異世界アイドル革命!死に戻り悪役令嬢は閃いた『こいつら全員アイドルにしてしまおう!』

清見元康

第1章:聖女ラビリス・トライン

第0話:プロローグ

 まず最初に、光があった。

 きぃん、と耳鳴りが響くと、私は眩しさから逃れるように目元をぐぐっとこすり、昨晩の酷い残業後を思い出す。

 お風呂に入る余裕も、食事を取る暇もなく、ただ力尽きるようにベッドに倒れ込んだ……気がする。

 ああ、また部屋の電気をつけたまま寝てしまったのかもしれない、と気だるく手を伸ばすも、枕の横にスマートフォンが無いことに気づく。


「おっ?」


 と出した声は驚くほど幼く、呆然と周囲を見やれば、そこは知らない天井だった。

 私は赤子となっていたのだ。


 ※


 [アルマシア帝国]の弱小貴族、ミュール家の長女フリーダ。それがこの世界の私だった。

 これは、異世界……転生というやつで良いのだろうか?

 ――だとしたら、元の世界の私は……。

 少しずつ、自分の置かれた状況を確認していく。


 この世界の私の母に当たる人は、私を産んですぐに亡くなったらしい。どうやら私はいきなり重くハードなスタートを切ってしまったようだ。


 私が産まれたミュール家は、昔はもっと大きい家だったようだが、本家から大罪人を出してしまったため、ほぼお取り潰し状態であり、他方から忌み嫌われているらしい。


 魔法は、ある。だが私の魔力量はほどほどらしい。

 色々調べてみたが、異世界転生で期待していたチート能力的なものは無かった。この類の特別な力は古今東西新旧問わず大抵あるものだと思っていたが……。

 残念ながらこの世界の人々との違いは知識だけと見て良いだろう。



 今は、この国の暦である女神歴の九八五年。

 帝国を二分するほどの戦争がようやく終結し、六年の歳月が経ったものの、戦火の傷痕はまだ国中に残っており、人々の生活を困難にさせている――そんな時代に、私は産まれてしまった。


 ……元の世界の私の……死因は、何だったのだろう。

 酷く疲れていたのを覚えている。

 病院に行く暇も無いくらい、考える余裕がなくなるくらい、酷い職場だった。

 衰弱と、流行り病が重なったのかもしれない。


 ――母の死因は、概ね全ての人が大なり小なり魔力を身に宿すこの世界では決して珍しくない[魔力衰弱]という病気だそうだ。

 ごめんなさい、と心の中で私は謝る。

 どうしても、この世界の貴女を母だとは思えない。この世界の父を、父だと思えない。

 私の家族は、元の世界の父と、母と、姉の三人だけだ。

 しかし同時に、私は最低な女だという思いも同居している。


(元の世界に、帰りたい)


