第32話 「宴会」とう名の「魔界」①
葉山とコーチ陣は、1名を除いて、自宅へ帰らずに食事処【雅】へ、直行した。
さて、ここで問題です。一人だけ自宅へ帰ったコーチは、誰だったでしょうか?
A 山根コーチ B 夫音コーチ C 雨音コーチ
・・・・・
正解は・・・天音コーチでした。(誰も、A~Cの中から選択とは、言ってないし、Bと答えた人は、字をよく見て! 『おっとね』コーチになってるよん)
【雅】は、天音コーチの自宅だからね。
学校の坂を徒歩で10分ほど下って、県道に出るとすぐに【雅】はある。
「私、奥座敷行ったことがない」と、澪コーチ
「私も」
「へぇ~そうなんだ」
「チーズハンバーグは、よく食べに来るけどね」
「ホントに、全額おごりで、間違いないよねぇ。私、お金持って来てないし」
「美弥コーチ、大丈夫だってば」
「ホント、腹減った。もう死にそぉ~」
「やったぁー、 二人分食べれる💛」
「あのね、意地でも死ぬもんか」
そんな会話がされつつ、コーチ全員が、奥座敷の最上級間【大奥】へ集まったのである。
もう懐石料理の一部は並んでいた。
「わぁーすごい! 船盛まである。しかも2つも」
「大名屋敷ってすごいね」
「おいしそ~」
「超豪華、コーチになって良かった」
「これが、毎月食べられるなんて、しあわせ」
「おいおい、誰が、毎月ここ(懐石料理)でやるって言った?」と、最後に到着した葉山がコーチ陣の背後から言った。
「違うんですか?」
「当たり前田のクラッカーよ。毎月、ここでやってたら、破産するわ!」
「あんな大きな会社の社長さんなら、全然、大丈夫じゃないですか」
「くだらん事言っとらんと、始めるぞい」
「あっ、話をそらした」
厨房から、天音コーチが、割烹着姿で現れ、おひつに入ったご飯を持って来た。
「ホントは、ご飯出すのは後だけど、みんなお腹が空いてるだろうから、持って来た。すき焼きもある事だしね、ご飯があった方がいいでしょ?」
「当たり前田のクラッカー」と真子コーチ
(みんな、葉山の毒に侵されていく。それは、静かに、そして確実に)
「さっすがー、天音コーチ」
「ウナギもあるしー」
「ひつまぶしにして食べよっと」
「葉山監督、なにボーと立ってるんですか?」
「あのね。どこに座ろっかなって思って」
すると、穂乃香コーチが
「監督だから、この中で一番偉い人という事で、あそこの床の間なんかいかがです?」
「天音コーチ、穂乃香コーチだけは、一人分の代金もらってください」
「はい、わかりました」
「あーーーーー、裏切った。天音コーチとのお付き合いもここまでね」
「だって、鴨がネギ・・じゃない、上得意の、葉山様ですもの」
「早く始めようよぉ~」
「カムサムニダ」
葉山は、瞳コーチの右側が空いていたので、そこに座った。
(なんだかんだで、みんな立派な社会人。誰が上座に座るべきかは、当然のごとく分かっており、だからこそ、瞳コーチも、右側を空けておいてくれたのである)
「本日の司会進行を務めてまいります、日野、日野 真由香と申します。なに分、不慣れな故、つたない進行ではございますが、よろしくお願いします」
誰も、何も言っていないのに、真由香コーチが、進行役を買って出た。
「え~、おまたせしました。只今より、第一回多岐商女子テニスクラブ戦略会議を開催いたします」
(一斉に拍手が起こる)
「ありがとうございます。ありがとうございます。
では、まず初めに、葉山監督からのご挨拶を、球割りたいと存じます」
<【賜る】が正解。 球を割ってどないするんじゃ!>
と、言う訳で、葉山が、マイクを握るフリをして、挨拶を始めた。
「と言う訳で、みなさんの経験を活かしつつ、インターハイ優勝を目指して、頑張って行きましょう」
・・・・・
「へっ それだけ?」
「と言うより、【という訳で】の前の話が、全然ないんですけど」
「なんだ。不満か。なんなら、1時間ぐらい、話をいてやってもいいが。話すのが社長の仕事だから、どれだけでも、しゃべれるぞ」
「いえ、けっこうです」
「腹、減ったぁ~。早く食べたい」
「だろ?」
「社長・・じゃない。監督の粋な計らいにより、挨拶はここまで。
次に、乾杯の音頭を、瞳コーチからお願いします」
「じゃあ、みんなグラス持って」
「はい!」
「ひとことで決めるよ!」
「はい!」
「多岐商女子ソフトテニスクラブ、 楽しんで行こう!
