第25話 始動
「全員、集合」 葉山が、号令をかけた。
「はい!」
「では、いよいよ本格的に練習に入る。
コーチ陣には、最初からハードに行ってくださいと、お願いしてあるから、これからの1か月、とても辛いとは思うが、耐えてくれ。
特に最初の1週間は、『もう、やめたい!』と思うくらい、厳しくいくが、それを乗り越えなければ、君たちに未来は無い。大げさに聞こえたかもしれないが、本当に大切な1週間になる。
自分に甘えるな!
負け続けのテニス人生にピリオドを打つんだ!
いいか、苦しいのは、自分だけじゃない。他のみんなも一緒だ!
コーチを信じろ!、そして、コーチについていけ!」
「はい!」と大きな返事が返ってきた。
「それでは、後は、瞳コーチ、お願いします」
「はい、じゃあ、今、監督から話があったけど、バンバン追い込んでいくよ!」
「はい、お願いします!」
「今日は、柔軟体操10分、スイング練習20分を行ったのち、全員、終了まで、定位置での一本打ちを行います。定まった休憩時間はとりません。練習の合間をみて、各自、給水を取ってください。
今日の練習は、あなた達の体力と、フォームの確認をするのが目的です。
3名で1チームを作り、その他に、コーチが1名付き、フォーム等をチェックします。
コーチは、気づいた事を、この練習ノートに書き留めてください。
(と言って、1冊のノートを掲げた)
ノートとペンは、1コーチに1セットづつ用意してありますから、すぐに渡します。
まずは、フォアハンドから、10球づつ、一本打ちをします。次の人は、休憩タイム。
とは言っても、ボーとしているのではなく、自分の打った10球のボールが、どうだったか。ボールが短すぎだとか、ネットばかりしていたなとか、自分なりに反省・評価し、コーチからのアドバイスを思い出して、じゅあ、次の10球はどうするのかを、考えていてください。
3人目の人が、球出しをします。打つ人が、しっかりと構えたのを確認してから、打ちやすい位置に、打ちやすい高さに、リズム良く出してあげてください。
10球打ち→球出し→休憩→10球打ち→球出し→休憩を繰り返していきます。
2時間、フォアハンド打ちを行います。最初の1時間は、正クロス、その後、1時間、逆クロス。それぞれ1時間の内の前半は、クロス打ち、後半はストレート打ちをして、そして、2時間バックハンドに移ります。
要は、フォアハンドの正クロクロス→正クロストレート→逆クロクロス→逆クロストレート、各、30分づつです。
ボールが無くなったら、走って、全員で球拾い。もちろんコーチも。
拾い終わったら、ボール籠を持って、走ってこちら側へ、戻ります。
一番拾った球が少なかったチームは、すぐに、全コートを1週、全速力で。その中で、一番遅かった者は、さらにもう1週。だたし、コーチは、ランニングの対象とはしません」
「良かったぁ~」と、コーチ陣。
「ボールの量の判定は、私が決めます。
判定後、ドベでなかったチーム員で、各、籠のボールを均等に分けてください。
だから、ドベチームが走っている間、少しだけ休憩が出来る事になります。
各コーチは、休憩番のクラブ員に、気づいた事があれば、指導してやってください。
打っているクラブ員にも、その都度、口頭指導してかまいませんが、練習は止めないように願います。
複数名・多人数のコーチによる指導は、専門的な指導を受けられたり、いろいろな事を吸収できるというメリットがある反面、デメリットもあります。
前に、監督から、『コーチによって言っている事が違う事もあるが、とりあえず、その通りやってみて、自分に合ったものを、自分で見つけていくように』との話がありましたが、まったくその通りです。この事は決して忘れないでください」
「はい!」
「では、3名ずつ、チームを組んで。前衛と後衛は、一緒にしないで。
チーム分けは、ナナミーお願いね」
「はい、わかりました」
「やすこは、別メニューです。監督から支持を受けてください。やすこの所へは、代わりにコーチが入ります。
コーチについては、若い二人は、ずーと入りっ放なしで。おばさんは、交代、交代で。
以上!」
「お願いします!」
「アベチ、すーあん、あれなで、Aコートへ。残りの前衛は、Bコート
後衛は、しおりん、ドレミ、ジュリエットでチーム組んで、Cコート。じゃがリコと、私と、コーチで、Dコート。
すぐに、分れて」
「はい!」
・・・クラブ員が、コートに散って行った・・・
一方、コーチ陣は・・・・
「さて、おばさんも、入りますか」
「こういう時だけ、『おばさん』を受け入れるんですね」
と、言わなきゃいいのに、人愛コーチ
