異世界アイドル革命!死に戻り悪役令嬢は閃いた『こいつら全員アイドルにしてしまおう!』

清見元康

第1章:聖女ラビリス・トライン

第0話:プロローグ


『フリーダ・ミュールを殺せ!』


 群衆が私の名を叫ぶ。

 かつて帝都の中心として栄えた広場は今、血のような赤い夕日に照らされていた。   

 家や壁は、所々が崩壊しており、戦火の跡が生々しく残っている。


 群衆は尚も怒号を上げる。

 魔女め、悪魔め、お前さえいなければ、家族を返せ――。


 彼らは皆痩せ細り、目元は窪んでいたが、その瞳に宿るのは憎悪だけでなく、これで戦争が終わるという希望が混じることで狂気と狂乱へと変わっていた。


 しかし、私はもう彼らに対して恐怖を感じていない。

 なぜなら――。


(……これで三十三回目かぁ)


 私は死に戻りをしている。


 あの手この手で生き残るための手段を探るも、最終的には必ずこの断頭台で終わる、というループを繰り返し続けているのだ。

 まさか、日本から転生したこの異世界で死に続けることになろうとは……。


 一人の若い騎士が私の罪状とやらをツラツラと読み上げていくと、傍らにいた女が、私を見て薄く笑った。


 ラビリス・トライン。

 こいつこそが、この戦いの元凶。何度繰り返しても私が負け続けてしまう、原因。

 帝国の姫でありながら、革命のリーダーとして帝国に反旗を翻す女。


 こいつが一番わからない。何せ、毎回毎回革命の理由が違うのだ。

 私は毎回毎回必ず、前回の革命理由を先回りして対処し、より良い国にしていったはずだ。

 だというのに、今度は全然違う理由で革命を起こされ、全ての責任を私一人に押し付けられればこうもなる。


 いったいどうしたら……。


 騎士たちが、私の首を断頭台に固定し始める。


(――ああ……だ)


 もう、良いじゃないか。

 私はここで死ぬ定めなのだ。

 私が勝つことは、不可能なのだ。


 ……死への恐怖と絶望が、抗うことへの徒労に変わり、私はいつもこの瞬間諦めそうになる。

 しかし――。


 群衆の中に、仲間の姿を見つける。

 ある者は私を助けようとするも止められ、ある者は私の姿を忘れまいと真っ直ぐにこちらを見ている。


 私がここで諦めたら、彼女たちも犠牲になる。

 だから、私は折れるわけにはいかない。

 次こそは、必ず勝つ――!


 それが、私の最後の思考だった。


 ※


 私が転生したこの国、[アルマシア帝国]は来年で建国千年を迎える。

 かつては獰猛な魔獣が支配する危険な土地だったが、初代皇帝が討伐に成功し、仲間たちと共に国を起こしたのが今から九百九十九年前のことだ。


 私が生まれたのは、その仲間たちの血筋――[ミュール家]の分家だった。

 そう、分家だったのだ。


 四十年ほど前、[ミュール家]は初代皇帝の一族である[トライン家]を暗殺し、国を乗っ取った。

 そして二十年もの間、暗黒の時代が続く。

 だが、ミュール家による統治はそこで終わりを迎えた。


 トライン家最後の生き残りが率いる革命軍が、ミュール家を討ち倒したのだ。

 結果として、ミュール家の血筋はその戦争でほぼ全滅。

 唯一生き残った、本来ならば分家となるはずの末っ子が、私の父。


 ……流石に引いたね色々と。

 とんでもない家と時代に生まれてしまったと戦慄したものだが、それでも私は諦めず平和に健やかに、それでいて幸せに向かって全力で生きようとした。


 この世界には、魔法がある。

 それを学ぶのはとても楽しかったが、同時にこうも考えた。


『魔法って、科学だ』


 電力を魔力で代用した数々の魔導具は、国を豊かにし、結果としてミュール家は再興した。

 それどころか、今が全盛期と言っても過言では無いほどだ。


 ……それがいけなかったのかもしれない。


 ミュール家の傀儡となった今の帝国を許すな――。

 それが、一番最初にラビリスによって起こされた革命の理由だった。


 しかし、今はそれが建前でしかないことを知っている。

 何故なら、ミュール家の持つ全ての権利を放棄した世界線でも、ラビリスは別の理由で革命を起こしたのだ。


 私は負ける度にラビリスの革命理由を先に潰していき――前回の革命理由は、[魔力は大地の源である。このまま魔法を使い続ければやがて魔力が枯渇し世界が滅んでしまう。ただちに魔法の使用を禁止せよ]……だった。