 死んでしまうくらいなら、さっさと仕事を辞めてしまえば良かった。実家に帰れば良かった。

 ひょっとしたら、別の生き方があったかもしれない。


 しかし、もう私はここにいるのだ。

 命がけで産んでくれた人を母だと思えない私は、薄情な女なのだろう。

 だが、それを理由に家を捨ててしまうほど無責任な女では無いはずだ。


 だからせめて、私を産んでしまった貴女に、報いようと思う。

 持てる知識を全て使って、この国と豊かにしよう。

 ミュール家を復権させよう。

 貴女のように、亡くなる人を少しでも減らそう。

 それがきっと、母とは思えない貴女への、せめてもの償いだから――。


 ※


 ――十四年後。

 フリーダ・ミュール、十四才。

 [魔法学園]の教室にて。


「ごきげんよう、フリーダ・ミュール様」


 ふいに投げかけられた声で、私は考え事から現実へと引き戻される。

 周りを見やれば、既に他の生徒たちは教室から移動を始めていた。


「次は野外授業ですので、良ければ……ご一緒にと、思いまして――」


 由緒正しき[魔法学園]に通う私は、ミュール家復権を誓ったあの日から忙しい日々を送っていた。

 いわゆる、現世知識チートである。

 おかげで私がこの地に産まれてしまった時に比べるとミュール家は遥かに大きくなった。

 しかし……いや、それ故にと言うべきか、私は決して小さくない問題をいくつか抱えてしまっている。


 今、穏やかな仕草で私に微笑みかけている彼女の名は、ラビリス・トライン。

 この[アルマシア帝国]の[第一皇女]にして、皇位継承権第三位の持ち主である。

 別に彼女や皇位がどう、と言うつもりは無い。

 良い子だと思う。優しい子だと思う。

 しかし、彼女は私が抱える問題の一つなのだ。


 ふと教室の外を見やると、ラビリスの取り巻きの子らが汚物を見るような目で私を睨みつけていた。


「ミュール家のくせに……」

 彼女たちはヒソヒソと、しかしはっきりと聞こえる声で続ける。


「悪そうな顔」

「潰れちゃえ」


 これである。

 とは言え今更こんな些細な誹謗中傷に心をかき乱されたりはしない。

 これも現世の記憶と知識を持つ故なのだろう。


 余裕ができれば、違う景色も見えてくる。

 取り巻きたちの声はラビリスにも聞こえたはずだ。彼女は少しばかりバツが悪そうな顔になって苦笑を浮かべ私の返事を待っている。


 ……まあ、大変だよな。


 心情的には、ラビリスの誘いに乗ってあげたい。だがきっとその選択は、彼女にとっても良くないものをもたらす。

 ただの取り巻きと言えども、皆貴族の子たちだ。本心から付き従う者などわずかだろう。

 結局のところ、あの子らも貴族の子息としてラビリスがちゃんと神輿たり得るかを見極めようとしているのだ。


 ――貴族の世界って、えげつないよな。


 と、私は教科書をカバンに詰め、立ち上がる。


「……ごめんねラビリスさん。気持ちはすっごく嬉しいんだけど、たぶん……良くないと思う」

「そう……ですか」


 とラビリスは表情を曇らせる。

 だが、お互いの立場上こうするしか無いのだ。わかってくれ皇女様。


「うん、ほんとごめんね。でも誘ってくれたこと嬉しかった、ありがとねっ」


 私はそう笑顔を作ってから、取り巻きたちがまた何かを言い出す前にそそくさと教室を後にする。

 取り巻きたちの脇を抜ける形になり「最悪」「ミュール家死ね」などと投げかけられると、私は『お前らはどうせ誘いを受けても文句言うんだろうが』とは言わず「ごめんねー、通るねー」と作り笑顔で乗り切った。


 これで良い。これで良いのだ。

 私は結果で語る女。

 この十四年間でミュール家はだいぶ大きくなった。

 同じように、現世の知識をたっぷりつかい国を更に豊かにすれば、あの子らも手のひらを返さざるを得ないだろうて。

 待ってろ未来! 私は絶対にやり遂げて見せるからなっ!


 ――十年後

 フリーダ・ミュール、二十四歳。

 [帝都広場]、断頭台にて。


『フリーダ・ミュールを殺せ!』


 群衆が私の名を叫ぶ。

 かつて帝都の中心として栄えた広場は今、血のような赤い夕日に照らされていた。   

 家や壁は、所々が崩壊しており、戦火の跡が生々しく残っている。


 群衆は尚も怒号を上げる。

 魔女め、悪魔め、お前さえいなければ、家族を返せ――。


 彼らは皆痩せ細り、目元は窪んでいたが、その瞳に宿るのは憎悪だけでなく、これで戦争が終わるという希望が混じることで狂気と狂乱へと変わっていた。


 私は衛兵に押され、断頭台へと足を進める。

 ちらと広場を見下ろすと、憎悪と狂気に満ちた群衆の目が私に向けられていた。


(どうしてこうなった……)


 少しずつ、私は思い出していく。

 私は現世の知識を総動員し、様々な[魔導科学]を確立。毎年出していた餓死者、凍死者を大幅に減らすことに成功した。

 国は驚くほど豊かになり、魔力で灯る[街灯]が夜の街を明るく照らすようになったことから、私は[夜明けのフリーダ]と呼ばれるほどになった。

 そしてミュール家は、再び強大な地位と力を手に入れたのだ。


 と、若い騎士がミュール家の罪状とやらをつらつらと読み上げていく。

 内容は『魔導具の独占』『民への度重なる弾圧』『皇帝暗殺』『魔導騎兵を用いた恐怖政治』などなど切りがなく、誇張とデマと責任転嫁がたっぷりと織り交ぜられていた。


 ふと、若い騎士たちの傍らにいた『現皇位継承権一位』のラビリスが、私の姿を見て薄く笑った。


 ようやく、私は理解する。

 ――私は、ハメられたのだ。

 しかし、ラビリス一人の仕業ではあるまい。彼女の父を暗殺し、更には二人の兄をも亡き者にしてまでラビリスを女帝にしようと目論んだ巨大な勢力がいたのだ。

 ああくそ、迂闊だった。

 日々の発明にかまけて、今の私は所詮『この世界の住民』の一人でしか無いことを、忘れてしまっていたのだ。

 …………その結果が、これか。


 騎士たちが、私の体を断頭台に固定し始める。

 明確な死のイメージはたまらなく恐ろしい。

 だが、私はこうも思うのだ。


(死ぬことくらい、みんなやっているんだ。それに私は、二度目だから――)