「あーた達も、あの子達から見れば、立派な『おばさん』だけど、今日のところは、『若い二人』に入れといてあげるわ」と、天音コーチ
「って事で、澪コーチと、人愛コーチは、出ずっぱりで、 よ・ろ・し・く」
「はぁ~い」
「無駄話しない!、早くコートに入って!」と、瞳コーチが、怒る。
<やっぱり瞳コーチは、頼りになるぅ~>
「では、始めるよー、声出していくよ。いい?」
「はい!」
元気よく、練習が始まった。
まずは、Aコート
183cmの、あべちが、しっかり構えをとると、迫力がある。前衛にしては、フォームが大きすぎる気がしないでもないが、手足が長い特性を生かしていると言えなくもない。
見守るのは、真由香コーチ。
確かに、フォームは安定している。ボールの回転も、よく掛かっており、なによりいいのが、ボールが長い。ライン際で、ストーンとボールが落ちている。後衛でも十分やていけるだけのスピードもある。
気になる点があるとすれば、自分に近いボールに対して、巻き込みすぎて、アウトボールになりやすいといった所か。
あと、以外にも、トップボールが、思ったほど威力が無い。低めのボールに対しては、体全体が使えているのに、高めのボールに対しては、手打ちになって、ネットやアウトが比較的多い。
つぎは、すーあん。
183cmの次は、182cmってか。
『この二人がいるだけで、相手のチームは、ビビルだろうな』
そんな事を考えつつ、フォームをチェックした。
一番の欠点は、ヘッドアップ。ボールを見て打つという感じでは、明らかに無い。
体も先に開いてしまい、腕だけで打っているという感じ。
当然、打ったボールは、安定せず、一番やってはいけないネットが多い。
(アウトボールもいけないが、とりあえずネットを超えれば、まだ、相手前衛が、触ってミスをする可能性もある。しかし、ネットは、致命傷となるボールである。特にポイントと取る立場の前衛のミスは、痛い。)
でも、待てよ。比較的、高い球に対しては、ヘッドアップも少なく、体の捻りも少し使えているような感じがする。
さっそく、真由香コーチは、その旨をメモした。
あれな は、ボールの威力がない。しかし、アウトが少なく、ネットはしない。安定性は、前衛にとって重要な事である。ボールを捉えるポイントも悪くなく、膝をうまく使い、腰の高さで、フラットにボールを当ててから、肩口に振りぬいているので、ボールに程よく回転も掛かっている。
これで、スイングスピードが増せば、いい線いくかも。
スマイルマーク付きで、その事を、メモした。
次はBコート
穂乃香コーチが、コートに入る。
まずは、加藤 玲子(カレー)
「おしゃぁーーー いくよぉ~」
「穂乃香コーチ、お願いします!」
と、とても元気はいい。
元気がいいという事はとても大切な事である事を、穂乃香コーチは知っている。
《穂乃香コーチのお話し》
自分が、この学校に入ってから1年の秋まで公式戦で一度も勝った事が無かった。元々は、明るい性格であったが、だんだん気持ちが沈んできて、口数も少なくなってきてしまった。
そんな12月のある日、2年の先輩、羽柴 美咲が、
「ちょっと、穂乃香、あんた、今日、練習後、時間ある?」
と聞いてきた。
「ありますけど」
「じゃあ、2時間ほど、私に付き合いな」
「はい」
練習後、連れていかれたのは、カラオケルーム
(穂乃香が、歌がうまい事は、チーム内に知れ渡っていたし、美咲自身も歌には自信があった。それと、二人とも、家が同じ町内であった)
「さぁって、歌いまくるよーーーー」
二人は、じゃんじゃん予約を入れていく。
・・・・・・・
<あれっ、美咲先輩、私に何か、話があるんじゃ?>
と、思ってみたが、美咲からは、何も言ってこない。ただ歌いまくるのみ。
そのうち、穂乃香も、余分な事は考えず、流行りの歌を歌いまくった。
本当に、気持ちが良かった。
「ラスト いこうか。でぃえッとで」
「ダイエット?」
「けろオケで、ダイエットして、どうするべ。デュエットよ。デュエット」
(もう、はしゃぎすぎて、ろれつが回らなくなっている美咲先輩)
「アジアの純真、いっちゃう?」
「いきましょう、先輩」
「おっしゃぁーーー」
・・・・・・・・
楽しい2時間が過ぎた。
二人で、いつの間にか、手を繋いで家に向かって、歩いていた。
「楽しかったね、穂乃香」
「はい、めちゃめちゃ楽しかったです」
・・・・・・
「あんたが、多岐商へ入ってきた頃も、さっきみたいだったよ。
めちゃめちゃ、元気があって、めちゃめちゃ張り切ってて、みんなを引っ張ってて、1年生の中心だった。