 もう、どうしたら良いのかわからない。


 最初の十回は、まだ闘志に満ち溢れていた気がする。

 自らを鍛える過程で、魔力の総量には限界があることを知った。

 私の魔力量は決して多くは無い。

 平均からやや下――中の下といったところだろう。

 それでも、最初はまだ楽しかった。

 新しい発見の連続だったのだ。


 だが、十回のループ――百年もの歳月をかけて生みだした様々な魔法を、ラビリスはひと目見ただけで完璧にマスターし、それどころか改良までして私に撃ち放つてきた。


 十一回目からは帝国を飛び出し世界を股にかけた。


 数々の冒険をした。

 全て、ラビリスに壊された。


 二十回目の敗北で、私の心は折れかかった。

 節目、というのは人の心を折るのに十分な効果がある。


 三十回目の敗北を終えた私は、迷走した。

 いったい、どうすれば――。


 ※


 かは、と息をつき、私は天井を見上げた。


 いつものように体は汗だくで、いつものように私はぺたぺたと自分の顔と体を触り、状況を確認する。

 じとりと湿った赤く艶やかな髪は、まだ土埃で汚れていない。やや白い肌はまだ日に焼けていないし、傷も無い。


 うん、同じだ。

 ここは私の寝室で、私は十四歳で、処刑の十年前。どうやら三十四回目の挑戦が始まったらしい。


 私はのそのそと天蓋付きの広いベッドから降り、ふうううう、と長い長い息を吐く。

 私は絶叫した。


「ふっざけんな!! ああ!? なんで毎回毎回毎回毎回! いざってなると私の知らないとこで私の知らない戦力が現れて! 私の知らない連中が敵対してくんのよ!?  その癖して最後は同じメンツじゃん!? なんで!?」


 とにかくラビリスだ。ラビリスをどうにかできれば、活路はあるはずなのだ。

 でも、その活路が見えない。

 もう進むべき道が、わからなくなってしまった。


 ラビリス・トライン。

 学生の頃はまだ、猫かぶってた。

 人が望んでいるものをさらりと言い当て、解決策を導き、あるいは背中を押してくれる帝国の姫。

 誰もがラビリス様、ラビリス様と頼るみんなの聖女様。

 だがよくよく見れば、やっていることは心の隙間に入り込み、虜にし、まるで一流の詐欺師のように人を操る女。


 私も元の世界の知識が無ければ、危なかった。

 振り込め詐欺やら諸々の警告本を読んでたおかげで、ラビリスの言葉の薄っぺらさに気づけたのだ。


 しかし、詐欺師にだって日常はあるはずだ。

 赤子だった頃もあり、子供の頃の夢だってあるはずなのだ。

 ラビリスは、一体何がしたいのだ……。

 何か無いか――?


 ……そう言えば、こっそり歌の練習してるの見かけた事あったな。

 たった一回だけだったけど。

 ……歌好きなのかな?

 ふっ、と私は苦笑した。


「あいつ一生歌だけ歌ってりゃ良いのに」


 その時、私に電流走る。


「一生、歌だけ……」


 これだ。

 一番厄介なラビリスという女を、歌だけの女にしてしまおう。


「か、考えてみたらどいつもコイツも美男美女ばかり……! そ、それなら! 厄介な連中は全員、剣や魔法なんて学ぶ暇が無いくらい歌と踊りの虜にしちゃえば……!」


 そうして、私は決意を新たにする。


「ラビリス・トラインを、アイドルにしてしまおう!」


 もう、私が変わるのは辞めにする。

 ミュール家を正すのも、国を守るのも、戦うのも逃げるのも、全部――。


 ラビリス自体を変えなければ、私の世界は変わらないのだ。

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