのを忘れるほど感動した、ような仕草でラビリスの肩に触れ、その大きな瞳を真っ直ぐに見つめた。


「ねえラビリス。私の夢、託しても良い……?」


 私は涙と嗚咽と感動で思考が上手く回らない……的な感じで言った。


「私ね、パパから外の世界のこと、いっぱい聞いてるの。それでさ、本をいっぱい読ませてもらって……ああ、世界にはこんなにたくさんの歌があるんだって、凄く感動して……これを広めれば、[歌の革命]が起こるんじゃないかって。――それが私の、夢」


 い、行けるか? やったか――?

 長い長い逡巡の後、ラビリスは言った。


「…………でしたら、わたくしからも……お願いがあります」

「言って。なんでも」

「あ、あの……フリーダ、さんに、曲を作っていただきたいのです」


 い、行った――。やった――。

 怖いくらい計画通りだ。

 私が人を集め、交渉し、場を整え、曲を作り、ラビリスが歌う。

 この関係がある限り、今度こそラビリスは私を切れない、はず。


(……あれ? 私だけやること多くない?)


 い、いや、ここで怯むな。せっかく見えた勝利なのだ、突き進むしかない。


「え、でも……私で、良いの?」


 私は本当に驚き、困惑し、感激した……ような素振りで言う。

 ラビリスは、深く、強く頷いた。


「先程のフリーダ様の曲。本当に、素晴らしかったのです。こんなに心が動かされたのは、初めてでした……」


 ……そ、そんなに感動してもらえるとちょっと嬉しい。


 いや、騙されるな。

 こいつは心の隙間に入り込む女。

 まだ私が望む言葉を言っているだけかもしれないのだ。


 私は、ラビリスの細く長い指に触れ、言った。


「それなら、これは――私たちの夢だね、ラビリス」


 さあ、勝負だラビリス。

 これが私の三十四回目。

 歌と踊り、すなわち[アイドル革命]ルートの始まりだ。

 今度こそ私は、勝つ!

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