私たちの中では、将来の、このチームのキャプテン第一候補だったよ。
これ、本当の話。
でも、最近、少し元気がなくなってきて、みんな心配してた。
・・・・・・
もっと、自分の力を信じなよ。テニス上手だよ。
たまたま、初めての地方公式戦の時、1回戦でストレート負けして、そこから、『パッキン地獄』にはいっちゃって、運が悪いなと、私たちは、いつも思ってた。
(パッキンとは・・・シードの下。一回戦を勝っても次はシードと当たるところに入ってしまうので、なかなか勝ち上がれない。)
私は、元気なあんたが大好き。
あっ、誤解しないでね。LOVE ではなく、LIKE の方ね」
(と言って、あわてて繋いでいた手を離した。)
「さっきも言ったけど、テニス上手だよ。欠点ないし。
でも今は、元気がないから、素質が埋もれちゃってるって感じ。これは、私たち2年生の、全員の意見ね。
今日はね、2年生の代表で来たの。全員で来たら、ただのカラオケ大会になっちゃうからね。絶対。
私たちに残された時間は、もう8か月くらいしかない。だから、この先の多岐商の事も考えていかなくちゃいけねいのよね。
でね、2年生全員で話し合って、穂乃香を4月から、2年生のキャプテンにする事にした。・・・・・・これは、決定事項」
「え? 私がキャプテンですか?」
「そう、穂乃香が、みんなを引っ張ってくの。いい?」
「私には無理です」
「無理じゃないよ、あなたなら出来るから。あと8か月は、私たちもいるし、その間、めちゃめちゃ、しごいてあげっから、楽しみにしてて。 ね」
・・・・
「心配すんなって。未来のチャンポンさん」
「チャン・・・ ポン?」
「あかん、まだろれつがおかしい。
未来のチャンピオンさんって言おうとしたのに、肝心な所でミスった。
今の、穂乃香の公式戦みたい」
「あのぉ~、美織先輩、私の事、励ますてます? そろとも、いじってます」
「あんたも、ろれつ、回っとらんしー。
もちろん、いじってるに決まってるじゃん」
・・・・・・
「がむしゃらに、テニスしてみなよ。さっきのカラオケみたいに、無心で。
思いっきし、テニスを楽しんで。
もともと元気で、明るいことしか取り柄の無かったあんたが、根暗じゃ、いいとこ無しじゃん」
「やっぱい、いじってます?」
「ろれつ、ろれつ、ろれちゅ注意報はちゅれい中」
・・・・・・・・
自宅に近づき、別れ際に、
「期待してるよ」
そう言って、美咲先輩が離れて言った。
それから、穂乃香は変わった。自分でのもビックリするほどの、声を出して練習に励んだ。特に走り込みを、自宅に帰ってからも、ずっと行い、それが下半身強化につながって、フットワークが格段に良くなり、ボールの安定感・威力も倍増した。
キャプテンとなった2年生の初の公式戦で、パッキンから外れた事も幸いし、見事個人戦で、準々決勝まで進んだ。
これが、更に元気の源となり、もともと持っていたテニスセンスが開花し、その後の快進撃へと繋がったのである。
・・・・カレーの話に戻る・・・・
元気はいい。が、ボールには、さほど元気が無い。
かといって、弱点と言える部分もみつからない。良く言えば、癖が無い。
言い方を変えれば、特徴が無い。
これは、見方を変えれば、変に染まってないから、何色にでも変えられるという事か。テニスの技術は未知数だが、穂乃香コーチは、過去の自分の姿に重ね合わせ、個人的にも、応援したくなっていた。
(もちろん、ひいきして指導つもりは、微塵もないが)
続きまして、後呂 美織(ロミオ)の番
ロミオは、フォアは、まあまあ打てると言った感じ。お嬢様打ちというか、優しい打ち方。安定感はあるが、ボールに威力は感じられない。また、ネットはほとんどないが、長いボールが打ててない。下半身強化のため、走り込みを徹底させるか。前衛ではあるが、今は、ラリー力も必要だし。
さっそく、ノートにその旨を書き込む。
最後に、大木 ルミ(ミルキー)は・・・・・
身長が167cmで、足も長く、バーヒー人形の様な体形をしている。
ロミオと同じく、フォアは、まあまあ打てている。
感心したのが、構えと、フットワーク。
素早く、一回一回きちんと構え、しかも力みのない、実に自然体な構えが出来ている。ボールのバウンドに合わせて、細かく立ち位置も調整している。
まだ、前衛としてのネットプレイは、見ていないが、何かを期待させられる子であった。
ボールの威力は、高校生としては、物足りないが、無理のない打ち方は、良いと感じた。(これもメモっておこう)
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