乾杯!!!!!」
「かんぱ~い!!!」
(パチパチパチパチ)
「よーし、食べるぞぉ~」
「わぁ、これおいしい!」
「うなぎ、うなぎ」
「おおとろ、大トロ、おおトトロ~」
「あ~、もう幸せ」
もう、この頃になると、ゾンビ4名も、完全復活を果たしていた。
(ゾンビは夜行性だから、当たり前か)
共通の特技、共通の目標を持った、仲間だけの飲食会は、楽しいに決まっている。
誰もが、飛びっきりの笑顔で話し、食事をしている。
すると、人愛コーチが、
「葉山監督ぅ~、お酒飲んでもいいでしょうか?」
「ん~ どうしようか。
まあ、今日は、めでたい立ち上がり式だから、よしとするか。ただし、今日だけだぞ。今後一切、テニスが関係している場での酒は、禁止とするからな」
すると、「はーーーーーい!」と、元気のいい声が返ってきた。
《葉山は、重大なミスを犯した。
このメンバーに、【お酒】という、最強の武器を、自ら渡してしまったのである。
ただでさえ癖の強い、このメンバーにだ。
それは、例えて言うならば、腹を空かしたライオンに、特上のサーロインステーキを与えるようなものであった》
テニスの神様は、思う・・・・
<後悔、先に立たず。なにやってんだ、おめ~はよぉ~>
1⃣ 葉山監督と瞳コーチ ついでに真由香コーチ
「瞳コーチ、本当に、ありがとうございます。瞳コーチのおかげで、順調な・・と言うより、予想以上にクラブの立ち上げがうまくいきました」
「いえいえ、ここにいるみんなのおかげです」
「僕の目に狂いはなかった。瞳コーチが、ビシッと締めてくれるおかげで、全てがうまく回ってます」
「私も、思っていた以上に、うまくいっている事に、驚いています。最初、クラブ員の乱打を見た時に、正直、『やばいかも』って思いましたが、みんな、よくついてきてくれるし。
ナナミーとあべちがしっかりしているから、助かってます。
私たちの現役時代の時よりも、圧倒的に多く走らされているのに、誰も音を上げないでいます。ホント、すごいと思います」
「そうですね。でもそれは、コーチの方々の指導・接し方がいいからですよ」
「そう言われれば、そうですね」
この時、葉山の右にいた、真由香コーチが、口を挟んできた。
「なんか、怪しいなぁ~」
「なにが」と葉山。
「なにがって、二人の関係が。
前々から感じてたんだけど、監督の、瞳コーチを見る目が、私たちを見る時の目と違うような」
「なにをおっしゃる、うさぎさん」
「アララぁ~、気のせいかなぁ~。葉山監督の耳が、赤くなったような。
好きなら好きって、男らしく言った方がいいですよ。孔明君みたいに」
・・・・・
「瞳コーチ、 すっ すっ すき焼き 食べましょう」
「はい」
「女の感ってするどいでしょ? 今日はこれくらいで、勘弁してあげますか」と、真由香コーチが、小声で、葉山にささやいた。
(恐るべし、真由香コーチ! やっぱ、好きと言う気持ちは、どっかに出てしまうのかなぁ~)
そんな事を思っている葉山の横では、瞳コーチが、名賀屋コーチンの卵を、すき焼きに掛け、おいしそうに食べていた。
2⃣ 穂乃香コーチと天音コーチ
「今日は、ありがとう。こんなに素敵な席を設けてもらって。
前に【大名御膳】食べた事があるけど、明らかに、品数多いし、ノドグロとかもあって高級食材満載って感じやん。だいぶサービスしたでしょ」
「ん~ チョコッとだけね。気にしないで」
「じゃあ、気にしないで、遠慮なく食べちゃおっと」
「どうぞ、どうぞって、・・・
今、思い出してしまった。さっきの『サービス』の一言で」
「何を?」
「山口国体、決勝戦」
「ああ。あれね、痛恨のダブルフォルト」
「あーーー、ずっと忘れてたのに、思い出してしもうたやないの」
説明しよう!・・・
山口国体において、スポーツメーカー【ヨネッスケ】の穂乃香コーチと、これまたスポーツメーカーの【コクブケンコー】天音コーチが、決勝戦で顔を合わせた。
逆転につぐ逆転で、結局フルセットの大激戦となった。ファイナルセットも、ポイントを取られたら取り返すが繰り返され、ジュース10回目にして、ようやく決着がついた。
それは、天音コーチが、痛恨のダブルフォルトをしてしまい、激闘にケリがついたのであった。
「あの後、ショックが大きすぎて、しばらく立ち直れんかったやないの」
「そんな事いわれてもねぇ。・・・ただ、とってもいい試合だった。両チームとも、ほとんどミスが無くて。 楽しかったなぁ。 私は」
「確かに、いい試合だった。勝った試合は、あまり良く覚えてないけど、あの試合だけは、ほんと良く覚えてる」
「『しばらく立ち直れんかった』って言ったけど、国体の後、アジア選手権で個人優勝してなかったっけ?」
「それは、3年後の話。その試合も危なかった。
フルセットで、サービスが回って来た時に、山口国体の悪夢が頭ん中をよぎって。
だから、ダブルフォルトだけはしないようにと、セカンドサービスを打ったら、
これがとんでもない、山なりイージーサービスになっちゃって。
『ヤバっ』と思っていたら、相手の韓国チームの前衛が、『チャンスボール』って思って、力んだんだろうな。フルスイングでしたレシーブがネットの白帯に当たって、レシーブミス。で優勝となった訳よ」
「じゃあ、半分ぐらいは、私のおかげね」
「なんで、そうなるかなぁ~」
勝負の世界は、勝ったり、負けたり。
負けた事を糧にして、さらに努力を重ね、勝利へと繋げていく。
天音コーチは、ナナミーが言った、
『今までさんざん負け続けたから、今度は勝ち続ける番』という言葉を思い出していた。
【彼女達のために、出来る限りの事をしてあげよう】
そう固く心に誓う、天音コーチであった。
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