 他の人より、恵まれている。

 少なくとも、そう思い込むことで、体の震えを抑え込むことには成功していた。


 それでも、これから私の首が落ちる予定のカゴに視線を落とすと恐怖に負けそうになる。

 せめて、前を向きたい。

 ――私は……。


 血のように赤い夕日は美しく、私は少しだけ笑ってみた。

 きっとそれが私の処世術で、最初の死因にも繋がったのだろう。

 ――悔しいな。


 それが、私の最後の思考だった。


 ※


 かは、と息を吐き、私は目を覚ました。

 ぜえ、ぜえ、と荒く呼吸しながらも、私は全身にべったりと嫌な汗をかいているのに気づく。


 天井に、見覚えがある。

 私の家――ミュール邸の寝室だ。


(夢、か? それにしては妙に生々しい――)


 思考が定まらない。

 夢を、引きずりすぎている気がする。

 …………いや待てよ?

 私は、重大な思い違いをしていたのかもしれない。


 と、私はベッドから起き上がり、壁に貼り付けられたカレンダーから日付を確認していく。


(――十年前だ)


 私は、処刑から十年前――まだ十四歳だった頃の時代にまで、戻ってきたのだ。


(――なんだよ、ちゃんとあるじゃん……!)


 即ち、チート能力!

 なるほど、これは気づかない。

 何せ、死に戻りというのは死んで初めて分かるのだ。


 だが、良いだろう。

 この力、存分に使わせてもらう。


(――このフリーダ・ミュールを舐めるなよ)


 私は、同じ失敗はしない。

 どうやら前のループの私は敵を作りすぎたらしいから、今度はやり方を変える!

 ふふ、待っていろ世界!

 私は今度こそ、生き延びて見せる!


 ※


 ――十年後。

 女神暦一◯一◯年。


『フリーダ・ミュールを殺せぇーー!!!』


 ……なんで?

 なんで前回より群衆の勢い凄くなってんの?

 ねぇなんで?


 今回の私は、極力敵を作らず、平和的に行動したはずなのに、何か普通に隣国と反乱軍が手を結んで攻めてきて普通に戦争で負けたんだけど……。

 こんな事は前回無かったのに……。


 と、私は前回と同じように衛兵に押され断頭台へと足を進める。

 前回と同じようにラビリスが私を見て、薄く笑う。

 そして首を断頭台に固定され、前回と全く同じ夕日を呆然と眺めた。

 で、でも大丈夫のはずだ。

 私には、死に戻りのチートがあるから。

 今日に至るまで結局一度も死んでないから確認しようが無いけど、たぶん、きっとまた十年前に戻るだけだから……!

 お、覚えてろよお前ら……。次こそ、私は生き延びて見せる。

 三度目の正直というやつだ!

 あ、夕日綺麗……。


 それが今回の私の最後の思考だった。


 ※


 ――三十三回目。

 女神暦一◯一◯年。


『フリーダ・ミュールを殺せ!』


 夕日に照らされた広場で、群衆たちが熱狂する。

 私はついに三十三回目となったその光景を見ながら、思う。

 …………きつい。

 死に戻り系のチートって、地獄だ。

 何度繰り返しても私がギロチン送りにされる。

 確か前回のギロチン理由は[魔力は大地の源である。このまま魔法を使い続ければやがて魔力が枯渇し世界が滅んでしまう。いたずらに魔力を浪費させるフリーダ・ミュールを許すな]だった。


 もう、どうしたら良いのかわからない。

 ループする度に、背負うものが増え続けているような気がする。

 その重みに、押しつぶされそうな気がする。

 最初の気持ちを、もう思い出せない。

 一度のループで、十年。

 単純計算すると、私は今年で三百四十四才になる。

 私の心は、折れかけているのだ。


 一人の若い騎士が私の罪状とやらをツラツラと読み上げていくと、いつものようにラビリスが私を見て薄く笑った。


 ――もう、わかっている。

 こいつこそが、この戦いの元凶。何度繰り返しても私が負け続けてしまう、原因。

 皇女でありながら、帝国に反旗を翻す革命の乙女。


 こいつが一番わからない。何せ、毎回毎回革命の理由が違うのだ。

 私は必ず、前回の革命理由を先回りして対処し、より良い国にしていったはずだ。

 こいつを女帝にしようと目論む勢力を潰しても、他の様々な勢力に対処しても、次は全然違う勢力と結託して結局革命を起こされるのだ。

 そしていつものように、この世の不幸の全責任を私一人に押し付けてくるのだ。

 いったいどうしたら……。


 騎士たちが、私の首を断頭台に固定し始める。


(――ああ……だ)


 もう、良いじゃないか。

 私はここで死ぬ定めなのだ。

 私が勝つことは、不可能なのだ。


 ……死への恐怖と絶望が、抗うことへの徒労に変わり、私はいつもこの瞬間諦めそうになる。

 しかし――。


 群衆の中に、仲間の姿を見つける。

 ある者は私を助けようとするも止められ、ある者は私の姿を忘れまいと真っ直ぐにこちらを見ている。


 私がここで諦めたら、彼女たちも犠牲になる。

 だから、私は折れるわけにはいかない。

 だから、私は必ず勝たなければならない――。

 私は、私は――。


 また、ギロチンが落とされた。


 ※


 かは、と息をつき、私は天井を見上げた。


 いつものように体は汗だくで、いつものように私はぺたぺたと自分の顔と体を触り、状況を確認する。

 じとりと湿った赤く艶やかな髪は、まだ土埃で汚れていない。やや白い肌はまだ日に焼けていないし、傷も無い。


 うん、同じだ。

 ここは私の寝室で、私は十四歳で、処刑の十年前。どうやら三十四回目の挑戦が始まったらしい。


 私はのそのそと天蓋付きの広いベッドから降り、ふうううう、と長い長い息を吐く。

 とにかくラビリスだ。ラビリスをどうにかできれば、活路はあるはずなのだ。

 でも、どうすれば良いのかがわからない。

 もう進むべき道が、わからなくなってしまった。


 ラビリス・トラインが、全ての中心なのだと気づいたのは三回目の途中からだ。

 最初の頃は、賢くて優しいお姫様だと思っていた。

 よく、学友の悩みを聞いてあげたり、悩める子らに率先して手を差し伸べていたのを覚えている。

 誰もがラビリス様、ラビリス様と頼る、みんなの憧れの皇女様。


 だが、よく見ればそれは心の隙間にするりと入り込み、一流の詐欺師のように人々を扇動しているだけだったのだ。

 ラビリスは、民を助けていたのではない。

 自分の信者を作っていたのだ。

 私は当初は、いわゆるラビリス派と呼ばれる貴族連中が革命を裏で操っていたと思っていたが、彼らすらもラビリスが自ら集めた傀儡でしかなかったのだ。

 しかし、と私は思う。


 ――何のために?


 それが、わからない。

 ラビリスの主張に、一貫性がないのだ。


 彼女は、一体何がしたいのだ……。


 何か、何かヒントは無いか――?

 ああいう詐欺師にだって日常はあるはずだ。

 赤子だった頃もあり、子供の頃の夢だってあるはずなのだ。

 なにか――。


 ……そう言えば、こっそり歌の練習してるの見かけた事あったな。

 たった一回だけだったけど。

 ……歌好きなのかな?

 ふっ、と私は苦笑した。


「あいつ一生歌だけ歌ってりゃ良いのに」


 その時、私に電流走る。


「一生、歌だけ……」


 これだ。

 一番厄介なラビリスという女を、歌だけの女にしてしまおう。


「か、考えてみたらどいつもコイツも美男美女ばかり……! そ、それなら! 厄介な連中は全員、剣や魔法なんて学ぶ暇が無いくらい歌と踊りの虜にしちゃえば……!」


 そうして、私は決意を新たにする。


「ラビリス・トラインを、アイドルにしてしまおう!」


 もう、私が変わるのは辞めにする。

 ミュール家を正すのも、国を守るのも、戦うのも逃げるのも、全部後回しだ。


 ラビリスを変えなければ、私の世界は変わらないのだ。

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